表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/107


 身体を起こしたジェマは、深いため息を零すとグイッと伸びをした。



「ジェマ、今日はごめんな」



 ジェマの前、カウンターにちょこんと座ったジャスパーはしゅんとして謝る。ジェマは首を傾げたけれど、すぐにポンッと手を打った。



「パンセラタイガーのことなら気にしなくて良いよ。私もジャスパーも、今こうして元気なわけだし」


「だけど、アイツが来なければ今こうして元気ではいられなかったんだ。我の責任だ。申し訳ない」



 頭がカウンターにつくほど頭を下げるジャスパー。ジェマは首を振るけれど、ジャスパーの罪悪感を考えると言葉は出てこなかった。顎に手を当てて考え込む。視線を彷徨わせて、ひらめきと同時に目を輝かせた。



「そうだ! 今日の夜ご飯にハンバーグが食べたい!」


「それでチャラにってことか?」


「ふふっ、どうしても食べたいなぁ。我儘言ってるけど、ジャスパーは許してくれるかなぁ?」



 ジェマがわざとらしくそう言うと、ジャスパーは降参とでも言いたげに両手を挙げて首を横に振った。そして困ったように笑う。



「ジェマは本当に良い子に育ったな」


「お父さんとジャスパーが育ててくれたんだもん。当たり前でしょ?」



 自信満々なジェマの返事に、ジャスパーは目を見開いた。その目から溢れた雫を慌てて蹄で拭うと、涙を堪えて笑った。



「ありがとな。よし。今日はハンバーグにチーズも入れてやる」


「良いの?」


「ああ。パンセラタイガーのこともそうだし、あの冒険者のことも謝りたかったしな」



 ジャスパーの言葉に、ジェマはまたキョトンとした顔で首を傾げる。ジャスパーはそれを愛おしそうに見つめると、そっと視線を逸らして武器の売り場を眺めた。



「我はジェマの腕はそこら辺の道具師以上だと思っている。実際、他の道具師にはできないことができるからな。けれど、他人から見ればジェマはまだまだ新人の道具師だ。分かっている。だけど歴だけで実力を見誤られるのは悔しいんだ」



 ジャスパーは自分の蹄を恨めし気に見つめる。握り締めることができたなら、蹄が肌に食い込むほど握り締めていただろう。ジェマは小刻みに震えるジャスパーにキュッと口を結んだ。そしてどうにか口角を上げるといつもの天真爛漫な満面の笑みを作った。



「だからあんなにアドヴェルさんに突っかかってたんだ。冷静なジャスパーらしくはないなって思ってたけど、私のためだったんだね。ありがとう!」



 ジェマの天真爛漫なだけではない笑顔。切なさや悔しさの滲む表情に、ジャスパーはグッと奥歯を噛み締めた。



「もしもアイツが次にこの店に来たらどうする?」


「ん? それはもちろん丁重に扱うよ? 大事なお客様だもん」



 ジェマの淡泊な答えに、ジャスパーは顔を歪めた。



「本当にそれで良いのか? あんなにジェマのことを見くびっているのに」



 ジャスパーの問いかけに、ジェマはケロッとした顔で頷いた。



「もちろん。もう1度来るってことは私の腕を認めたってことだから。それにアドヴェルさんは銀級冒険者だよ? お金は持ってるんだし、良い装備を買おうって思ったらお金を落してくれるでしょ」


「今回の恩を盾に安くしろって言ってきたら?」


「その問題があったね。今度ラルドくんに相談してこの店の提供価格に問題がないか確認してもらっておこう。それから適正価格からどれくらいまでなら値引きできるか考えないと。もしもアドヴェルさんが買わなくても、パーティーのメンバーさんが気に入ってくれることもあるかもしれないし。対応はできる限り考えないと」



 商魂逞しいジェマの回答に、ジャスパーは小さく吹き出した。ジェマはいつの間にかジャスパーの心配なんて全く無駄なほど逞しく成長している。



「逞しいな」


「そうかな? でもお父さんはいつも言っていたでしょ? 商売は誠実にって」


「ああ、そうだな。契約者は優しいが、商売には厳しい人だった」



 ジャスパーは懐かしむように目を細めた。スレートは優しすぎてお金を貸してしまったり、ジェマのために王城勤めを断ったりと傍から見れば損なことばかりしていた。しかしそんなスレートも自分の決めた商売のやり方を変えることはしなかった。



「適正価格での売買は絶対だったし、物々交換のときも絶対に同等のものでしか取引しなかったからな」


「うん。相手に納得してもらえなかったら自分から取引を中止しちゃうくらい」



 ジェマはスレートの頑固なほど商売に誠実にあろうとしたスレートの大きな姿を思い出して目を輝かせる。だれよりも近くで見てきた父親の、大好きなところの1つだった。



「私ね、お父さんみたいな商売人になりたいの」


「分かった。それならば我もサポートしよう」


「ありがとう」



 ジェマはジャスパーに微笑みかけると、パンッと手を叩いて立ち上がった。



「そうと決まれば、依頼をこなさないとね」


「形は決まっているのか?」


「うん。イメージはできてる。土台から作るけど小さいから作業場でやってくるね」


「分かった。我は夕食を作るから、完成したら呼びに行く」



 2人は互いの顔を見て頷き合う。そしてジェマは作業場へ、ジャスパーは自室のキッチンへ向かった。



2024.06.15は作者都合により休載します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ