35歳の前日に
若者のピークが去ったと思ったのは30だけど、ピークは23から26だったと思ったのが33歳。若者時代が終焉すると思っている34歳11か月29日目。
肩にそろえた髪を切ろう。輪郭を出しても恥ずかしくなくなったのは、化粧が板についたからか、たんに女性としての意識が低下しているからなのか、ずっとどうでもいいことを頭の中で巡らせた私が寝たのは深夜3時。起きたのが11時。
今車で15分の展望台に来ている。来てすぐに来たことを後悔する。車を出て、景色を見るために動くのがだるい。スニーカーとワンピースが大好きなのは歩いても歩かなくても大丈夫なように服を選んでいるせいだ。
唐突だけど死にたいです。
脳に語る。自分と脳はいつも一緒だけど、お互い全く違っている。
私の脳は「休みな。寝な。何もするな」って言う。「でもさあ、それって生きてても死んでるのと変わらないよ」「いいの。生きてるだけで」
私はため息をついてドアを開ける。UFOみたいなシルエットの中心に螺旋階段がある。あれをのぼると眼下に人口20万人の景色が広がる。34年見続けた街並み。
展望台からの景色は山の稜線。町中心部の小さくなった車の行列。いい景色だったから写真を撮ったけど、だから何なんだろう?私の人生とは関係がない。
ワクワクしないし、感動もしない。ワンピースの色あせが気になる。安いからすぐ色あせる。でも高い素材だと手入れが面倒で、私は安物しか買わない。
本当ならパーカーにジャージで外に出たいけど、女性でそれって学生しか許されない。また、どうでもいいことで頭を使いながら螺旋階段をおりる。
半分ほどおりたあたりで、大学生とおぼしきカップルとすれ違う。眩しい。2人は微笑みながら登っていく。女の子の全身が光って見える。それは幸せってことなのだ。
車に戻ってエンジンをかける。女の子可愛かった。
可愛かったなぁ。くっつかなくても大声で話してなくても見てたらわかってしまう彼女の幸せ。いやいや、本当のところは彼氏が浮気してるとか、彼氏にお金貸してるとかあるかもしんないしわかんないわかんないけど、あの子は螺旋階段を登っていたあの時間はきっとそう。
唐突だけど死にたい。
漫然と生きている意味があるのだろうか。
漫然と仕事をして給料が上がって、出来ることが増えて、買いたい物を買って、それって意味があるのだろうか。
脳に聞いてみる。
「幸せすぎるんだキミは」
「絶対幸せじゃないよ」
ふーっと大きなため息をつく。
私は忘れられても、全く問題ない人間だ
そりゃあ悲しんでくれる人はいる。両親祖父祖母友達みんな大切な人々。
でもそういうことでなくて、私にとっては、もういなくなってしまってもいいように思う。
この世界にしがみついて生を謳歌する理由がない。
「考えすぎだよ、自分」頭を抱えて呟く。
「考えすぎ、寝よう」
「考えなさすぎなんだよキミは」人差し指で左のこめかみをトンと叩く。
誕生日前日にひとりで展望台にいて考えてもいいことなんてないんだろうけど。
泣きそうになるから、ふくれっ面をして耐えた。
死にたい日は必ずここへ来る。
ここへ来ると元彼が展望台で寝そべって私のワンピースの下へ頭を移動させるのでとっても、気持ち悪かった。
捻挫しているのに展望台へ連れていかれ、おんぶされて登った。帰りはおんぶされずに、歩いた。ムカついたが、実際頂上についてから痛くなくなっているから不思議だった。
うん。
私は元彼が、私の半分で、元彼が嬉しいと嬉しかった。
それくらいには大切だった。
10段階でいったら8なのか9なのか10なのか。
わからない。
あ、そうだ。
バックから充電式の小さなバリカンを取り出す。
耳を隠している髪をかきあげて、車内で切ってはまずいとドアを開けて外に出る。
ヴーっとバリカンの音がして、左手で左の髪をかきあげながらバリカンをあてる。
右側も同じようにあてる。
一見すると分からないが、耳をかきあげるとザラザラした短髪が手にあたる。
死にたくない。
死にたくない。
バリカンを止める。車に乗る。
景色が滲む。
私は、めんどくさい。だから、生きるのがめんどくさい。
死にたい。でも死にたい。
でもでも、バリカンで切った瞬間、生きてたいって思った。
なんなのよそれ。まだまだあるじゃん生きる理由。
死も生も選べないからずっとこうなのだ。
若者が終わって、35歳になっても私は変わらない。
ふくれっ面をすると、目の端から水がこぼれる。こぼれて水たまりになって、水かさがすぐに増して車内は私の感情で満たされた。
感情の温度が高いから水はぬるくて、感情のお湯につかる。
私は座席で身体を丸める。
好きだった。
「好き」
好きが具体的にどんなことか分からない。
でも思い出になって10年以上たっても泣かせてくれてありがとう。皮肉じゃない。元彼が、いたおかげで泣いてるよ生きてるよ。
どうしているか知らないし、知る気もないけど。
ただ、ありがとう。
そのまま私は眠りにつく。
元彼は東京へ行く前日、最後の日に私を展望台へ連れていった。
「12年後ここで会おうね」
「え?」
「35歳の誕生日、ここに来るなら見てもいいよ」
「うん」彼はそれまで生きてるかなあと屈託なく笑った。
ワンピースの中を覗いた彼に「おいで」と言われて、寝そべる彼の上に身をのせた。
「寝返り、うてる?」
彼の身体の上で仰向けになる。
「キレイだよなあ」彼は感心するように言う。
視界には暗い空に光る星々。
背中が温かい。
「キレイだね」
目を閉じて言い、ふくれっ面をした。
まぶたの裏にふたりを包む光が視えたのだ。
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