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ペペロンチーーノ  作者: 白咲・名誉
第1章 【アンティパスト(前菜)】
7/20

幕間【広場】


 

 エレベーターから男が1人降りた。ブラウンレッドの廊下を靴底を踏みつけて音もなく歩く。


 彼は片手で15キロと記された筒型の容器を重そうに垂らしながら持っている。


 ホテル15階から一望できる夕暮れ。生い茂る木々たち。


 真っ白の外壁には汚れや小さな傷すら存在しない。照明には白色に黄色のグラデーションが混ざっていた。どことなく北欧ぽさがある。


各々の部屋の扉には夕刊が挟まられていた。


 日本一を謳う帝国ホテルで漂う造られた威厳と伝統。


 男の心の中で“綺麗だな”と感想があるものの、心が洗われるような感慨深さはない。その演出される牧歌的な雰囲気に辟易から溜め息を漏らしてしまう。


 部屋の扉と扉の間にある壁には外国の絵画が飾られている。それすらも眼には映らない。


「こンなのが長い歴史のある場所か」


彼は首を大きく回して全体を眺める。


 廊下で目的の部屋を歩いて探す男は、仕事がし易い環境だと感慨深く思った。


 どの部屋からも人の声はせず、出入りする人間の気配もない。日本人は隣の芝生に興味がないんだ。


 目的の人物が泊まる部屋に着いた。手の甲でノックする。


硬い質感だったが音が軽く弾んだ。


「はい〜」呑気に返事が返ってきた。


 数センチだけ扉が開かれるがチェーンロックが作動する。足が入るくらいにまで隙間を制限される。


「どちらさんで?」


 目だけが現れる。俺を下から上までをジロジロと探る。


 人の良さそうな明るい言い方はもうしてこない。こいつは何かの番組かcmで取り上げられるほど有名人らしい。


しかし、男は知らない。


聞かれないように薄く小さく息を吐く。


「警察だ」


 c国訛りが抜けない。だがしっかりと日本語を発音したはずだ。


「なに?」


 聞き返されたのでもう一度、同じ文言を返す。口内で舌が滑らかに動いた。


「出てきテくれないカ。聞きたイ事があるンだ」


 扉越しの男はブツブツと歯切れの悪いことを言うが、もう一度丁寧に


「出てきテくれないカ。聞きたイ事があるンだ」


 関念したのか、自分の言い分が通らなくてイラッとしたであろう。眉が落ちた。


 チェーンロックを外してバスローブ姿の男はこちらに歩み寄って来てくれる。


標的はこれからも不用心であってほしいと願う。


「動クナよ」


 容器の先端にはチューブが取り付けられている。この口の部分は自転車の空気を入れる部分に似ている。


それを対面にいる男へと当てがう。


「おいなんだよ」


怒って俺の手を退けようとした。


「いいカら動クなッて」


 舌打ちをしながらそいつの手を叩いた。喋るなと意味を込めて俺は唇を真一文字に広げ、息を漏らす。


「しーっ」


 バシュン。チューブからくぐもった細い音でなにかが発射される。


 目の前の男はあなから血の滝壺が湧き出して膝から崩れ落ちた。


 カヂンカヂン。頭蓋骨から飛び出した物が壁に何度も弾んで飛んでいく。


 分厚い窓ガラスにヒビが走った跡を残してコロコロと転がった。


 生きていない男をまたいで、部屋へ侵入する。玄関に容器を立て掛けた。


 死んだ人間の両足を引っ張って廊下から引きずって室内に移動させた。


 バスローブの襟からじわじわと真っ赤に染まっていく。


「ふぅ」


 男は木のチェアに浅く腰掛ける。首を傾けると鏡に反射する自分。


 真っ黒のスーツはクリーニングにはしばらく出せていなくて折り目の角が倒れている。


 ワイシャツはしなびれていた。長い髪は毛先が無造作に散らかっていた。


 目が窪み生気が感じられなくて酷くやつれている。


 この前より痩せた気がする。元々細身な身体には無駄な脂肪が削げ、筋肉と皮と骨がより目立っていった。


「ダルい」


 男は歳をとってしまった。これからどうやって死んでいくのかをぼんやりと想像してしまう。この行為が自分の老いを実感してしまうのだ。


対面に椅子を起き、先ほど殺した男を座らせる。


 鈍い色をした陽の光の落ちる様を標的の風穴から覗く。ゆっくりと自分の時間を過ごした。

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