第6話【金無し 先無し 怖いものなし 俺たちに明日なんかいらねぇ】
俺と刺鬼さんは警察に捕まった後、最寄りの鑑別所に行くこととなった。その数時間後には東京の鑑別所へと送られた。
日射の光量は時間と共に増している。今日は快晴につき気温も高い。アスファルトで肉が焼けそうだ。
久々の運動は疲れた。暑さで喉が焼かれている。身体の水分が毛穴から蒸発していっており、このままだと、まもなく脱水で倒れてしまいそうだ。
「明日は筋肉痛だな」
全身の筋肉を隅々まで酷使させてたんだ。
むりやり伸び縮みの動作を急加速で行った反動が心拍数が整うとやってきた。
太ももと二の腕が意志とは関係なく、緊張していて筋肉が強張っている。小刻みに震えているのが違和感だった。
高速道路の一辺は焦げの臭さが強風によって遠くまで流れていく。
路外の林が風でざわめく。
でも凛とする涼しさが体温を正常にさせてくれて気持ちが良い。
あの人は倒れている人の方へと歩いていく。俺はこの人から少し遠い位置にいた。走って距離を詰める。
傍らを並びたくなった。
刺鬼さんは表情に疲れている様子がない。歩き方だって平然としている。
さっきまであんなに人体を壊していたのに、何もない顔をしていた。
今までの人生で幾回数の修羅場を生き抜いたら、感情が揺れないでいられるんだ。
「あなたがあの刺鬼だったなんて思いもしませんでした」
刺鬼さんは横たわる瞳原の奴らのポケットを叩く。欲しいものがないようで目当ての物じゃない手触りだと舌打ちをする。
「ただのコードネームみたいなもんだ。お前だって名乗れば刺鬼になれるぜ」
「いやいや、それは無理ですよ」
「なんでだ?」
「非道な事ができる人の俗称ですから。俺には無理です」
「ヤクザやってんのに手は汚したくないってか?ただの通り名なのにお前は俺のことを知ってからへり下ってんだろ」
3人目にして表情が明るくなった。ポケットに手を入れ、車の鍵を攫う。
その後、大破したスポーツカーへと向かう。運転席の所で膝を崩す。なんかゴソゴソやってから姿勢を戻す。
鞄を片手で抱えていた。これは仕立て屋から貰った革製の下げ鞄だ。
「こレ中に必要になリそうなノ入れておいたあるネ、待って行ってくダさいな」
彼の印象は薄っぺらい笑顔が俺の中で固定されていた。
ワックスの照り具合にマメに手入れされていたのが分かる。
「今考えても車3台で俺に立ち向かうのは舐めてんな」
「これからどうするんですか?」
「ガキのお使いじゃねぇんだ。ほらぱっぱと乗れ」
車の中にあったペットボトルがドリンクホルダーに挟まれていた。黒色の炭酸飲料が喉の中で弾ける。
「お前よく飲めるよな。疑えよそれくらい」
刺鬼さんはうえーと苦々しい顔で口を開けて舌を出す。
千歳空港の建物まで近づいてきた。飛行機が頭上を飛んでいる。マフラーからの轟音は別の場所に心臓があるみたいだ。
普段意識しない自分の心臓の脈拍を疑ってしまう。
平日なのに満車気味の駐車場に車を停める。
「お前さ俺が渡した銃(ちゃかは?)」
刺鬼さんはトントンと指でハンドルを小突く。
「あ、ここにあります」
俺はズボンのポケットから抜き出す。持ち手を掴んでこの人に見せつける。
「探知機に引っ掛かるから置いておけよ」
リボルバーから実弾を除いて本体と薬莢をボックスに収容する。
「きったね」ボックスの中は紙ゴミと運転の取説で乱雑になっていた。
「家に押しかけて来たあのアマ、頭数にいなかったな」
「そう言えばいませんでしたね」
「死んでねぇかなぁ」
刺鬼さんはカバンのボタンを外す。彼は麻酔液の小瓶とチルドパックされた注射針を取り出した。
麻酔液を注射針のトリガーを引いて空気圧の差で下から上へと注ぐ。
刺鬼はズボンを脱いで手術された箇所に挿した。痛みから腹から言語にならない声を出す。
「次の便は一時間半後。俺は寝るからお前も楽にしとけ」
エアコンの冷たい風を最大にまで回す。送風口から音を立ててひんやりする風が車内に循環する。
俺もあいつらから服を剥ぎ取っておいておいてよかった。底冷えを起こしてしまいそうなくらいすぐに車内が冷え切ってしまう。
アラームも俺の声掛けもないで、備え付きの電子時計からきっかり1時間半後に自力で刺鬼さんは目覚めた。
俺たちを隔てるような障害は起きず、無事に羽田空港行きの飛行機の席に着けた。
荷物は仕立て屋から貰ったカバンだけ。友達の家に行くような感覚で関税を通るのは初めてだ。