第4話【いらっしゃいませ そして 永遠にさようなら】
この回は半分くらい話が進んでなくて、もしかしたら焦ったい思いをされるかも知れません。
それでも、もしよろしければお読みください。
タクシーに乗ってまたススキノに戻ってきた。車が目的地のビル付近に路駐された。
「お代は要りませんから、早くお降りください」
運転手は声が上ずりながら目を閉じて言い放つ。ハンドルを握る手は小刻みに震えていた。
扉が開く直前で、男は尻ポケットから財布を取り出した。そして福沢諭吉を大量に後部座席から助手席へばら撒く。
ついでに1枚の名刺も投げる。
「クリーニング代だ。足りなけりゃここに電話しな」
タクシーの運転手は振り返ることもなく無言でドアを閉めた。
上下ヨレヨレのくたびれたスーツ姿の俺とは反対にシワのないワイシャツ姿に金の線が編まれたスーツを上に羽織った巨漢1人が外に流れる。
車から降りると逃げてきた路地より日光の照射は広大でかつ眩しかった。日陰の暗さはよりさらに深い。
繁華街は夜も昼も賑わってはいる。しかし喧騒の種類が違う。
夜よりも子供が少なく、通勤している社会人が多かった。
遠くからは車のエンジン音やクラクションのブザーが鳴らされている。
また、電話口に向けて大声を発するやつもいる。そういった活気で賑わっている。
大勢の人の波が俺とこの男を目視したあと、皆んなが俺たちがいるポイントだけを避けて通る。嫌な目つきには慣れてはいるが、それでも気持ちが悪い。
まだ名前も知らないこの男は余裕粛々と言葉を発す。
「ここだ。着いてきな」顎先で方向を指す。
声色にドスを効かせる。太ももに大きなガラス片が刺さっているが涼しい顔を保っていた。
「は、はい」ずっと俺はこの言葉しか言えてない。
痛みから小さい声で呻くことはあっても弱音を吐くことはしていないでいる。
痛みに慣れがあったって時間の流れが遅く感じるし堪えるために腹圧をかけてしまい、余計に自分自身を苦しめていたりする。
だが“大した精神力だ、俺だったら泣いて喚いていると思う“と赤旗は心中で吐露した。
俺は、大丈夫ですか?なんて訊けない。焼けた石に水をかければ肌を焼いてしまうように、当事者意識が薄いと思われれば殴られてしまいそうだったから。
目の前のビル、ここが爆怒露和ビルだ。
目的地のビルは、昨夜のビルとはまた違う場所。東京でもそうだが、民間のビル街の中に平然とヤクザの所有物が紛れている。
エントランスからエレベーターに乗る。俺が何階かを伺う前に、男は5階と記されているボタンをグーで押す。
扉が閉まる前に男は壁に肘をついた。倒れてしまわないよう体幹のみで身体を支える。
この人の肩を俺の肩に担いだ。身長が俺の頭ひとつ半高くて、腰に手をあてがうのでさえ、踵を浮かす。
どんな顔をしていたのかは見ていないから知らない。呆れているのか、驚いているのかが分からない。
無言で狭い空間にいるのに耐えられなかったおれは明るい声で伝える。
「気にしないでください」
すぐに5階に着く。間のぬけた音がする。
そこは灰色のタイルが敷かれていて、曲がり角がないまま突き当たりに壁がある。さらに側面には両隣に等間隔に鉄製の扉が6個ある。
観葉植物もゴミ箱も水場もない殺風景な所。さらにどこの扉にも会社の看板は降ろされていない。
「ど、どこに入れば良いんですかね?」
「そこ、奥の左の扉」
ぶっきらぼうな態度で左側に手を振る。
「はい」
二人三脚で歩く時、彼は痛むはずの足を前に出す。信用のない俺の助けを意地でも受けないようにしているようだった。
ドアノブを回すと施錠されてない。開けて中に入る。唐突にお香の甘い匂いの煙で部屋がうっすら充満している。
スピーカーから出力される太鼓の音楽。インド風のリズムを刻んでいる。壁紙は真っ赤で3部屋ともに違う赤色の暖簾が飾られている。ここは異様で変な部屋という言葉が似合う。
出入り口の玄関で立ち尽くしていると俺たち側から近い方の部屋から人が暖簾を掻き分けて現れた。
水滴の形を模した水晶型の小ぶりのピアスを両耳に5個ずつぶら下げているのが特徴的で、身体の形を隠す鮮やかな青色の中華服にはラミネートが加工されている。着ている衣服が高価なもので、なんだか目に入る情報がごちゃごちゃしていた。
はっきりとこの人はこの空間内の関係者だと理解した。左足を引きずらせて俺たちの方へやってくる。
「いっらしゃい、今日は旦那なに用でござイ?」
中性的な顔立ちをしているので近くで見るとこの人は女性にも男性にも捉えられる。
「おおっとっと怪我されてますネ、縫合いたしますンで奥の間へどうゾ」
まるで買い物終わりに忘れ物をしたことに気づいたように軽く柏手を打った。
優しい声色で不快にならない話し方をする心地の良い人の印象を俺は持つ。
「あの人は闇医者ですか?」
「いや仕立て屋。何でも屋みたいなもんだ」
「そうなんでス〜。幅広く需要に応えてないと儲からないノでね。あちらでお待ちくださ〜い」
3つある部屋の奥の間へ通される。窓の無い部屋だった。照明を点灯されるといくつもある小さなランプと特大サイズのランプが白く煌々と光る。
そこはタンスが4つと手術用のベッドしかない。男は台の上で寝た。
「じゃ、俺は外で待ってますね」
俺は俺のやることはやったと思う。それに深いことは知らないけれど手術をするなら俺はいない方が良い、イメージがある。
「別にいて良いだろ」
「よいヨ!むづかしい事する訳でもないシ」仕立て屋と呼ばれている男はマスクを装着したまま顔を皺くちゃにして笑う。
はめているゴム手袋を仕立て屋は引っ張って伸ばし、具合を調整した。手術台のベッドに男は乗る。仕立て屋が男のガラス片が刺さっている方のズボンを裁ち鋏で切り裂いた。
刺さっている部位のあたりにアルコールの染み込んだ布を当てがい、注射を打った。
男は腕組みをして耐える。反射的に力を込めているので血管を浮き出し、巨腕を両の手で握り締めていた。苦悶の声が口を閉じているのに滲み出ている。
「ヤほんと物騒な世の中デス。さっきもアりましたネ失火で爆発でしたっけ?」
「そうだな、ああいう奴らの常套手口だな」
ラジオからニュースやリスナーからの希望の曲が流れる。ベースの主張が激しい前奏が始まった。
「ほんトです。東京とかデでも一家全員刺し殺して何時間も滞在してたとかありまスね」
「ローンウルフの仕業か?」
「イエ刺鬼がやっタなんて噂ですヨ」
「恐ろしいなどんな奴なんだ刺鬼ってのは」男は俺の方を見る。訊かれているみたいだ。
「ええっと・・・・・・背中に燃える炎と鳥居の刺青が彫られているって噂ですが、それだけで見分けはつけられませんね。それも都市伝説ですし」
「そういう噂を流したやつは生きてるってことは刺鬼も随分と優しいんだな」
「こういウ世界はいつだって節操ナくて嫌ネ」
「それなら足洗えよ」
「いヤだネ」
「なら母国に帰って仕立て屋でもやったら良いじゃねぇっか。日本語で会話するの不便じゃないか」
「そんな事ないネ。日本は金の有る無し関係なく卑しい人少ないから好きヨ。ウチの国はベトナムみたいに人口おおいヨ。でもあそこと違って他人の損失に厳しいかラ、いたくなくなっちゃった。どーしテ信じる国が違うっテだけデ行動も変わってくるノかしらね」
「日本も大概似たようなもんだぞ」
手術を施しているとは思えないラフな会話だ。縫合する手つきは慣れ親しんだ楽譜を演奏するように手際よく回数をこなしていたから出来る芸当だ。
「そうネでも他には日本人は無宗教な人多いの良キ」
「神を信じないと目先の偶像物を心の支えにするから付け入り易くなる」
「ほんとよネ」
楽しそうに話を広げる傍らで俺はラジオを聴いていた。誰が痴漢した、店の新商品、デパ地下のコスメの情報が次から次へと更新されていく。なんて事のない、俺の日常に関係のない話ばかりが受信されていく。
突然、パーソナリティが代わった。老齢の男性らしきキャスターが重々しい口調で話し始めた。
「ここからは臨時ニュースのお時間です。昨夜、鏡泉組、組長、天道楼郎氏が亡くなった事が明らかになりました。こちらの方は広域指定暴力団とされており、警察が把握している利益は日本最大だと言われております」
俺と男は同時に壁にくくりつけられたラジオの方に目を向ける。釘付けになって2人だけ目を見開き、読み上げられるニュースに耳を疑った。
「昨夜、事務所近くにある公園を歩いていた男性が発見し通報を受けた警察官にて死亡が明らかになったことです。死因は首吊りとのこと。犯人は未だ、捕まっておりません」
「ありゃリャ、殺されたネ」
ベッドの上で、男は顔を引き攣らせる勢いで笑う。仕立て屋は焦って手を止めた。
「瞳原に挨拶でもと思っていたが、やっちゃいけないことやってくれたな」
「そんな!それよりも葬式に行かなきゃいけませんよ!それじゃないと最期の命令に背いてしまいます・・・・・・」
組の命令は自分の面子を汚すことになる。それを危惧して固唾を飲んで訴えた。
「いいかニュースの報道はなぁ誰かにとってのメッセージなんだよっ」
怒声を張り上げる男。俺にはなんのことかさっぱりだった。俺の表情を見兼ねた仕立て屋が寂しそうな目で見てくる。
「最近の人はテレビ見ないんだろうけれどネ、著名人の首吊り死っていうのは暗殺されたって意味なんダ」
「そ、そんなの陰謀論じゃないですか」間髪を挟まずに言葉を返す。
食い気味に、俺の言葉を遮られた。
「───あるんだよ、そういうのを可能にさせられ力が。それは魔法なんかじゃない、権力だ」
「せ、政治家ですか」
男は鼻で笑うと
「そこら辺を手駒として動かせる団体がいるんだよ」
どんなところか、話の流れから興味が湧いた。
しかしこれ以上は仕立て屋も男も何も言わなかった。ただ、じっと俺の方を見つめるだけ。
柔和な雰囲気をしていて、誰にでも分け隔てなく接していそうで、すぐに仲良くなれそうな仕立て屋は初めて緊張感のある表情をする。
どちらも弓の弦を引っ張ったような張り詰めた眼をしていた。その眼で視界にいれられると、空気が冷えたような気がした。
言葉が出てこない。自分が正しいという証明をする言葉を出したって、ダサさだけが残るのが嫌になり、言い返す言葉を喉奥に押し込む。
縫合は終わったようだ。
「しばらくは激しい運動は控えてくださいね」
「あぁ」
手術台から男は降りると替えのズボンを渡される。履き替えながら仕立て屋に車の手配をした。
「お帰り用に使われると思イ、車はもう手配は済ましておりまス。先ほどタクシーで来られていたノ確認したのデ」
「仕事が早くて助かる」
「それで、今回は他にも要件がおありなんでス?な〜んでもお応えしてみせまスヨ」
俺たち2人を視野に入れる。この人はいま頭の中でそろばんを弾いて金勘定をしているのだろう。
「じゃあ羽田行き航空券を2枚」
「俺もですか!」
「あたりめぇだろ、誰がきっかけでこうなってんだと思ってるんだ?」
腹から声を出さないと出ない声量で怒鳴られる。癖づいているんだろう。痛みが走ったようで辛い表情を表に出す。小さい声で俺は謝った。
「請求は会社名義で頼むわ」
「了解です」
仕立て屋は客室へ俺たちを招く。デスクにあるソファに座って待つことになった。
ここで偽造の書類を作るのだろう。書類の改竄で使われるであろうコピー機も置かれている。偽造・改竄というのは難しいことはしない。パソコンのエクセルでフォーマットの上に名前を載せるだけだし、金額の書類であればゼロを増やしたり減らしたりするだけで大体はチョロ任せられる
振り込め詐欺は資産がなくても出来る理由はこういうことだ。
「本当に色々とやられてるんですね、東京じゃこういう人見たことありませんよ」
男に対して猫撫で声のようなものを出して話題を出す。
「東京にも似たような仕事はあるが、こいつほど手広くはやってないんだろうよ。お前まだ傘下の企業に属してないだろ」
まぁそうですね。と言葉を濁して、会話はここで宙ぶらりんになる。
「今回の件の報酬ですガ、上手くいったラその金で美味い飯連れてってくださイ。接待で使ってる店ありますよネ」
「やだよ、お前らみたいな商売してる奴らとは地獄か仕事ででしか付き合わねーって決めてんだよ」
「じゃあここら辺で薬売ってる外人をどうにかしてもらえませんかネェ」
テーブルに男は足を乗せる。楽しい話として会話に花を咲かせていた。
「c国の売人だろ?増えたよな」
「そうでスそうでスヨ、ドうにも武器の紹介もやってるそウで」
「まだシノギが一緒じゃないからな、潰すほどじゃねぇが目障りになったら潰すしかねぇよな」
「大元はどこなんですか?」
「あ?純粋なT教だろ」
またまた〜みたいな眼で、若干受け入れられなかった。だが、パソコンをカタカタ打つ音が響く中で仕立て屋がまた横から入ってきた。
「そレは陰謀ロンじゃなイヨ。ウチの地元の村、昔そこの下請けでご飯食べテたネ。でも村の人が中抜きして全員が見せしめに片足の腱ヲ切られたネ。勿論張本人は絞殺刑で透明人間にナったネ」
「あそこだったらやりかねないっていう信憑性ありますね、なんか。」
「でモどうして売人らが騒がしくなったんでしょウ?」
「資金稼ぎにクリーニング、色々考えられるが、裏で幅を利き過ぎればいずれ寝首を掻かれるのが裏社会だろ。日本は最近、外国の企業に委託して事業を進めるようになった。それが美味いネタになるから表社会に進出し、恩を着せて融通が通るようにしたいんだろうよ」
「どうりで世界的規模のイベントが多発している理由だ」
男は俺の肩を掴んだ。
「そういうことだ。それとな、まだ気なくさいのは何個かある。それも確かめないとな」
書類を束ねられた封筒と車の鍵を仕立て屋は男に手渡す。
これから東京にまた向かう。葬式で若頭にどの面を下げればいいんだろうか。赤旗は不安で堪らなかった。
7月11日午前8時。
偽造された航空券のチケットを発行してもらった。
仕立て屋への用は済み、ここのオフィスから廊下に出てエレベーターを待ち構えた。
四角い部屋が上の階層から降りてきた。足を踏み込む。エレベーターの境目の先に仕立て屋が立つ。
彼はニンマリとした顔を貼り付けたように笑って、手を振り続けてくれる。
「でハお気をつけてくださイ」
つっかえず流暢な日本語で気遣いの言葉を送る。
「あぁ」男はぶっきらぼうな態度で応えた。
爆怒露和ビルのエントランスから先、外界は照りつける太陽のレーザー光に目が眩む。
手で目に日陰を作り、目につく曲がり角を確認する。人が行き交う通路で怪しい人物はいない。
「安心しろ。こんな人混みで誘拐なんてしねぇよ」
「あーそれもそうですね。前に自分も拉致に加わった時だって人通りが少ないところでした」
ポケットに両手を突っ込んで、男は肩で風を切る。反対から向かってくる通行人が先頭を歩く男を避けるかぶつかったら体幹の強さから押されて倒れていた。
もう痛みはないみたいだ。それとも未だに脚には麻酔が残っているのか、縫合されている方の脚を気にしている様子がない。
ビルすぐの駐車場に車を呼んでくれたらしい。1時間1100円の触れ込みの黄色の看板でお馴染みの駐車場。
昼間だから狭い場所なのにぎっしりと車が停められている。電子表示板には‘満車’の表示。
「いったいどれなんですかね」
男は手を伸ばして、鍵についてあるボタンを押す。
ピピッ。車のドアが開く音が鳴る。ここだよと呼びかけてくれているみたいで動作が可愛かった。
「あれだな」2番停車場へ男が歩を進めた。
2人用でメタリック塗装のされた若緑色の外装に角のないスタイリッシュなフォームの車体。
「丸菱のスポーツカーじゃないですか」
男が運転席のドアに手をかける。下手なことをして汚すのが嫌だななんて思っているとクラクションを鳴らされる。早くこいという意味だ。
革張りの座席はワックスが塗られていて照かっている。
高級車を乗る人あるあるだが芳香剤はだいたい甘ったるい。それも日射で室内がサウナ状態なので、より匂いが強くなる。
高い車を持っているというステータスは強大だ。本物の金持ちじゃないとこの車の雰囲気に飲まれてしまいそうになる車の佇まい。貧乏人の俺が助手席に乗っているのが恥ずかしくなる。
札幌で朝からこんな車を乗り込りこなすやつなんていない。タクシーやせいぜい300万程度の車が行き交う。大通りでは夜間営業が終わった暖簾を下げたラーメン屋や探偵の看板。
人が集う場所が多いと生きている人の眩しさが増す。そうやって都会は作られる。
札幌中央区から千歳空港を直通で行ける高速道路まで追手は来なかった。
途中で信号が赤になり車が停まる。
「いや〜ブレーキかける時もエンジン音がしなくて乗り心地もいいですね」
気を遣って会話の一投目を投げてみると即座に口が開かれた。
「お前、名古屋のお上りだな?」
「いや、え?そう思います?いきなりですね」
想像のしていない角度の話題の振りで俺は驚いた。
「隠しても訛りが抜けてねーんだよ」
東京に住むようになり三年くらい経った。意識しなくても会話に方言が出てこなくなり、自分の中で使用する言葉は標準語になった。
「なんかねーの、福岡ならではの話とか」
「自分14から福岡に越してきたんで実は細かくは知らないんですよね。周りの言い方が感染っちゃった感じなんですよ」
ふーんと一蹴される。
「なんですかまじでいきなり」
「そっちじゃビックマックはなんて言うんだ。ビクマか?」
「ビックマックはビックマックです。ただマックはマクドでした」
あそ、とまたここで会話が区切られた。興味を持ってくれたならここで話しを広げようと思い口を開く。
「福岡では‘りーよ’って元気出せよって意味なんです。ほら北海道弁で言うとだべざとか言いますよね方言で」
「だべさ、な。バカにしすぎだろ」
「へへっ」
「福岡の前は?」
「東京です」
相槌をされず急に会話が途切れた。そのあとは互いに無言で40分が経過する。経路に大きな建物はビール工場くらいしか目立ったものがない。
他は並の高さの建物はそれなりに多くあるがいつの間にか通り過ぎて行ってしまう。印象に残る看板の店なんかない。
雑木林が並ぶ国道の通りに看護大学が遠くにある。そこを通過したあたりでラジオの番組が1つ終わり、違う番組に切り替わった。
パーソナリティの最近あった話で中の人たちは盛り上がっている。もう俺たちの組長の話はされない。多数の誰かの日常には個人の死は遠い存在だ。
内容はC国のポップカルチャーについて。その話の流れで、C国の最近の犯罪事情になぜか話題は切り替わる。
「おい」
「はい」
次は何を質問し、どこで無視されるんだ?
ジワジワ忍び寄られるタイプの嫌な気持ちになりそうで次に何を言われるのかを身構える。
「ラジオのボリューム上げろ」
「は、はい」
Vol.の上下の矢印の上のボタンを5回タップした。
音量を大きくする。重低音の響きに車内が小刻みに振動していた。
パーソナリティが語るには頭に穴の空いた死体が増えているということだった。銃を使用した痕跡はない。
穴のサイズからしてドリルか何かで開けられていないとおかしいくらい大きいらしい。さらに不可解なのが血潮や骨のかけら等が散ってないという話。
怖いですね〜と感想を述べられていた。
明るい内容から反転しすぎだろ、流し聞きだが心の中でツッコンだ。
「スマホ、買い替えないとな・・・・・・・・・」
車に乗った当初は背伸びをして背筋が伸びていた。だが張り詰めた空気感に飽きてきてしまい、閉じた足が開き、猫背になった。
手の位置も膝にあったはずが緩んだ糸のようにだらしなく肘を置いている。
正直手持ち無沙汰だ。会話がない。この人は変な間で会話の相槌をするし会話が途切れると興味がシャットダウンされるのか喋らなくなる。正直、弾まない。
SNSを眺めていたい。赤旗は心から思った。暇な時にディスプレイを上から下へと追っていたって時間を無駄にしている気がしてイライラしていた。
しかし今は必要な手段として欲っした。この事態は初めてだった。
あの爆発でスマホは粉々にきっとなった。それはこの男もそうなんだが。
隣で俺と行動をする男は現状、味方であってくれる。だが親近感なるものは一切ない。
どこがブチギレる動線かが分からないタイプのヤクザだと俺はこの人を断定している。
恐ろしさに拍車を掛けるのは服の中に銃を忍ばせていること。いつ俺の頭に空洞を作られるか分からなくて冷や冷やする。
大通りを抜けたら少しずつ都会らしい面影が失われていった。その代わりに道路の脇に森林が目につくようになり、前後左右に数台走っているだけの簡素な風景に変わる。
このまま千歳空港に着いたら東京へ行き、組長の葬式に俺みたいな末端の組織も参加させられるんだろうな。
その後すぐに若頭が組長の席に就任し、って感じ。
だが俺のやることは変わらないんだろうな。この先もずっと下働きで20年後くらい先に本家の方の席に座れればいいな〜。ヤクザなんてしているけれど心は穏やかな方が気が楽でいい。
矢継ぎ早に横へ横へと木々が流れていく。たまに看板が視界に映ったと思えば名前を覚える前に後ろへと遠くに行ってしまう。
今朝の爆発も拉致られて怖い思いしたのだって、もう既に夢の世界の話だった気がしている。映画の冒頭は終盤には忘れているように現実感のない話に俺の中で消化していた。
拉致られることがないなら殺されることもない。これがヤクザの鉄則だ。
スポーツカーの横を並走する車。零細企業が社用車として貸しているイメージでお馴染みのシルバーで4人乗りの日本車。
すぐにこの男が追い越すなら運転手の顔は見る必要がない。
運転しているこの謎の男はウィンカーのランプを焚いて先に行くと伝える。この男は道を譲らない男だしな。
すると隣の車も追いつこうと速度を上げた。
「ッチ」
左隣の車が食い下がってこようとしていた事に、隣の男は苛立ったようだ。
不毛なレースを続ける気は隣の車も無いようだ。いきなり5回、雷管が発火し、鉄の中身が割れる音が赤旗の左耳に届いた。
「嘘だろ」
俺の席の窓ガラスに亀裂が走る。これはやばい状況だと背筋が痺れ始める。
「来たな」
男は胸が高鳴っているのかウキウキした言い方をしている。
ドアガラスに貫通の跡はない。防弾仕様で助かった。
「あの、こっこれ、次撃たれたらーーー」
「そうだ今のうちに伏せとけ」
ルームミラーの反射からは似たような車が2台、後続を走っているのを目撃する。きっと男もそれが分かったのだ。
「ちょちょちょっ横!横横!」
右から豪速で大きいトラックが走ってきた。目測だがスポーツカーの現状の速度だったらトラックと衝突する。
やばい今度はちゃんと死ぬ。
俺は自然と頭を両手で抱え、首部を垂れる。しかし男は真顔になり一点を凝視していた。
車の速度メーターはグングンと右に寄っていく。マフラーからはエンジンのくぐもった音が排出する。
車の速度が上昇していき、思考する情報の処理が少なくなっていく。俺が実際に走ってるわけではないのに何故か血液の循環も早くなっていく。
ぶつかるという事実を迎えるまでのこり数秒もない。
ぼーっとする。複数の事柄は考えられない。なのにただ一つの解答に辿り着く精度は上がる。
自分が死ぬということに予断がない。瞳原とヤクザでは殺しのやり口が違い、目に付く場所での殺しをこいつらは厭わないのだ。
わざわざトラックに当たりに行くのは自殺行為だ。
しかしスポーツカーの車体の尻の部分が少しだけ削られたがギリギリ追い越す。
「しっ!」
男は喜びを噛み締めたのが口から漏れる。俺は冷や汗で脇が冷たい。
生きた心地がしない。でもあとは後ろの瞳原警護らを抜くだけ。
スポーツカーのアクセルを男はベタ踏みする。マフラーからは更に猛い音が響く。怪獣のいびきのようだ。
他の車は走っていない。対向車は違う道路だから瞳腹の刺客が逆走してこない限り何も起きないはずだ。
曲がり角もないただ直線の道路を直進で140キロを溜め無しで走る。
身体中に降り注がれる重力の圧力を歯を食い締めて耐える。
「振り切れますか?」
「いやここで蹴り付ける」
レバーをガチャガチャと操作し、急にUターンした。
強引に曲がるので車体が宙に浮く。何度かバウンドする。斥力によって強引に身体を持っていかれる。
肋骨の神経がズキズキ痛む。胃酸がでんぐり返しし、のどまでせり上がってきた。
「死ぬ気ですか!!」
「しゃべんなぁぁ!!舌噛むぞ」
この男、目がキマッてる。
「赤旗ぁ!伏せぉけぇぇ」
タイヤを擦る音に負けじと男は声を張りあげる。
心の準備なんてできないまま、何がなんなのかも不明。
先頭を走るスポーツカーが瞳原の車と衝突した。車体の頭同士が弾け合う。パーツが散り、餅みたいなクッションが俺の顔を覆ってくれた。
目の前が真っ暗になった。
ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
ちなみにこの話の世界でのマクドの正式名称はマクドナルドワンゴ。
この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません(n回目