第21話【辛味チキン】
ヤクザのオフィスビルにやってきた強襲者たちが肩にかける機関銃を俺たちへ突きつけた。
咄嗟に俺は体を隠したから顔はわからなかったが全員が各々、マスクや帽子をして顔を隠す。
反射的に立ち向かおうとする人達は既に動き出す。逃げ出そうとはしなかった。
壁に飾ってある猟銃へ突進する者、傘立てに並べてあったライフルへ手を掛けようとする構成員。みんなが敵意を剥いた。
しかし敵の方が速い。弾丸の掃射が、始まった。
次から次へと無数に穴を開けられた。シャワーの噴射みたいに血が溢れる。
「や゛め゛ろぉぉぉ゛!」
三谷はソファの背もたれに銃を置いて果敢に引き金を引く。
敵の侵入時に浴びたフラッシュバンで一瞬、視力を断たれている。にも関わらずまだ回復しきってない目で狙いをつけた。
発射の軌道は出鱈目な放物線を描いてしまう。
「手応えはどうだ」
敵のうめき声がしないので、誰にも当たってない。味方にも誤射してないという事だ。
「クッソがァ!!日本産じゃないと当ったんねぇや」
アドレナリンがどばどば出ているので、集中砲火の中で顔に皺を寄せ、すごくデカい声で三谷がぼやく。
「ばか!黙ってろ」
俺はつい彼の肩を殴っていた。
三谷さんのは旧式のトカレフ。反撃するにしてもとても心許ない。
敵の銃の特徴は、発射された1発ごとの雷鳴に濁りがないこと。
それは引き鉄が引かされば弾倉からせりあがる弾が銃口から出ていくまでの過程において、滞りなく高速で行われている証拠。
パーツと接合点がとことん省かれたシンプルな設計だから可能にした構造のアサルトライフル。
「俺の分のチャカがあったら貸してください」
丸腰だった俺は他のもよこせとジェスチャーをする。
「んなもんねぇよ。裸一貫で死んでこい」
追加で顎で“あっちいけ”とジェスチャーで返される。
基本的にヤクザのオフィスに銃があるのは御法度。それでも置いてあるのはただの飾り。
今回みたいな万が一の護身のために弾は抜いてある。しかし撃てるらしい。
それを含めて誰か1人が誰かを仕留めれても、他の誰かがそいつを対処する。
頭数は敵と同じか、敵の方が多いくらいだ。奇襲を成功させてしまったことで不利な場面を作ってしまった。
四面楚歌の状態で何か打開策を考えないといけない。俺は辺り周辺をくまなく見回す。
武器になりそうなもの、逃げるのに役立ちそうなもの。あちこちをくまなく見回した。
窓ガラス先は隣のビル。街のネオンは祭りの提灯みたいでいつまででも眺められる。
こんな状況じゃなければな。
「どう考えても詰みだな」
入り口から俺たちがいるソファまではそう距離がある訳でもない。ここにいる構成員たちも数が多い方じゃない。
敵はじりじりと近寄ってくるので全滅は目の前にある。
辛うじて生き残った味方が木刀や模造刀などで応戦はしてみるものの、時間を僅かに稼いでいてくれるだけ。
三谷はソファの横端に頭を出すと敵の数を確認する。
「4.5.8.10、ちぃっ多いなぁ」
「俺たちが突っ込みますんで三谷さんは逃げてください」
さっきまで正座をさせられて、任された仕事のミスを罰しられていた舎弟の1人が提案した。
「アホかおめぇら。馬鹿正直に突っ切ったら犬死にするじゃねえか」
「ッでも生き残れる可能性がまだあるじゃないですか」
舎弟が勢い良く立ち上がる。景気良く走り出そうとするが三谷が足を蹴って転ばせる。
片手で胸ぐらを掴んだら怒号を混ぜて言い放つ。
「 “カチ込まれたから、逃げました。”は他所に示しがつけられねぇんだよ
てめぇの行動一つでこっちに迷惑かけることも考えろや」
「すいま━━━━危ない!うし」
舎弟が血相を変えた顔をする。こんな事を喋っている間でもうすぐ側まで敵が迫っていた。
俺と三谷は言葉を言い切らない内にソファを前へと押し蹴った。
敵は上体が崩されて、顔面からソファのクッションへと倒れる。
すかさず俺は拳銃を持つ三谷の手を掴んだ。
銃の先端を敵の頭に擦り付けさせた一瞬、慌てる素振りがあったが何も言わず三谷は銃の撃鉄を作動させる。
リボルバー銃特有の高所からタンスを落としたような大きな破壊音。その後に脳漿が飛び散った。
仲間が死んだのを目撃した周辺の敵たちは驚いた表情を拝みたかったものの、躊躇いから仰け反ってしまっていた。
「よしお前ら!っ行けー!」
それが起点になった。他の構成員が暴力に応酬を始めた。
ソファは血まみれ。それと死体の割れた頭部から手で崩した豆腐みたいに脳みそがデロンと溢れていた。
「もう突然変なことすんなよ赤旗」
シカトする俺は敵の銃を持つ。つっぷしている敵から借りたものだ。
死体が肩に紐をまわしてぶら下げている機関銃を取り除く暇なんてない。だから上体を背負うようにして弾をばら撒く。
ストックの反動が肩の骨を叩くので狙い通りに当てられない。
「これで反撃ができるな」
「いいえ逃げますよ」
射撃の手を止めないで三谷の案を否定する。
何発目かでようやく消化器に命中した。爆発したボンベの破裂音は銃声に負けず劣らずのデカい音。
赤い筒が勢いよく頭上を飛んで白い煙が上から下へ降り注いだ。
辺り一面を重たい濃霧に包まれた。これじゃ敵と味方の区別がつかなくなる。
だが、それは。
「三谷さん、これは一時的な目眩しにしか過ぎませんから。
だから、いまからどうするか考えなければならない。あんたはどうしたい。おれは」
「もう一度言うが、敵にビビって尻尾巻いて逃げらんねぇよ」
食い気味に反論される。俺を睨む目付きの鋭さから、殺意で頭に昇った血が下がることはないことを俺は悟る。
「じゃあ三谷さんはここを突破できる作戦があるんですね」
「グッ・・・・・・」
黙ると全体を俯瞰し始めた。敵と味方の数や手持ちの武器を数えて、どちらの分が今、悪いのか。それは気合いでどうにかなるのかを打算する。
ようやく冷静さを取り戻したようだ。
「ッチィ・・・・・・分かった・・・・・・。床にくくりつけのロープが窓辺にある。そこから降りて一旦、“一旦”な。建て直す」
「そんなものがあったんですね」
「高層ビルだからな。カチコミ対策はしてない訳ないだろ」
「マジっ・・・・・・すか」
「お前は俺頼りじゃないんだろ。生意気な口を遣うんならなぁ、もしも脱出口があったとして赤旗はどうしたかった」
「・・・・・・電源のブレーカーを落として完全に奴らの視界を遮るつもりでした」
「それで?それをされたらこっちだって戦えねぇ。今だって煙が晴れてねぇ。時間はねぇんだ適当こくな」
「いえ、スマホのフラッシュを焚けば奴らの誤弾を狙えます。まずはそれだけで有利になる」
「あぁそう。ならブレーカーがあっちにあるからそれで切り抜ける」
出入り口とは反対の方向、俺たちが背を向けている所の一室を指差した。
三谷が立ちあがると腹に空気を溜めて口を開く。
「よく聞けお前らッ、敵も俺たちが見えてねぇ。この機会にさらにチャンスを作る!訓練通りに動け」
「あっ!あの、それなら俺が!電源落として来ますよ」
自信満々に舎弟が言い放った。俺だって何かしたい、そういう気概でいる。彼は役に立ちたいと焦っているんだ。
「馬鹿か。お前よりここの構造を知ってんのはおれだからおめぇは赤旗を案内して避難訓練通りに動け」
舎弟は落ち込んだ表情と暗い声で「はい」と返事をした。
「こっちです」
「わかった」
両者は真反対に別れた。
舎弟と俺は出来る限り身を屈めて、窓際へと進行を始めた。途中、何度か立ち上がると発砲する。
我が身可愛さで俺を守りたいという気持ちがある。三谷を守って自分が撃たれれば本末転倒。
でも三谷に死なれないよう、気を逸さねばならない。そうじゃないとこの窮地を脱しれないからだ。
ブレーカーがある部屋まで距離はそう遠くはない。
しかしオフィス内の机や椅子がしっちゃかめっちゃかに乱れており足場が定まらない環境下。
飛び交う弾丸を三谷は腰を低くして物陰を遮蔽に使って身を守る。
辿り切るまで彼に被弾は無く、ドアを身体が入るスペースだけ開けてすぐに入ったら閉めた。
彼の身が消えたのと同じタイミングで俺たちも辿り着いた。緊張感が解けない状況で深呼吸をする。
「ここなんだな」
「はい」
床には固定金具が取り付けられていた。その端には太い縄も置かれている。
舎弟は窓を全開させる。冷たい空気が勢いよく吹き荒んだ。
「どの窓にも同じものがあります。どうかみんなが逃げ切れるように、赤旗さんがサポートをして欲しいです」
「ああ。もちろん」
おれは数回コクコクと小刻みに首を縦に振った。
味方の喉が裂けんばかりの、がなり鳴く断末魔。それは己を鼓舞するための叫びなのか、痛みを堪えるために叫ぶのか。
敵が身を晒したら撃つ。銃を構える手が重さにそろほろ腕が耐えられなくなってきた。
「おいまだなのか」
ロープに金具が接続された気配がない。ガチャガチャ、ガチャガチャと金具がぶつかる音が鳴るだけ。
弾だってもう底尽きそうで不安だ。
「す、すいません。血のせいで滑っちゃっうんです」
焦る声色で返答される。手に浴びた脳漿はまだ乾いてない。
その瞬間、落雷に似た重たい音が鳴るとこの空間が真っ暗闇になる。
「やったんだな」
手汗で湿った手で宙を握る。俺は急いでスマホの背面から放出される灯りを敵に向けた。
味方は体を小さくする一方、敵は立っている。大まかな位置さえ覚えていられれば、なんて事はない。
フラッシュの光に当てられた敵が驚きながらも銃口を光の出所へ向けた。
敵同士が同時に空間を千切る鉛の雨霰す。
「ぐあ゛あ゛」
思った通り、共倒れをしてくれた。
暗闇に目が慣れない事と思いもしない奇襲を受けたことに慌てている素振りがその手付きから伝わってきた。
「す、すごい、本当に作戦通りになった」
「こんなの一回きりだけどな」
暗がりの1つの明かりは居場所を晒してるだけだ。発光元がバレればそこを蜂の巣にされてしまう。
俺たちも息を潜め、舎弟にか細い声で伝える。
「まだかかりそうか?」
ガチャンと太いロープを金具に繋がった。
「やりました!」
後は敵を散らして、三谷がスムーズに戻れるようにするだけ。
しかし敵もみだりな発砲をしなくなった。マズルフラッシュの爆炎は裸を晒してるのと同じ。あいつらも馬鹿じゃないってだけ。
条件はイーブンになっただけ。
「俺はここを離れるが三谷さんが戻って来たらなにか合図をくれ。分かったな」
俺は動くことにした。互いに睨み合っているだけなんて、ない。武器の差で不利を取られてるなら今動かないと今に意味がない。
「えっ?あはい」
三谷が戻ってくるまでそうそう時間はかからない。じっとしていられない俺は闘う。
闇に紛れてシャッターライトを一瞬だけ焚いたらすぐに消す。位置を変えながらその都度、点灯。
案の定モグラ叩きみたいに後追いで撃ってくれた。マガジンリロードの音から、慣れない手つきで操作をする音が響いている。
場所が判るのだから有難い。
俺が擦り寄って腕を振るう。くぼッなんて汚い呻き声があがった。
硬い感触がするので俺の拳が顎か目に当たったハズ。
味方のいる位置と敵の位置は完全に境目がある。間違えるなんてない。
次の敵を倒そう。さっきの発砲で位置は大まかに割れている。
足場は吹き飛んだ机や椅子が乱雑に敷き詰められてかなり悪い。みみずのように掻い潜りながら慎重に進む。
汗一滴でさえ床に落ちればそこを狙われる恐怖が全身が強張ってしまう。
すると誰かが足音を鳴らして走り込んできた。俺の繊細な努力を無駄にしてくる奴は誰だ。
「想定カチコミ。避難訓練通りに動け!!仲間も呼んだ。逃げれるやつは動け!動けない奴は自分の身を守ることだけを考えてろ。必ずッ助けにくる!」
三谷さんが帰ってきた。それもやたらと希望のある報告を持ってきてくれた。
「お前ら位置につけ!!立て直すぞ」
2、30人はこのフロアにいた。でもいま三谷の下に来たのは3人。
三谷は無表情を更に萎ませた顔をする。泣きそうだった眼を鋭く尖らせて威厳を保とうとする。
「これで全員・・・・・・だったりするか?随分と数が減ったな」
「大丈夫ですよ。脱出口はここだけじゃないんですから」
「そうだよな」
俺と三谷が話してるのを割り込んだ。さっきの舎弟がロープを渡そうとする。
「三谷さんが先に行ってください。なにがなんでも後からついていきます!」
すると別のやつがぶん殴った。
「っばっか野郎!下にも敵がいたらどうすんだよ。毒味には4番目に舎弟になった俺がいきますよ!」
勇猛にも窓辺に手を掛ける。外へ出ようと身を乗り出すと背中を撃たれた。
「さっさと行けよ」
つい口出したらぐぎゃっと声をあげて撃たれた。手に持った紐を手放してしまう。
急降下し地面に叩きつけられ死んだ。
こいつ以外は、身を隠していた。しかし逃げる瞬間だけは窓の先、月光というサーチライトに晒されてしまうんだ。
「やっと逃げれるってところで邪魔しやがってよ。お前は先に行け」
三谷がロープを渡して舎弟を逃した。
頭を下げた舎弟が“ありがとうございます”とすぐに降りた。
彼はポケットから先程打ち切った銃を取り出す。そそくさ動いてそいつの元に行くと引き金を引いた。
「いい加減死んでろっ!!」
2発撃ち込むと帰ってくる。三谷がロープを持つ。まだ俺が持つ銃には少ないが弾が残っていた。
戦える武器を持っているんなら味方を守ってから逃げたい。
「おめぇは気に食わねぇからだめだ」
「は?」
三谷の言葉の意味が分からなかった。銃声の後、背中が噴火したみたいに熱くなって血が流れる。
三谷が降りた。
「くっそがっ。あいつ・・・・・・ここに来て・・・・・・」
そう言って俺を突き飛ばしたら彼は降りていった。
「はぁはぁ。はぁ・・・・・・はあ」
俺はミミズみたいに這いつくばっておでこだけで前進する。
強烈な痛さで頭がくらくらする。眼が取れそうだ。
やっぱり俺も三谷が嫌いだ。その想いだけで今、意識を繋ぎ止めている。
死ぬのか。・・・・・・死んでしまうのか。いやだ。三谷を殺してからなら死んでやる。今は死にたくなんかない。
「ぜっってぇ生き残ってやる」
突然、窓ガラスが割れた。一枚、二枚じゃない。全ての窓ガラスを突き破って、何かが爆発する。
「また、こういうのか。ちっきしょう、今日は運が悪い」
対面のビルから撃ち込まれているそれは迫撃砲。
運良く机の下に隠れる事ができても爆風の衝撃が机から伝わってくる。
爆音が鼓膜を振るわせ、心臓に伝わる。死が身近だというのはたった数秒でこんなに心細く感じてしまうのか。
身体を動かせれば、俺の腕で全身を毛布みたいに覆ってしまえるのに。
「ちっきしょぉ・・・・・・」
濡れた床が顎先に触れる。ビチャビチャに湿っていて、溺死してしまいそうになる。鼻にまで浸食してくる水は温度のある鉄の匂い。
これは血だ。
身体を捩らせて顎だけで進んだらおでこに当たる。膨らんで萎む何か。
「こいつは・・・・・・」
どうやら、机の下に潜んでいたのは俺だけじゃないようだ。
「・・・・・・help」
ほぼ中卒で構成されたこの組の人間に外人はいない。
敵だ。
三谷はブレーカーがある部屋で弾を補給しました。




