第2話【見惚れるほどの復讐】
昨日の朝、東京にて。
クラシックタイプな黒い車へ俺は突然乗せられた。
後部座席の両脇には逃げ出さないように黙座する男がいる。
獣の檻に放り込まれたような気分だ。
助手席には若頭が座る。こちらに目をくれずに口を開いた。
「でさあんた名前は?」
「赤い旗と書いて赤旗です」
「いい度胸してるな」
「本当になんのことですか」
俺からの質問は答えてもらえない。
どこへ向かっているのかさえも分からないまま、車はドライバーの意図通りに進む。
何も知らないまま、強制的に意思も肉体も委ねていた。
「手荒な真似して悪いがこれでもVIP対応だと思えよ。お前みたいな何したら組長に呼ばれるんだ?」
「そ、それこそ分かりません!」
「ドアホうが!本組の若頭の俺が傘下組織でパシリのてめぇを迎えに来たんだから偉いことだろうが。立身出世で手柄上げた程度じゃねぇぞ」
そういうことらしい。俺の名前は赤旗臨。日本で一番勢力的な指定暴力団の五次組織に属している。
この組に入ってからはや2年。
つい数十分前までは都営住宅が多い都外のヤクザマンションで下働きをしていた。
それなのにいきなり連れ出されて車に押し込まれた。
不義理なことはしていない。だがしかし大手柄も挙げていない。
キンキンに冷えた車内。それでも俺の背中からは脂汗が止まらない。
荒めな運転だったが慣れてきた頃に停まった。肩を掴まれて強引に降ろされた。
「どうしてここに・・・・・・・」
目の前の建物を見上げる。
「いらんこと言うなや」
一見は普通の20階建ての貸しテナントビル。だが本組の本拠地だ。
こんな形で入室することになるとは思っていなかった。
無事に出れた想像が沸かなくて指が震えてきた。
東京の首都部にヤクザが居を住まえているというのに人の通りやゴミや落書きがどこよりも少なかった。
ここは本組みの方の盃を貰えないと出入りが許されていない。1階から10階までが構成員の仕事場とされ、1年1階から17階は製造工場と云われている。
17階から上へ行けるようになるにはオペレーションリーダーから幹部候補を命じられねばいけない。
ヤクザには憧れる現場だ。
過去に2度ここには来たことがある。どちらも開封禁止の段ボールを6階へ運んだくらいだ。
覚えている印象は矢継ぎ早に飛んでくる怒鳴り声とタバコの悪臭。室内の壁は全面黄ばんでいて、嫌な空気が循環していた。
強引にエレベーターに乗り込まされる。最初に若頭、最後に俺の番。
エレベーターのボタンのランプを最上階が押された。
チンと鳴る都度、何度か止まると扉は開くが頭を下げて乗らなかった。
若頭は一言も言葉を発さない。なのに痺れるような厳つい存在感を放っていた。
「何見てんだよ」
ポケットに手を突っ込む側近の禿げ頭が細い声にも関わらずドスを効かせていた。
「い、いえ、これから何があるのかをおっ、教えてもらえませんか?」
おどろくほど情けなくも声が震えてしまっている。
「しつけぇなぁ」
ポーンと到着。応接間へ通されると、ここら辺で失礼しますと他何名かの部下は引き下がった。
部屋に入ったらまずガラムを高級にさせたにおいに鼻を刺激された。
臭いとも良い匂いとも判別のつかない強い香りが部屋に漂っている。
ソファにサングラスをかけた恰幅のある初老がどっしりと座っていた。
肩を押され俺は前へ歩かされた。
「あんたが・・・・・・・赤旗くん?」
この御人が組長。
「ただいま戻りましたっ」
威勢よく大声で若頭一同が頭を下げる。
「おうご苦労。座ってくれや」
側近から肩で背中を小突かれる。
基本的に組長と対面するのは段階を踏まないといけない。
盃を介してから実績と年数を重ねても早くて6年は要する。応接間に通してもらって会話をするなんてのは夢のまた夢。
段階で考えれば普通におかしな話だった。仮に鉄砲玉に任されたって組長が直接会って話をするなんて命じない。
光沢の皮ソファにどっかりと組長が足を開いて座っている。
側近と若頭は礼儀正しく起立した。座れと言われないのでどの立場に俺がいるのか、その意思が見えてこない。
「わざわざすまんね。こっちまで出張ってもらっちゃってさ。眉間に四六時中シワを寄せているもんでね、厳ついだろあいつら」
空元気に笑ってそうですねと言う。
「今回来てもらったんは君がどんな人なのか判断したいからなんだ。短い人生になりたくないなら言葉を選ばないとね」
間髪入れずに即答。
「わかりました。なんでもおっしゃってください」
質問を挟む余地はない。発言はイエスの一択のみ。
「頼もしいねぇそれなのになんで噂じゃきみ、赤旗くんの首を裏マーケットで取引されてるんだろ」
「そんなこと本当なんですか?」
「親父が冗談ぶっこむ人じゃねえんだよ。おぃ舐めてんじゃねぇぞ」
禿げ頭がこちらを睨む。眼力をサングラス越して刺さる。
「話の腰折ってんじゃねぇぞ加藤ぁ。埋めるぞ。でさ、赤旗くんは捕獲もしくは殺しで君は狙われているんだ」
本当にすぐ実行していく行動を取りそうな凄み。なのに俺に話しかけるときは気の良さそうな人へと豹変する。移り変わりの優しい部分のみを自分は享受したい。
「身に覚えがないので本当にすいません。どうしても狙われる首なのかピンと来ません」
「だが狙われてんのは事実なのさ。ヤクザは外野に手を出されたら面子潰れるんだわ」
「は、はぁ」
「破門は簡単に口に出すもんじゃないからね。それは君も分かることだろ。だからさ事が済むまで君を守ってもらうことにした」
「その方はどちらに・・・・・・・」
「ススキノ。そいつは刺鬼って名前でここらで幅を利かせている者知ってる?」
その名前を出されたことに咄嗟に驚きの声が出てしまった。
「この組みにいらしてたんですか!」
加藤と呼ばれていた人が大口開けて一歩下がった。
「お言葉ですが組長、あいつは適さないかと」
「俺の決めたことに口出すなって言ってんだろっ。くだらねえテメェの貸し借りなんかしらねーから」
「任せてください。必ずほとぼりは冷めさせてみせます」
突然巻き込まれた命の危機に、刺鬼という人物を後ろ盾を得た。俺は強く意気込んでみせた。
「あぁ戻ってきたら君をすぐ幹部候補にさせてみせるよ」
テーブルには大きいサイズの茶封筒と組の紋章バッジが置かれた。柔らかく笑うがずっと目は座っている。
「詳しいことについては車で加藤に事情を聞いて」
俺が取りに右手を伸ばす。
「はい」
「よろしく頼んだよ」
組長が手を掴みかかった。
「その男に遭うまでに死なないでな」
「もちろんです」
頭を下げてこの部屋を出た。
帰りは若頭の側近、加藤さんが1人、寮まで送ってくれた。車内で封筒の封を切る。
「いいかぁ今すぐ寮に着くまでに目を通しておけよ。んで最低限の荷造りをしたら羽田空港行くからな」
あっという間だったことで状況が飲み込めないまま、気がついたら行ったり来たりしていた。
「いいな?」
「は、はい」
運転手が窓を開けてタバコに火を付ける。喉がイガイガするほどに紫煙が車の中を漂っていた。
俺は封を開ける。
隠し撮りであろう画角に厳つい男が写った写真一枚とA4紙2枚に纏められた情報書兼指示書。
そして千歳空港行きのチケットと札束が1つ。
「本当におれ北海道行くんですね」
「あ?嫌なら死ねよ」
「や、違うんです。えっと銃は・・・・・・・?」
「んなもんねぇよ。組長の話聞いてたか?あと見習いがチャカとか粋がんな」
「いや、はい・・・・・・すいません。あの、でもなんでその方を」
「知らね。俺だってお前みたいな木端に行かせるなんて。ったく組長は何を考えていやがるんだか」
息継ぎのような相槌のような煙をふーと吐き出されて会話は終わり。
心持ち車内は行きの道のりより息を吸うのが少し軽い。
赤信号になって唐突に運転席から後部座席に身を乗り出した。
「読んだ?読んだよな」
「まだですが」
「うるせーな寄越せや」
目を通している途中だったが強引にひったくられ、窓を開け、ライターで下の方から炙られる。
「処分しなきゃならねーんだからしゃあねぇだろ」
窓から手を伸ばす。青信号に代わり、燃える封筒は黒い噴煙を外に撒き散らして直進した。
「あの写真の人・・・・・・それが刺鬼ですもんね」
「あ゛ぁっ」
エンジンのモーター音だけが響く車内。無言の間が耐えられなくなったからつい口走る。
聞き返されてるのかそうだよと肯定されているのか分からない返事をされた。
道路の脇に車は急停止する。
側近は後部席に身をの乗り出してサングラスを指で鼻下に降ろす。
突然のことで、え、あの、としか言えず言葉が文言として構成できない。
血走った目で俺に無理やり目を合わせてくる。
大きく開いた双眸、左目だけ血管が浮き出ていた。
次の瞬間には、胸ポケットの銃は俺の口内へと銃口を押し込まれる。
「親父に気に入られてなかったら引き鉄引いてんぞオラ。次にそいつの名前を出してみろ、おまえ殺すぞ」
「が、がい(は、はい)」
羽田13時半発の飛行機で千歳まで3時間はかかった。そこから電車で1時間は揺られて、札幌駅に着くと18時を過ぎていた。
飛行機は座席が確保されていたからよかった。だが電車内は人で混み合う時間帯だったので座っているだけで心が疲れた。
慌ただしい1日だった。座っていて痛む尻をさそる。
これから向かう場所はススキノにあるオフィスビル。地下3階にある21時オープンの賭博場。
残り2時間近くをどうやって過ごそうか。
夜の昼間と矛盾した場所、そこが繁華街。東京にもそういう場所が数多くある。
東京は日本の首都と言われるほどなので、飲み屋や女の子がいてと各地域によるそれぞれの色があった。
それに比べるとススキノは小さい。ススキノという土地の1ブロックに女の子がいる店や飲食店が並んだ。
しかし、ススキノは下品さがなかった。東京の夜の時間には見ることのない親子連れが多くいた。
ゴミ臭さやゲロ臭さもない。
「さて、どうしようかな」
下は革靴でジーンズに上はトレーナーで東京を出てしまった。スーツでも着ておけばよかったと少し後悔した。
だがそんなことよりも腹が減った。俺は朝から食べていないことを思い出した。
もらった金で簡単に腹を膨らませよう。
「まずは腹ごしらえからだな」
辺りを見回すと定食屋がある。チキンカツうどんが卓に運ばれた。
「ここから最高の人生になるんだ。こういう店で食えるのはこれで最後だとうめぇや」
過呼吸みたいに短い息をなん度も吸っては吐いた。
決死の思いでかきこむ。
麦茶色のコップの水を一気に口へぶち込む。北海道についてから異様な速度で喉が渇く。いつ爆発してもおかしくないくらい動悸も止まらない。
男の写真は見せてもらったとき金玉が竦んだ。見かけだおしのやつはどんな場所にもいる。でもここにいる訳でもない人間にびびったことは今回が初めてだった。
刺鬼っていうのは東京を根城にするヤクザでもあり、半グレでもあると言われている。
知っているのはあやふやな情報だけ。それも全部ネットや人聞き、もはや都市伝説と同じ扱われ方だった。
また拍車をかけるのは巷で会ったことのある人はいない。会える方法を誰も知らない。本当に影のような存在だった。
一定しているのは喧嘩がめっぽう強いこと。それは反感を買えば目も当てられないような遺体で帰ってくると云われている。
こと現代において姿を誰も知らないということが不気味なのだ。
そういうことでどんな人物なのかは誰も知らない。ヤクザなのか半グレなのか、駄菓子屋なのかも定かじゃない。
腕っぷしだけで成り上がろうとするやつは多数存在し、族は東京・歌舞伎町らへんに進出する。
暴力も一線を超えるような、人道を踏み外す行為をすれば警察が動き、身バレは絶対にしてしまう。
でも組長は関わりを持っていた。
「本気で・・・・・存在するんだろうな」
ガセネタであれば俺は殺されるらしい。俺はうどんを頬張った。
正直俺に当たる節なんて無い。一つだけ思い当たる可能性はあっても、もう昔に縁を切っている。
夜9時前になりススキノの路地裏を歩く。街灯も車の通りも少なくなったオフィスビルが並ぶ殺風景な場所。
ススキノのキラキラ光る街並みイメージから対極している。指定された住所はその中の1つのビル。どこも同じようなビルで少し迷った。
もぬけの殻のビル。この建物の中で照明の付いているオフィスはない。
出入り口に鍵は掛かっておらず、エレベーターのボタンを押すと上から降りてきた。
エレベーターの中。ここからどうするか、目を閉じて赤旗は考える。
封筒に入ってあった指示書は灰になったが読んだから覚えている。ここの住所もそうだ。
このビルは裏パチンコとして使用する目的でヤクザが全棟買い取っている。
なぜここに目をつけて買い取ったのか。それはここを建てたオーナーもヤクザだったからだ。ゆえに警察のマークを外す仕掛けがある。
こういう仕事で数年も食い繋いでいると身につく知恵。
種はエレベーターのボタンに隠されている。俺は12個のボタンでを2つ同時に押す。
15分かけてやっと座標が一階のはずなのに矢印のランプが光り、下に表示した。
「よっ・・・・・・・・・・・しっ。やっとか」
握り拳を振り下ろし喜びを噛み締める。
地下3階へ。ドアが開くと閉まっている大扉の前でセキュリティーが立っている。身分証を渡したら
「いらないですけど?ボディーチェックでいいんで」
「あぁそう」
財布にしまったら鉄探知機で身体中をくまなく調べられた。
「くすりは中で売ってんで好きにやっちゃってください」
ではどうぞ、お通りくださいと扉を開けてもらうとパチンコの稼動音や人の嬉しさ哀しさがいっぺんに重なった爆音の衝撃に頭を叩かれた。
壁沿いには何ブロックかに分けられた大人数が座れる席がある。
そこでは水タバコを吸っており、彼等はパイプを口に繋いで吸うと眼を寄り目にしている。
シャンデリアが何個も上で光っている。壁のライトが何色にも光が変わる。赤いカーペットに汚れは何一つない。視界にパッと入る景色が見慣れるまで頭が疲れてしまう。
ディーラーがいるカードゲーム専用のボードには立ち見客で列をなしている。積み重なったチップを間近にして泣く人と笑う人。映画 オーシャンズ111のカジノ会場に来たみたいだ。
一つだけ幻想と違うのはタバコと覚醒剤を焼いた時に感じる銅錆と柑橘系の酸っぱさが混ざった匂いがしていること。
人の多さと室内の広さが仇になって人探しは難しいだろう。だから一帯を徘徊するセキュリティーに声をかけた。
「人を探してるんだけどこの写真の男知ってる?」
胸ポケットから写真を取り出すとセキュリティーの顔がみるみる変わり青ざめていった・・・・・・ビンゴだ!。
警備員は俺と距離を開け、背中を向ける。ジェスチャーからトランシーバーを耳にあてて何かを話していた。
ダメ押しに俺は頭上に設置された監視カメラに組員のバッジを掲げる。
表情でここに目的の男がいる。もしくは噂通りの人物がこの賭場を仕切っている、関係者なのが間違いなくなった。仕事が簡単でよかった。
「奥にいます。どうぞこちらへ」
大広間から関係者ルームへ。
「こちらからですが入り組んでいるので案内します」
どうやら設備室へ通されるようだ。話が早くて助かる。カジノフロアから従業員専用の扉を抜ける。換気用パイプが何本も通っている湿度の高い、じめついたいかにも地下室の通路。
「わかった。ありがとう」
俺は後に続く。
長めの1本の廊下を歩いていると、片耳のイアフォンを手の平で押さえた。何かを無線で聞き取ったらしいがその表情は険しくなった。
後ろに向きを変え、彼は溢れ出そうな感情を我慢しているように
「急ぎましょう」と言い放つ。
歩き方は先ほどよりも焦りが目立った。何があったのかを尋ねたが、それも後ほどお分かり致しますと濁されてしまった。
大きな渦に巻き込まれている不安が心中にザラリとしたもので撫でられた。早く帰って対価もきっと豊富に貰痛い。
そうして設備室と書かれている看板がある扉へまで案内された。ノックをし、ボタンを押す。ブザーが3秒響く。失礼しますとドアを開けてくれた。
中には男と女がベッドの上で抱き合っている。女も男も身に纏っていない。ただ女の場合は毛布で身体を隠していた。
目の前にいるのは全裸でワインを瓶からラッパ飲みしていた。身体の筋肉が大きく膨れ上がった一目で腕力で負けると気負された。
「こいつか」口からは葡萄色の鮮やかな黒い赤が垂れる。
「はい、こいつが来て、こーなりましたね」
「あのさそのバッジはどこから貰ったんだ」俺に目線を落とした男。
「組長からです」
目を合わせたら喰われそうな恐さから視線が泳ぐ。監視カメラにふと目が行った。警察の特殊機動隊が大波の勢いで侵入していた。目を見開き、思考が止まった。
やばい逃げなきゃと、足が動かなくてここから逃げられないを交互に頭に浮かんだ。
そして殴られた。あまりの衝撃に気絶するってとこまでを理解して視界は暗くなった。暗闇の水中で床に倒れる時の浮遊感が体を締め付ける。
女 CV沢城みゆきさん