#1 枝豆最高!
「ひゃーっ、やっぱ修行の後の酒はうめぇーっ!」
叫びながらワインを瓶ごと一気に飲み干す。いつもはケチケチ発泡酒なんか飲んだりしているが、今日は奮発して最高級のワインを頼んでしまった。まあそんな日もあっていいだろう、なんせ俺は今日、ついに夢だった憑依魔法を手に入れたんだ。
「目指し始めてもう十年...長かったなぁ...」
そもそもの憑依魔法を知る魔術師がどこにいるのかがわからなかったから五年間探し続ける羽目になった。その間に冒険者クランでSランクまでいっちゃったし、ついに魔術師を見つけて辞めるってなったときにはクランリーダーに行かないでくれって泣きつかれたなあ...気持ち悪かったから顔面蹴ってそのまま抜けたけど。
そしてその大魔術師に弟子入りするにも時間がかかった。まさか尊敬していた人がガチの引きこもりの人見知りだったとはなあ...ガンダ◯フとかダンブ◯ドアとか想像してたけど、どちらかというと痩せこけたゴブリンみたいな顔だったな、種族は一応人間らしいけど。
それはそうと、師匠に弟子入りして五年...ようやく習得した憑依魔法だ、身体をいろんな人やものに変えてしまえば人生勝ち組だぜ!
「...そういやだれもいないな」
嬉しくて友達を家に招いてパーティーしてたはずなのに、友達が見当たらない。そういやもう帰るって言ってたような...記憶が遠すぎてうまく思い出せない。え、師匠?「にんげんこわい」つってエルベルセタ山の洞窟のイエティに憑依するって言ってたな、そういえば三年前に師匠が「エルフこわい」ってサキタマ草原?のそこらへんの草に憑依したときはほんとに見つけ出すのが大変だった...うっ思い出すとまた頭が。
その後、師匠が俺に話しかけてきて見つけれたんだが、草から顔が出てきてクソ笑った。
アレだけで10時間笑ってたわ。翌日腹筋が死んでた。
さて、憑依魔法トランソウルなんだが…
「...ちょっと試してみるか」
何に憑依してみようかな。そこの龍のオブジェとか?ドワーフが作ったこの剣とか?東の方の地方のこのカタナとか?いいねぇ、夢が広がるねぇ。
とりあえずはこの剣に...
「憑依魔法〈トランソウル〉!」
『レベルが足りません』
は?
は ?
は あ ?
「そんなの」ガシャン!「聞いて」キュポン!「聞いてねええぇぇぇぇ!!」ぐびっ!
(今飲んでたワインの瓶をぶっ壊す音、数十万する新しい瓶を開封する音、一瞬で飲み干す音)
「いやまて、おちつけ自分...あのオブジェは!?憑依魔法〈トランソウル〉!」
『レベルが足りません』
「カタナ!憑依魔法〈トランソウル〉!」
『レベルが足りません』
「そこの壊れた酒瓶!憑依魔法〈トランソウル〉!」
『レベルが足りません』
「そこのおつまみ!憑依魔法〈トランソウル〉!」
『レベルが足りません』
「こっちのおつまみ!憑依魔法〈トランソウル〉!」
『枝豆への憑依を許可しますか?』
「っしゃあやっとできた!もちろん許可!」
『枝豆への憑依を開始します』
ふう、ようやくなにかに憑依できたな。なんか急に眠くなったなあ、少し横になろう。
『憑依に成功しました』
天からのアナウンスによって目覚めた俺は、大きく伸びをした。
「ふわぁぁ、よく寝たぁ」
そして目を覚ますと、世界が異常にデカくなっていた。いや、そんなはずがない。自分が小さくなってる?そういやなんだか体が軽いな。目線を自分の身体に移す。
その目に映ったのは、緑色の丸っこいボディ―。
「体が...枝豆になっているぅぅぅゥ!!!??」
待て、落ち着け!きっとなにかの見間違いだ、そうだきっと友達が変なことやってるんだ、悪ふざけで俺に緑色の豆の着ぐるみを着せているんだ、いや豆の着ぐるみってなんだよ。それに体が小さくなっている理由にはならない。
「と、とりあえず酒を...」
近くにあった灯台ほどある酒瓶からこぼれてたのをひとなめ。うん、美味い。さすが500年熟成された最高級ワイン...って俺これ開けたっけ?
「...あ」
昨晩の記憶が脳内にフラッシュバック。ヤケ酒に高級ワインを飲み干した自分の失態。かっこいいものに憑依できないことへの苛立ちによる豆への憑依。
「...俺、やらかしたな」
足とかはなぜか生えてきてるから移動はできるが、やっぱり不便だ。そうだ、自分の体に戻れば―。
「憑依魔法〈トランソウル〉!」
『スキルがステータスに存在しません』
...は?
ステータスを確認。
個体名:
種族:枝豆人
称号:なし
Lv:1
HP:1/1
MP:1/1
攻撃力:1
防御力:1
スキル
豆目(使用MP:1,使用後3日間使用不可 現在:使用可能)
魔力制御
...うん。生前のスキルはほぼ消えてる。
ミジンコ?
てか、豆目ってなに?起動してみようか。
何も起こらなかった。ん?ちょっと待てよ。目の前の紙くずが豆になった、だと!?