1-2 イケメン令嬢ロザリー、誕生
おろおろと部屋を歩きまわるベルに、ロザリーの鋭い声が掛かる。
「覚悟を決めなさい、ベル」
「お……お、お嬢さま! 一体なんでこんなことに?!」
「あら、とっても美しいわよ、ベルお嬢さま?」
黒い燕尾服を身につけ、髪を帽子に隠したロザリーはにやりと笑う。
「お嬢さま! サイモン様が来られるんじゃなかったんですか?!」
「口から出まかせに決まってるじゃない。お目付け役がいないと、お母さまに許してもらえないでしょ?」
「なら私がお目付け役になりますよ! なんでお嬢さまがそんな格好を……」
「あたしはお兄さまを見て育ったから、紳士のフリもできるわ。ベル、あなたにできる?」
う、と詰まったベルはついに口をつぐんだ。実際のところ、わざわざ男装までしなくても、従姉や家庭教師にでも扮すれば十分なのだ。が、しかし、ロザリーは退屈だった。兄は屋敷にいないから、こっそり服を拝借してもバレることはないだろう。鏡に映った自分を見て、ステッキをぶんぶんと振ってみる。自分の大きな青い目は、気が強すぎるきらいがあると思っていたが、燕尾服にはよく釣り合っている。ふっくらとした赤い唇も、予想よりも青年らしさを損ねていない。
(なかなか様になってるじゃない?)
令嬢役に扮したベルの肩に手をかけて、ロザリーは耳元に顔を寄せる。
「では、参りましょうか? マイレディ?」
甘くささやいて微笑むと、ベルに真っ赤な顔でにらまれた。
◆
馬車に乗りこんでからも、ベルは不安そうに黙っている。ロザリーは窓に肘をついて、ランプが映す自分の顔を眺めている。ちらっと侍女を盗み見て、片方の眉を上げた。
「そんな顔しなくても大丈夫よ。お母さまは朝までぐっすりだから」
キッチンメイドのノーラは、お屋敷に調査に行くと告げると、手を叩かんばかりに喜んだ。彼女と仲の良いメイドやフットマンたちも協力して、ロザリーとベルの変装を手伝ってくれた。そればかりか、夕方のお茶の時間に、痛み止め代わりのワインを母親に勧めてくれたのだ。アルコールに弱い母親は寝室に下がったまま見送りにも出てこなかった。
「あなたは、あたしの友人ってことにすればいいわ。で、あたしはあなたの従兄ね」
さすがに「ロザリーとサイモン」本人に化けるわけにもいかない。伯爵令嬢ロザリーは風邪をひいたので、代わりに屋敷に滞在中の友人と従兄が出席する、とロザリーは手紙をしたためた。ベルは侍女だから一通りの礼儀作法は身についている。こうして着飾ってしまえば、すぐに気づかれることはないだろう。
深緑色のドレスをまとい、淡い緑色の帽子から赤毛を垂らした侍女を眺め、ロザリーは目を細める。
「ベル、いつも思ってたけど、あなたってきれいね。そのドレスも目と同じ色で、よく似合ってるわ」
「お……お嬢さまあ、からかうのは止めてください」
「からかってなんか……ふふ、なあに、照れてるの?」
いつもと違うベルの反応に、ロザリーは自分が紳士に扮していたことを思い出す。窓に映った自分を見て、にやりと笑う。垂れた金髪を耳の後ろにかき上げて、上目遣いで侍女を見ると、頬が赤く染まっていた。自分で言うのもなんだが、なかなか……そう、なかなかの美男子ぶりである。
(なんだかクセになりそうだわ、コレ)
お屋敷に向かう間中、ロザリーは意味深にベルを見ては照れさせる、といういたずらを繰りかえした。そうする間に、馬車は林を抜け、夜の草地を駆けぬけて、海を見渡す断崖に立つ城が遠くに見えてきた。