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脊髄小脳変性症の母と生きる。  作者: 渡邉尚道
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僕が小学生のとき

僕が小学生のとき

僕が小学校(低学年)の時、母はまだ、全然元気でバリバリ歩いていました。


僕の小学校の時の運動会、母に勇姿を見せたく、一生懸命走りました。ちらっと母を見ると応援してくれて益々、やる気が出てきたのを覚えています。お昼には重箱で作られたお弁当を父と母と兄と姉と僕でワイワイつまんでいたのを覚えています。


母は僕が小学校低学年の時は保母さんをしていました。ピアノを弾いて童話なんかを時々歌って僕に聴かせてくれていました。仕事の帰りなんかには、僕がお気に入りのブラックチェリーの菓子パンを買ってきてくれて、一緒に楽しげに体育座りしながら食べたりもしてました。


僕が小学校の中学年になるころに、新潟から母のお父さんが亡くなられたと電話がありました。当時,僕の家は裕福ではなかったので、5人家族、車で山口から新潟まで行くことになりました。僕たちは旅行気分で車の中ではしゃぎながら、1日がかりで新潟に着きました。母の気持ちも考えずに、、、

この時、僕は初めて人の死を目の前にしたんですが、僕にとって新潟のおじいちゃんは殆ど会った記憶がなかったので悲しいとか、辛いという感情は一切ありませんでした。


 しかし、母はハンカチで涙を拭っていました。今だから分かるんですが、親を亡くす事の悲しみは、計り知れないもののはず、にもかかわらず、帰りの車の中の母はいつもと変わらず気丈に振る舞っていた記憶があります。


今なら言えます。あの時、母の気も知らずに車の中ではしゃいでごめんなさいと、、、


 そして後から知るのですが、母のお父さんも脊髄小脳変性症だったと。。。



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