表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脊髄小脳変性症の母と生きる。  作者: 渡邉尚道
4/19

僕が保育園児のとき

僕が保育園児の時



僕は兄、姉がいる末っ子で母が大好きでした。しかも末っ子だからという理由で、末っ子の特権だと勝手に思い込みわがままし放題でした。母は一番僕に手を焼いた事でしょう。でもその分一番可愛がってもらったと思っています。


例えば4個くっ付いたゼリー、3人兄弟で分けると1個余りますが、必ず母は内緒で僕だけに「食べり」とくれました。


保育園に連れていかれた時は、母と離れたくなくて、保育園の玄関で、周りが引く位大暴れして、母親を困らせた事もありました。


保育園の遠足の時は当時キャラ弁なんかありませんでしたが、弁当の中には母の手作りおにぎりが入っていました。口が紫蘇で付けた真っ赤な梅干し、海苔で髪の毛と目を作った不格好な男の子のおにぎり。不恰好で特別味付けしてるわけではなかったけど、とても気持ちがこもっていて美味しかった記憶があります。


一番記憶にあるのは、チロルチョコ事件です。ある日、チロルチョコのバラエティパックを母が買ってきてくれていました。あとで僕も食べようと思っていたんですが、兄、姉が先に食べていて、一番大好きな牛のマークがついたミルクチョコが無かったんです。

 もちろん僕は大泣き、大騒ぎするわけです。見兼ねた母は夕方暗くなって二人で近所の坂本という駄菓子屋さんに連れて行っくれててミルクチョコだけが入ったチロルチョコの箱を買ってくれました。

 帰りはもうすでに真っ暗。わがままな僕は眠くなって母におんぶをねだりました。1kmはある帰り道をおんぶしながら帰ったんですが、そんな母の背中は暖かくて、どんな高級ベッドよりも気持ちよかったのを覚えています。


 その時が母にしてもらった最後のおんぶで自分がこれからおんぶしてあげる方になるとは想像もせず、僕は母の温かい背中でぐっすり寝ていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ