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女神さまのお使い(3)

「はあ、相変わらずの混雑ぶりだな、あの店は」


 激安スーパーから少し離れた場所まで歩き、育生は大きく息をつく。それから少し後ろを歩く奈ずなに声をかけた。


「春野も、今日の特売日狙って来たの?」

「うん、そう……」

「あ、もしかして、今日急いで学校出たのはそのためだったりする?」


 育生の推論に奈ずなは一瞬目を真ん丸くさせると、大きく俯く。その様子を育生は怪訝に思った。


「どうかした?」

「あ……、あのね、沖野くん」


 奈ずなは顔を上げると、何か決心したように言う。


「あ、あたしとこれから関わらないでほしいの」


 普段の彼女とは違う強い意志の籠もった声音を聞き、育生は思わずキョトンとした。


「い、今はたまたま会って話しちゃったけど、もうあたしに話しかけたりしないで……」


 そこまで言うのが精一杯だったのか、奈ずなが再び深く俯いてしまう。その様子を見た育生はある考えに思い至った。


「もしかして朝、女子たちに言われたこと気にしてんの?」


 奈ずなは返答こそしなかったが、逆にその態度が彼女の内心を容易に育生に悟らせる。育生は嘆息した後、奈ずなの傍に歩み寄る。それに反応し、奈ずなの肩がピクリと動いた。


「あのさ、春野はそれでいいわけ?」

「え……?」

「あいつらに言われたからって、素直に従っていいのかってことだよ」


 そう育生に言われ、奈ずなは学生鞄と買い物袋を手にした拳を固く握る。


「本当に春野がオレと関わりたくないってんなら、それで構わない。でも、あいつらに言われたから、いや、あんな脅しみたいなことに屈して、本当にいいのか?」


 育生はなるべく優しい口調で、真摯に奈ずなに語りかけた。その後、少しの間、二人の間に沈黙の時間が流れる。


「……嫌だよ」


 奈ずながポツリと呟いた後、顔を上げた。


「あたしだって、あの子たちに言われたからって、沖野くんと話せなくなるのは嫌。でも……」


 奈ずなが瞳を伏せる。一連の様子を見た後、育生はある推論を立てた。


「もしかして、笹井みたいにイジメられるかもしれないから?」


 胸間を言い当てられたように奈ずなは瞳を開けると、戸惑いがちに小さく首肯する。


 やはりそうか――育生は確信を得て、眼前の少女同様、思い悩むことになった。


 一体どうすればいいのだろうか。今までどおり奈ずなに育生が関わったら、不登校になった笹井と同様、酷いイジメを受けてしまうかもしれない。それだけは何としても避けたい。


「……とにかく、明日、担任の南先生にでも相談してみよう」

「え?」


 奈ずながキョトンとしたように育生を見つめてくる。


「南先生は笹井が不登校になった原因を知ってると思う。でも、またイジメが原因で春野が不登校になったりしたら、さすがに困るはずだ。その前に何とかしてもらうしかないよ」

「で、でも……」


 当惑しているのか、奈ずなが再び俯きがちになった。


「大丈夫。何なら、オレも一緒についてくから」


 すると、奈ずなは顔を上げ、育生に真剣なまなざしを向けてくる。


「……ホント?」

「ああ。あ、もしかして、オレが一緒じゃ嫌とか……?」


 少し不安げに育生が問うと、奈ずなは物すごい勢いで首を横に振った。


「ううん、沖野くんが一緒に来てくれるなら、すごく心強いよ!」


 眼前の奈ずなを見て育生は決心する。このクラスメートの力になろうと。


「じゃあ、明日の放課後にでも一緒に南先生のところに行こう。それでいい?」

「う、うん。ありがとう……」


 奈ずなの顔は先程までとは違い、少し明るくなったように見える。そして、彼女はある方向を指さした。それは今いる商店街の入り口の先だった。


「あ、あたしのうち、こっちなんだ」

「そっか、じゃあ、オレんちとは反対方向だな」

「じゃ、じゃあ、また明日ね」

「ああ、また明日」


 奈ずなはペコリと頭を小さく下げると、商店街の入り口へと向かっていく。育生がその後ろ姿を見送っている最中だった。


「……今のお嬢さん、どなたですの?」

「うおっ!?」


 突然、背後から話しかけられ、育生は思わず変な声を上げてしまう。だが、すぐに声の主がよく知った人物のものだということに気づき、背後を振り返った。


「なんで、ここにいるんだよ? イシス……」


 育生が問うと、イシスは憤慨したように細い腰に両手を添え、育生に詰め寄ってくる。


「少しお買い物を頼み過ぎたと思い、荷物を持つのを手伝いに来てあげましたのよ?」

「へえ、イシスにしては優しいじゃん」


 育生がさも意外そうに言うと、イシスはさらに機嫌を損ねたように深く柳眉を寄せた。


「その言葉は心外ですわ、イクオ。あたくしは、いつだって慈悲深い女神ではありませんか」

「慈悲深い……ねえ。それは初耳」


 こんなやりとりは、二人にとって当たり前の日常だ。端から見れば、うら若い男女がなれ合っているように見えるのだろう。現に二人の様子を見た通りすがりの人々は、皆一様に微笑ましいものでも見るようなまなざしを浮かべていた。そんなことは少しも意に介さないのか、イシスが再び育生に問うてくる。

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