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気弱な同級生(2)

「なあなあ、オッキー」


 昼休憩の時間、学食で昼食をとっている最中、同じテーブルについていた田島が育生に声をかけてくる。イシスお手製の弁当のミニハンバーグを咀嚼した後、育生は田島に顔を向けた。


「オッキーさあ、あんまり春野と関わらない方がいいと思うよ? オレ」

「……はあ?」


 唐突に意味のわからないことを告げられ、育生は思わず呆けた声を上げる。


「どういう意味だよ、それ」


 田島は周囲をキョロキョロと見回した後、育生に顔を近づけ、ひそひそ声で話し始めた。


「あのさ、春野って、まだうちのクラスに馴染めてないじゃん」

「あ、ああ。まあ、そうみたいだけど……」

「女子とうまくやれてないのに、男子のオッキーとは親しく話してるのが、一部の女子からあんまよく思われてないみたいなんだよ」


 育生は今朝の出来事を思い出す。奈ずなは派手なグループの女子生徒にぶつかられていたが、やはりわざとだったのか。田島の話を聞いて、疑念は確信に変わった。


「それに春野って、ちょっとトロいっていうか、鈍くさいだろ? そういうのが男を誘ってる仕草に見られてて、女子から反感かってるみたい」


 田島に悩ましげに言われ、育生は頭が痛くなる。


「くだらねえなあ。春野が男を誘ってる? 彼女、どう見てもそんなタイプじゃないだろ」

「俺も同意見だけど、女子目線で見ると、どうもそう思われてるみたいなんだよねえ」


 嘆息すると、田島は再び学食で頼んだラーメンをすすり始めた。


 自分が話しかけていることで、奈ずなが女子から反感をかう事態になるなどとは、育生は夢にも思っていなかった。まだクラスに馴染めていない彼女のためと思ってした行為が、奈ずなにとって仇になるとは――。


「それにさ、笹井のこともあるし」

「笹井? そういや春野に絡んでた女子が言ってたな、『第二の笹井』がどうのって」

「あれ? オッキー、知らないの? 笹井のこと」

「いや、名前ぐらいは知ってるさ。だけど、進級してから一カ月ぐらいで学校に来なくなったんだよな、彼女」


 育生が思い出しつつ言った言葉に、田島は小さく首肯してみせた。そして、再びひそひそ声で話し始める。


「笹井って、不登校になったらしいんだよ」

「不登校? 何で?」

「あー……、朝、春野に絡んでた女子たち、あいつらにイジメ受けてたみたいなんだよね」


 育生は驚いた。自身が所属しているクラスでイジメがあったなど、気づきもしなかったからだ。その内心を察したかのように田島が小さく息をつく。


「あいつらのやり口って、陰湿でさ。絶対、表に出ないようにやるらしいんだよ。ほら、オレら男子が見えないとこって、いろいろあるだろ? 更衣室とか女子トイレとか」

「ああ……それは確かに」

「学校側はイジメがあったこと隠したいみたいでさ、表沙汰にはしてないみたいだけど。誰かそういう情報を仕入れてきて、今、学年中に噂広まってるんだよ」

「そうだったのか、知らなかった……」


 ようやく育生は理解する。派手なグループの女子生徒が言っていた、「第二の笹井」の意味を。要は、彼女たちは今度は奈ずなをターゲットにしようとでもいうのだろう。


「高校生になってまでイジメなんて、程度低過ぎだろ。オレ、そういうのって許せねえ」


 義憤に駆られ育生が漏らした呟きに、田島が当惑したようだ。


「オッキー、もしかして何かするつもりなの?」

「何って、何?」

「だから、女子のイジメに手え出したりとか。それだったら、やめときなよ」

「あ? なんでだよ?」

「例の女子たちは、春野がオッキーと親しくしてるのが気に食わないわけ。そのオッキー自身が彼女らの間に入ったら、よけい火に油を注ぐことになるかもだよ」

「だからって、黙って見てろってのかよ!?」


 育生は思わずかけていた椅子から立ち上がる。その様子に気づいたのか、この学食にいた生徒たちの視線が皆こちらに集中した。


「オ、オッキー、ちょっと落ち着いて……」


 田島に窘められ、育生は再び椅子に腰を落ち着ける。


「そりゃあ、オレだってイジメだなんて許せないよ。でも、さっきも言ったけど、男子のオッキーが女子の間に割って入るのは逆効果だと思うんだ」

「……そりゃあ、そうかもしれねえけど」


 田島の言い分も、もっともだった。女子には女子の、男子には計り知れない世界があるのだろう。そこに侵入するのは、確かに無謀過ぎるかもしれない。


「とにかくさ、今は黙って様子を見てようよ。幸い、春野はまだ本格的にイジメられてるわけじゃないみたいだし」


 育生は納得いかなかったが、自身が奈ずなに接触することで彼女がイジメの標的になるのなら本末転倒だ。かといって奈ずなを無視するのも、理不尽で不自然極まりない。


 一体どうしたら――結局、答えなど出ぬまま、昼休憩の時間は終わりを告げた。


 教室へ戻るまで、これから一体どうやって奈ずなと接したらいいか育生は思案していたが、答えはあっさりと出た。というよりも、出したのは育生自身ではなく、奈ずなの方だった。


 自席へ着席した育生は、ふと隣席の奈ずなに顔を向けた。視線が合うと、奈ずなはサッと顔をあらぬ方向へと逸らす。今までこういう場面では、おずおずしつつも、彼女は育生に視線をまっすぐ合わせてきたというのに、だ。


 ――そういうことかよ……。


 育生は奈ずなが出した答えを悟り、思わず固く拳を握った。つまりは朝絡んできた女子生徒たちの忠告どおり、奈ずなは育生と接触を断つのを決心したということか。確かにこうすれば、彼女は女子生徒たちからイジメを受けなくて済むのかもしれない。だが――。


 ――納得できない、オレはこんなの容認できねえ!


 育生はそう叫びたくなる衝動を何とか抑え込んだ。こんな理不尽なことは最も育生が、そして育ての親であり師匠でもあるイシスが唾棄する行為だったからだ。


 この世には禍物よりもどす黒く、厄介な存在がいることを育生は認識することになった。

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