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戻ってきた日常とこれからと(2)

「お、お話?」


 育生が呆けた顔を浮かべると、イシスが憤然とした様子で口を尖らせた。


「セトとの戦いの折、あなたが言ったではありませんか。あたくしとあなたの伝えたいことを伝え合おうと」


 イシスが言ったことは、まさについ先程育生が考えていたことだ。そう気づき、育生は居住まいを正しベッドの上に正座する。そして、思う。こういうとき、話を切り出すのは男と女、一体どちらが先なのか。育生が煮え切らない態度をとっているのを目にし、イシスが嘆息する。


「どうしましたの? セトと一戦交えていたときのあなたは、あれほど勇ましかったというのに」

「あ、あれは……何つうか、戦いで気が昂ぶっていたっていうか……」


 しどろもどろに答える育生。そう言った後、思わずハッとした。なぜなら、イシスがジト目でこちらを見ていたからだ。


「……つまり、あのときのあなたの言葉は、ただの世迷い言だとでも?」

「ち、違う!」


 育生は大きく両手を横に振ると、深呼吸する。自ら言い出したことなのに、この体たらくではあまりにも情けない。そう思い、育生は真摯な口調で語り始めた。


「嫌な気分にさせたなら、ごめん! 謝る。でもさ、ずっと迷ってたんだ。オレが言うことで、イシスを困らせるかもしれないって」

「あたくしを困らせる? なぜですの?」


 イシスが不思議そうに小首を傾げるのを目にし、育生は思い切って告白する。


「だって……その……イシスには立派な旦那さんがいる、し」


「旦那さん」の箇所だけ、随分声量が小さくなってしまった。だが、傍にいたイシスは聞き取ってくれたのか、得心したようにポンと軽く手を打つ。


「ああ、もしかして、オシリス兄様のことですの?」


 育生は小さく首肯する。しおれた風情の彼を見てイシスが目を瞬かせた。


「イクオ。あなた、まさかそんなことでずっと悩んでましたの?」

「そりゃあ、当たり前だろ! イシスが結婚してたなんて考えもしてなかったからさ」


 大真面目に言う育生とは対照的に、イシスはおかしそうに笑みを漏らし始める。


「な、何笑ってんだよ!?」

「だって、そんなことで悩んでいたなんて、あなたって本当にお馬鹿ですわね」


 イシスの言葉に育生は思わずカチンとした。


「何だよ、その言いぐさは! こっちはずっと悩んでたってのに……」

「あのね、イクオ」


 おかしさから目尻に浮かんだ涙を拭いながら、イシスが不意に真面目な顔を浮かべる。


「あたくし、これでもまだ清い身体ですの」

「……は?」


 イシスの言わんとすることの意味がわからず、育生は間抜け面を晒すことになった。


「あら、聞こえませんでした? この世界に生を受け数千年経ちますが、殿方と肉体関係を持ったことなど一度もありませんのよ、あたくし」

「つ、つまり、それはどういう……?」

「どういうも何も、神々の婚姻は人間界でのそれとは大きく異なりますのよ。そうですわね、いわば契約的な、称号を与えられるようなものかしら? 大体、兄妹で結婚するなどおかしいと思いません? 今この世界で流行っている少女漫画などではあるまいし」

「じゃ、じゃあ、イシスは旦那のオシリスと……」

「まあ、恐らくあなたが想像しているような関係ではありませんわ。それは、オシリス兄様のことは尊敬申し上げておりますけれども」

「そ、そうなんだ……」


 イシスの説明を聞いた育生は明らかにホッとした表情を浮かべる。そんな彼を見てイシスが真顔で声をかけてきた。


「イクオ」

「ん?」

「あなたの伝えたかったこととは、もしかしてあたくしへの愛の告白ですの?」


 不意にストレートな質問を剛速球で投げられ、育生は座っているベッドから転がり落ちそうになる。


「え、えっと、それは……」


 確かにそうなのだが、いざ事実を突きつけられると、育生はつい及び腰になってしまう。そんな彼にイシスがさらに畳みかけてくる。


「あたくし、この人間界に下りて、いくつもの映画や小説を閲覧してきましたの。その中に、この間のセトとの戦いであなたが言ったことと酷似したものがありましたわ。それはたしか、『戦場から帰ったら彼女に告白するんだ』というものでしたわね」


 イシスの言葉を聞き、育生は呆気にとられた。彼女といい、ネフティスといい、仮にも女神様ともあろうお方が、こうも人間界に染まりきってよいものなのか。


「ねえ、イクオ。本当のところはどうですの?」


 そう言いつつ、イシスが育生に迫るように近づいてきた。その行為に育生は一瞬「うっ……」と息を詰まらせると、覚悟を決める。約束は守る、それは真っ当に生きる人間の当然の行為だ。


「……ああ、イシスの考えてるとおりだよ」


 育生は眼前のイシスを真っ直ぐに見据えると、続ける。


「オレ、イシスのこと、一人の女の人として意識してる。それはイシスが女神様ってことや、オレの養い親や魔術の師匠とか抜きにして。つまりは……イシスを好きってこと」


 すべてを言い終え、育生の顔が瞬時に朱に染まった。一連の様子を見た後、イシスは不思議そうに何か考える素振りを見せる。


「ねえ、イクオ。あたくし、女神として何千年という時を超えてきましたけれども、一つだけ未だによくわからないことがありますの」

 

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