邪神の最期
セトがすべて言い終えるのと同時に、既に日が暮れ暗闇に包まれたこの空間に溶けるように彼の身体が消え失せていった。一部始終を目にした育生が傍らにいたイシスに尋ねる。
「……これで、終わったのかな?」
「ええ。今生のセトは、とりあえずこれで終わりですわね」
そう答えたイシスの言葉から察するに、セトは彼が言ったとおり何度でも再生を繰り返すのだろう。そのとき、先程宣言したとおり自身はセトと相まみえるのだろうか、と育生はそんなことを思った。そして、ようやく一息つこうとしたときだ。
「う……ん」
屋上のどこかから呻き声が聞こえてくる。反射的に育生が声のした方向に視線を向けると、そこには床に伏していた春野奈ずなの姿が。気絶していた彼女が目を覚ましたらしい。倒れていた奈ずなは上半身を起こすと、キョロキョロと落ち着きなさげに周囲を見回した。
「あ、あれ? ここって、学校の屋上……? あたし、なんでこんなところにいるの?」
その姿は以前のどこか自信のない、気の弱い春野奈ずなだった。彼女は育生たちに気づくと、不思議そうに小首を傾げる。
「沖野くん? それにイシス……さんだっけ? あたし、どうしてここにいるのかな? それに、なんかずっと長い夢を見てたみたいで……」
育生はイシスと顔を見合わせると、奈ずなに尋ねてみた。
「そっか。それで、その夢はいい夢だった?」
問いかけに奈ずなは少しの間思案する素振りを見せると、首を横に振る。
「う……ん。いいこともあったけど、何だか本当のあたしが体験したことじゃないみたい。まるで、別の誰かを外から見てるような不思議な感じなの」
イシスがそっと傍らの育生に耳打ちした。
「いつかの夜の公園のときと同じですわね。あなたがグラントクオーツに込められた禍物、そして創造主であるセトを倒したから、奈ずなさんは元の人格を取り戻したのですわ」
元の、おどおどとした弱気な春野奈ずなに戻る。それは果たして彼女にとって本当によいことなのだろうか? 育生はそんなことを思う。だが――。
「夢の中のあたしは、元のあたしより元気で魅力的だった。でも、それはどこかつくりものみたいなの。だから思ったんだ。これからは自分の力で、自信を持てるあたしになろうって」
奈ずなはそう言うと、恥ずかしそうにはにかんだ。この様子では、彼女の中にグラントクオーツに支配されていた頃の記憶は残っていないようだ。ならば、不幸中の幸いと言えるかもしれない。そう思い、育生は奈ずなに告げる。
「じゃあ、明日から元気ではつらつとした、春野奈ずなさんとして学校に来なくちゃな」
「う……っ。でも、すぐにはムリだよお……」
「そっか。まあ、時間はたっぷりあるんだ。ゆっくりやればいいさ」
そうだ。ひとまずこの井筒市からセトが創り出した禍物、そして災禍は消えた。これからしばらくは穏やかで平和な時間が訪れるのだろうと、育生は予感する。そう、これからきっと自分やイシスにも――。
「イクオ?」
傍らにいたイシスが気遣わしげな声をかけてくる。
「どうしましたの? お顔の色が優れませんわよ」
「あ、いや、なんかさ、今になってドッと疲れが来たっつうか……」
気づけば、足元がおぼつかなく、立っていることさえままならなくなっていた。育生はまるで電池が切れたオモチャのように、バッタリと派手に床に倒れ込んだ。その姿を目にし、イシスが慌てて彼を助け起こそうとする。
「イクオ、イクオ、しっかりなさいまし!」
イシスは育生の頬を軽く叩くが、彼は固く目を閉じたままだ。すると、傍に歩み寄ってきたネフティスが姉に告げる。
「あー……、イクオちん、疲れ切って寝ちゃったみたいだね」
「そう……ですか」
わずかばかり焦慮に駆られたイシスは妹の指摘を受け安堵する。そして、大切な養い子を自身の膝の上に横たわらせた。
「仕方ありませんわね。神との戦いなど、普通の人間の範疇ではあり得ませんもの」
イシスは育生の前髪をそっと撫でると、彼に労いの言葉をかける。
「……お疲れ様、イクオ」




