最後の一手(1)
力強い育生の宣言を前にセトが一瞬怯んだ様子を見せる。だが、それもわずかの間だった。
「さすがは姉上の養い子、といったところか。これは私も少しばかり本気を出さなければならぬようだな」
「少しばかりじゃなくて全力で来やがれ! オレは今めちゃくちゃ頭に来てるんだからな!」
自身が侮辱されるならまだしも、セトは十二年前の事故の死者、そして育生の家族をも冒涜したのだ。これを看過できるほど育生は心が広くない。
「ふっ、その宝剣ただ一本で一体何ができるというのかな? 私は無数の魔術を扱えるのだということを忘れてもらっては困る」
セトがすべてを見透かしたかのように指摘してきた。確かに育生が扱える魔術といえば、自身が創り出した宝剣を顕現させること、ただ一つのみ。だが、それでも怯むことなく育生は宝剣虎王を構え直す。
「てめえがついさっき自分で言っただろ。この世界で一番強いのは想いの強さだって。その法則で言ったら、オレの方がてめえより強いってことだ」
「何?」
わけがわからないといった風情でセトが小首を傾げた。
「何の罪もない死者を冒涜し、イシスを傷つけたセト、オレはてめえを絶対に倒す。そう決めた。その想いの強さでなら、きっとてめえを上回ってる。それに……」
そこまで言うと、育生は顔だけで背後を振り向く。その先にいるのは今の育生にとって何よりも大切な存在。
「オレはすごい女神様の加護を受けたんだ。そんなオレに怖いものなんて何もないね!」
「イクオ……」
育生とセトのやりとりを見つめていたイシスがわずかに顔色を明るくした。そんな彼女から視線を外し、育生は再び前方のセトに向き直る。
「さっきは、そっちから仕掛けてもらったからな。今度はこっちから行かせてもらう!」
そう言うのと同時に育生は宝剣を構えたまま地面を蹴った。この場からセトまでの距離は五メートルほど。全力疾走すれば、呪文を唱えられる暇も与えず宝剣の切っ先が届くはず。育生はそう思っていた。だが――。
駆けている最中、育生は急ブレーキをかけて踏みとどまる。なぜなら、前方のセトの右手から先程自身を貫こうとした何本もの剣が顕現していたからだ。これはおかしい。セトは呪文を唱えていないはず。その育生の内心を読んだかのようにセトが口端を上げる。
「私が呪文を詠唱していないことを不思議に思っているようだな、少年。だが残念だね、私や姉上ほどの魔術師となれば、わざわざ口を開かずとも頭の中で呪文を思い浮かべれば、こうして魔術を完成させることも可能なのだよ。まあ、威力は実際に呪文を口にした方が強いが、君程度ならこれで十分だろう」
事も無げに言われ、育生は驚嘆すると同時に呆然とした。
「何だよそれ、反則じゃねえか……」
セトが呪文を唱える前に、レンジを詰めることで勝機を見いだそうとしていたが、甘過ぎたということか。特攻とも言うべき戦法を易々と破られ、育生は少なからず動揺する。
「では、先程の続きといこうか、少年」
セトがそう言うや否や、彼の右手から鋭い刃の剣が育生目がけ、何本も射出された。セトに特攻する戦法をとっていた育生は、彼に接近し過ぎてしまったことに気づく。この距離では、自身目がけ飛んでくる剣を避ける暇などない。
「く……っ!」
飛んでくる剣を回避する策を考えるよりも先に、育生は手にしていた宝剣を前方に向け大振りした。すると、幸運なことにセトの放った剣を宝剣の切っ先で弾き飛ばすことに成功する。だが、このままこの場に留まっていてはあまりにも危険過ぎると判断し、本能的に後方に下がった。その一連の動作を見ていたセトが呆れたように言う。
「ふう、まるで子ネズミのようだね。ちょこまかと逃げ回って」
その言葉を聞き、育生は自身が子犬から子ネズミに格下げされたと場違いなことを考えてしまう。そして、再び戦いに集中すべく宝剣を構え直した。そうしている間にも、セトは再び右手前方に何本もの剣を顕現させている。
イシスに次ぐ魔術師であるセトの魔力量がどれほどあるのか、半端な魔術師の育生には想像もつかない。このまま消耗戦に突入するか、それとも別の策を考えるか、育生の脳内が目まぐるしく回転し始める。
いくら神といえど、その魔力も無尽蔵ではないだろう。現に先程、イシスは自身の魔力量がセトより上だと語っていた。だとしても、ただの人間の育生にとって、魔術でできた剣を回避するのは至難の業だ。先程セトが放った剣を弾き飛ばせたのも、単なる偶然上の産物に過ぎない。一体どうすれば――育生は焦慮する。
そして、ふと背後の「彼女」の存在を思い出した。イシスは今、セトから受けた傷によって苦しんでいるのだろう。その傷を早く癒し、苦しみから解放してやりたい。そのためには、このまま消耗戦に突入するのは悪手過ぎる。
悔しいが、セトの言うとおり、ただ逃げ回っているのは無様だ。そんな姿をイシスに見せたくない。育生もやはり男である。大切な女性には、格好いいところの一つも見せたかった。
育生はある言葉を思い出す。攻撃は最大の防御――よく聞く言葉だが、果たしてこの局面でその策が通用するかどうか。
ここで整理する。育生が使える魔術は、自身で創り出した宝剣虎王を顕現させ、扱うこと、ただ一点のみである。だが、この戦法で幾多の禍物を倒してきたのも事実なのだ。
ならば――育生は深呼吸すると、宝剣虎王を正眼に構える。その一連の動作を目にしたセトが、やれやれとばかりに肩を竦めた。
「まだ、そのオモチャで私に立ち向かうつもりかい? 何か考えているようだから、妙案でも浮かんだのかと思いきや……」
「さっきも言っただろ、やってみなきゃわかんねえって」
育生は鋭い視線で眼前の悪神を見据える。その視線を受け、セトも真顔になった。
「では、次の一撃でお互いしまいとしようか。神である私に立ち向かった初めての人間である少年、その君に最大限の敬意を表して私も最大限の攻撃を放とう」
「……ああ、こっちもありったけを込めて受け止めてやる」
今日の分の更新になります。このお話ですが、次回で完結になります。どうぞよろしくお願いします!




