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非日常な日常(2)

「あら、もう支度は済んだんですの?」


 可憐なワンピースに、エプロンを身に付けたイシスがこちらを振り向いた。今いる場所はダイニングキッチンで、彼女は先程宣言したとおり朝食をつくっている最中だった。


「おう。なんか手伝おっか?」


 育生が問うと、イシスは少し考える素振りを見せた後、言う。


「では、ご飯をよそってくださいましな」


 イシスに言われたとおり、育生は二人分の茶碗を戸棚から出すと、炊飯器から炊きたてのご飯をよそった。それからいくつかイシスに指示され、朝食の準備を手伝っていく。最後にこんがりと焼き上がった鮭が乗った皿を、イシスがダイニングキッチンに備え付けのテーブルに乗せた。


「では、いただくとしましょうか」

「ああ、いただきます」


 イシスと育生は両手を合わせると、朝食を食べ始める。今朝のメニューは、白飯に焼き鮭、ほうれん草のおひたしに卵焼き、味噌汁といった典型的な和食だった。それらを口にしながら育生は思う。


 ――でも、本当に料理うまくなったよなあ……。


 そして、差し向かいに座るイシスに目をやった。今でこそ人並み以上の料理の腕前の彼女であったが、共に暮らし始めた当時は料理の「り」の字も知らないような状態だった。


 神は食物を摂取する必要がない。よって、料理をつくる必要などまったくない。だから、イシスが料理をしたことがないのは、当然だったのだ。彼女いわく、やろうと思えば魔術で料理を出すことも可能。だが、そんなことは彼女のプライドが許せなかったようだ。


 成長期の子供には、愛情をたっぷり注いだ料理を食べさせなければ! という謎の強い理念から、イシスは必死に人間界の情報をかき集め、日々料理の腕を磨いていったのだ。生焼けのハンバーグ、やたらと塩辛い味噌汁を食べさせられたのも、今となっては遠い昔の思い出だ。


「……ところで、イクオ」


 イシスに問いかけられ、育生は眼前の彼女に目を向ける。


「もう新しいクラスには慣れたんですの?」

「ああ、まあ、それなりに」

「そうですか。あたくし、密かに心配していましたのよ」

「心配? 一体、何を……」

「だって、幼い頃のあなたといったら、人見知りで同じ年頃のお友達をつくるのにも四苦八苦していたではありませんか」

「……何で、そんな大昔の話を今さら。さっきも言ったけど、オレもう高二だぞ。そんなガキの頃の話は時効だね。だから、余計な心配すんなよ」

「まあ! なんて生意気なことを言いますの、この子は。親にとって子供というものは、いくつになっても子供なのですわ。心配するなど、当たり前のことではありませんか」


 イシスが憤然とした口調で言った。その姿に呆れ返りながら育生は嘆息する。


「あのなあ、オレだっていろいろ処世術ってヤツを学んできたの。友達つくるのなんて、今のオレにとっちゃもう朝飯前なんだよ」

「ま、まあ……。イクオったら、あたくしの知らぬ間に小賢しくなってしまったんですのね」

「小賢しいってのは日本語として不適切だぞ、イシス。この場合は世渡り上手っていうの」


 育生とイシスがそんな日常会話を繰り広げていると、ダイニングキッチンの片隅に置かれたテレビがあるニュースを流し始める。


『……年に起きた大型旅客機墜落事故から十二年が経過し、本日は現場である日鷹山で慰霊祭が行われる運びとなっております』


 イシスがハッとして箸を止めた。彼女の顔には先程までとは違い、大きく陰が差している。そのことに気づいた育生が、テーブルの端に置かれたリモコンを取り、テレビの電源を消した。そんな彼をイシスが気遣わしげに見つめてくる。


「……まだ気にしてんのかよ?」

「だって……」


 育生の問いかけに、イシスは困ったように伏し目がちになった。そんな彼女を慰めるように育生は小さく笑ってみせる。


「もう十二年も昔の話だぜ? あの頃、オレもガキだったからな。もう、ろくに覚えちゃいねえよ。だから、イシスもいい加減気にすんな」


 だが、イシスは未だ浮かない表情だ。こんな顔は、いつも明朗快活で気位の高い彼女には似合わない。そう思い、育生はあえて大げさに言う。


「ほらほら、せっかくのメシが冷めちまうぜ? オレも食ったら学校行くからさ」

「あ、ああ、そうですわね……」


 イシスはようやく元気を取り戻したのか、再び朝食に手をつけ始めた。育生も彼女のつくってくれた朝食を平らげると、さっさと食器を洗い、イシスに向き直る。


「じゃあ、行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃいまし」


 イシスに見送られ、育生は学生鞄を手にダイニングキッチンを後にした。その後ろ姿を目にしつつ、イシスがポツリと呟く。


「……嘘つき。覚えていないわけないでは、ありませんか」


 そして、思い出す。十二年前、育生と初めて出会ったときの出来事を――。

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