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思いもよらない闖入者

本日分の更新は以上になります。また今週もどうぞよろしくお願いします!

「イクオ!」


 不意に頭上から聞き覚えのある声が降ってくる。育生は声のした方を見上げたかったが、ヘビに凝視され、それすら叶わない。だが、わざわざ姿を見ずとも育生には声の主がわかりきっていた。


「な、何で、あなたが……!?」


 奈ずなの驚きを帯びた声音が聞こえてくる。それにイシスの声が応えた。


「『何で、あなたが』は、こちらのセリフですわ。早くイクオをお離しなさい!」

「い、いや! 彼の心はあなたのものなんだから、身体ぐらいあたしにちょうだいよ!」


 悲痛な奈ずなの叫びをイシスが冷たく拒絶する。


「イクオはあたくしの可愛い養い子。身体だろうと、心だろうと、あなたのような醜い心の持ち主には差し出せませんわ」

「醜い……あたしの心が?」

「そうですわ。あなたの心の形は、その禍物がよく表していましてよ。ようやくわかりましたわ。この間のときといい、なぜそのグラントクオーツから顕現する禍物がヘビの姿形を模しているのか」

「な、何言ってるの?」


 わけがわからないといった様子の奈ずな。それに構わずイシスは話を続けた。


「エジプト神話におけるヘビとは、畏怖の象徴。邪悪と混沌の化身にして世界の原初の存在。そのようなヘビは、冥界とは切っても切れぬもの。そして、その混沌を好み生み出す者はただ一人、いえ、一柱を置いておりません。なぜ、早く気づかなかったのでしょう」


 そこで一拍置くと、イシスは育生が初めて聞くような威圧の声を上げる。


「近くで見ているのでしょう、セト! 早く姿を現しなさいな。それとも、このあたくしを恐れているのですか? 愚弟めが!」

「ひゃあ……っ、イシス姉様、きっつい」


 ネフティスも同行しているのか、姉の逆鱗を前にし当惑したような声音を発した。


 セト――その名を聞き、育生はハッとする。イシスの弟にして、十数年前、育生とイシスを巡り合わせることになった根源の神。彼は冥界の王たるイシスの兄オシリスを玉座から引きずり下ろすべく、彼を殺めたという。


 だが、イシスの魔術でオシリスは蘇り、セトは冥界を離れ、この人間界に逃げ込んだ。そして十数年前、彼を追ってきたイシスと一騎打ちをし敗れ、姿を消してしまったという。そのセトがこの近くにいるというのか。


 育生はセトの姿を捜そうとするが、そもそも身体が動かせないことを思い出す。唯一自由に動かせる視線は前方を窺うことしかできない。育生の視線の先には、何本もの首をもたげる巨大なヘビ、そして、それを従える春野奈ずなの姿があった。


「……やれやれ、どうにもうまくことが運ばないようだね」


 育生の耳に聞き覚えのない男の声が届く。その声に反応し、イシスが忌々しげにその男の名を叫んだ。


「……ようやく姿を現しましたわね、セト!」


 一体、今この屋上はどんな状況になっているのか確かめたい育生だが、何分ヘビの呪縛にかかっているため指一本動かせない。そんな自身をもどかしく思い、焦慮しているときだった。ふと背後に誰かの気配を感じ、その誰かが育生の肩にちょんと軽く触れる。すると次の瞬間、硬直していた身体がふっと緩むのを感じた。


「ごめんごめん、遅くなっちゃって。もう身体は自由に動くはずだよ」


 背後から聞こえた声に反応し、育生はゆっくりと振り向く。その先にはネフティスの姿があった。


「ネフィ! じゃあ、君がオレの身体を自由にしてくれたのか?」

「ボクは姉様ほどの魔術は扱えないけど、魔眼の呪縛を解くことぐらいはできるからね」

「まがん?」


 耳にしたことのない単語の登場に育生は小首を傾げる。それに応えるようにネフティスが説明を始めた。


「魔眼ってのは、強い眼力で目にした相手を支配する能力ってとこ。あのヘビちゃんはそれほど強い力を持った禍物ってことだね」

「強い禍物って……やっぱり春野があのヘビを出したってことか?」

「そうだね。話に聞いてたグラントクオーツ、だっけ? それが彼女の力を増大させ、あのヘビちゃんをこの場に顕現させたんだよ」


 ネフティスが丁寧に説明してくれるが、育生には真っ先に彼女に問いたいことがあった。


「ネフィ、それにイシスも、どうしてここに来たんだ? いや、助かったけどさ」


 すると、なぜかネフティスがしどろもどろになる。


「えっと、それはなんていうか、この目で実際にハッピーエンドを……って、まあ細かいことはいいじゃない。つうか、今はそれどころじゃないよ。ほら見て!」


 ネフティスが指さした先に育生も視線を合わせてみると、空中で対峙する二柱の神の姿があった。一柱は険しい表情を浮かべたイシス、そしてもう一柱は黒ずくめの衣装に長い黒髪を持つ若い男。


「うまく気配を消し、あたくしから身を隠すなど、いつのまに腕を上げましたの? セト」


 イシスが厳しいまなざしを真っ向から眼前の男にぶつけ、言う。すると、セトと呼ばれた男はどこか軽い調子で応じた。


「いやいや、私が腕を上げたのではなく、あなたの腕が落ちたのではないかね? 姉上」

「何ですって? 馬鹿なことをお言い! 冥界でオシリス兄様に次ぐ、魔術師のあたくしの腕が落ちたなど……」


 イシスが柳眉を上げて言うが、セトは大仰に肩を竦めてみせる。


「確かに以前のあなたなら、私に遅れをとることなどなかったはず。だが、今のあなたはどうだ? グラントクオーツから、私がその創造主だと辿り着けもしなかったじゃないか」

「それは……」

「現に私はこの街にずっと身を隠し、配下の禍物どもにあなたの動向を探らせていた。ところが、あなたは子犬に構いっぱなしで、私が放った禍物をその子犬とじゃれ合わせていた。本来のあなたなら、言の葉一つで禍物など消し去れるというのにね」

「子犬……? 一体、何のことを言っていますの?」


 弟である男の真意が読めないのか、イシスは全身を警戒で満たす様子を見せた。


「では、言い方を変えよう。たしか、この世界の時間で十二年前だったかな。私とあなたが激しく一戦交えたときに巻き込まれた、空を飛ぶ鉄の塊。それは上空何千メートルから落下し、多くの人間が死ぬことになった。あなたの可愛い子犬は、そのただ一人の生き残りだった子供。そうだろう? 姉上」


 その言葉を聞いて真っ先に驚いたのは、ネフティスだった。

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