告白は危険とともに(1)
「ああ、なぜあたくしは、あんなことを言ってしまったのでしょう……」
一方、自宅にいたイシスは育生との会話を終えた後、がっくりとうなだれる。彼女と同じくリビングにいたネフティスは不思議そうに姉を観察していた。
「どったの、姉様。イクオちんとお話してたんでしょ?」
「そうなのですが……。ネフィ、やはりあたくし、おかしくなってしまったようですわ」
「なになに? 言ってみてよ。ボクだって、姉様の力になりたいしさ」
「……笑ったりしませんこと?」
「あったりまえじゃん! ささ、遠慮なくどぞー!」
姉のイシスとは違いふくよかな胸をネフティスが大仰に張ってみせた。
「あたくし、イクオに思っていることと真逆のことを言ってしまいましたの」
「真逆のこと?」
ネフティスの問いにイシスはコクリと首肯する。
「イクオがあの奈ずなさんとお付き合いしても構わないのかと問うてきたとき、あたくしは構わないと答えました。心の内では、どこか嫌だと感じているというのに」
姉の発言を聞き、ネフティスは自身の憶測が外れていないことを確信した。イシスはやはり育生のことを――。
リビングのソファに寝転び、スナック菓子を食べていたネフティスは勢いよく立ち上がると、イシスの元へ歩み寄り彼女の両手を取った。
「姉様、イクオちんの学校へ行こう!」
イシスは金の瞳を丸くさせる。そんな彼女を後押しするようにネフティスが続ける。
「今、姉様が思ってることを、そのままイクオちんに伝えるんだよ!」
「で、ですが……」
逡巡している姉を強引にこの場から連れていこうとするネフティス。
「このままじゃあ、イクオちん、ホントにあの女の子とくっついちゃうかもしれないよ? それでもいいの?」
妹に問われ、イシスが少しの間何か思案する素振りを見せる。ネフティスはそんな姉を少し焦れったく思ってしまう。だが、それも仕方のないことだ。今、彼女は恐らく生まれて初めて感じた想いを心の内で持てあましているのだろうから。
だが、このままでは手遅れになってしまうかもしれない。そう思い、半ば義憤に駆られたネフティスは姉の身体を抱きかかえ、勢いよくリビングから飛び出す。
「ちょ、ちょっとネフィ! 何しますの!?」
「もう、細かいことは後々。善は急げだよ!」
恐らく育生とイシスはお互い同じ想いを抱いている。なのに、すれ違ったまま終わってしまっては不幸以外の何物でもない。
「やっぱ、物語はハッピーエンドじゃなくっちゃね!」
ネフティスは言うと、姉の身体を抱えたまま家を飛び出した。
「はあ……」
放課後の教室で一人、育生は大きくため息をつく。クラスメートたちは皆、帰宅なり部活に行くなりしたのか、誰一人として残っていなかった。そして、春野奈ずなの姿もない。彼女は先に屋上で待っているつもりなのか、育生が気づかぬうちに教室を後にしたようだ。
これから屋上に行き、奈ずなに告白の返事をしなければならない。それが芳しいものならまだしも、育生がするのは断りの返事だった。そのことを思うと、自然と気持ちが重くなってしまう。だが、自身の気持ちを偽って告白を受け入れることなど、返って失礼に当たるだろう。それにイシスがいつも口うるさく言っている、正しい紳士の行いではない。
育生は座っていた自分の席から立ち上がると、深呼吸して覚悟を決めることにした。きっと、奈ずなは屋上で待ってくれている。とにかく今は彼女の元へ急ごう。育生は教室を後にし、屋上へと向かった。
気づけば校舎の中は薄暗くなっている。いわゆる夕暮れ時だ。そういえば、こういう時間帯には、ほかに呼び名があったことを思い出す。逢魔が時――これはイシスに教わった言葉だ。こういう時間に禍々しいものどもが蠢きだすのだという。
なぜかそんな言葉を思い出してしまった自分を育生は不思議に思った。そして、自然と身震いがしてくる。暗くなった学校の中が怖いだなんて、まさか子供じゃあるまいし。育生は思わず苦笑してしまった。
「……これはそう、いわゆる武者震いってヤツだ」
今、自分が向かおうとしているのは、女の子からの告白の返事という一大イベント。それを前にし、やはり緊張してしまっているのだと思うことにする。教室のあった二階から階段を上り、屋上へ続く重い鉄製の扉を開いた。
育生の視界に真っ先に映ったのは夕焼けだった。だが、その色は初めて見る奇妙な色。まるでグレーの空に一滴赤いインクを垂らしてかき混ぜたような、どこか不気味な色だ。そんな空の中、一人の少女がこちらに背を向け立っている。彼女は育生が屋上に来たことに気づいたのか、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「……来てくれたんだ、沖野くん」
春野奈ずなが安堵したように小さく微笑む。その表情はどこか彼女に似つかわしくない妖艶さを窺わせる。
――春野って、こんな顔もするんだ……。
育生は内心驚きつつも彼女にゆっくりと歩み寄った。
「ごめん、待った?」
奈ずなが小さく首を横に振る。
「ううん。あたしの方こそ、ごめんね。急に今日の放課後、呼び出したりして」
「いや、オレは別に構わないけど……」
少しのやりとりの後、自然と二人の間に沈黙の時間が訪れた。育生はどう二の句を継げばいいか迷っていたし、奈ずなは奈ずなで育生の返答を待っているようだ。そのことを悟った育生は、意を決し彼女にこの間の返事をすることにした。
「……この間の返事だけど、待たせて悪かった。今、ちゃんとさせてもらうよ」
育生がそう言うと、奈ずながしっかりこちらに視線を合わせてくる。そのまなざしには期待が込められ、不安が入り混じっているようにも見えた。そんな彼女に、これからする返事は残酷なものかもしれない。だが、奈ずなは勇気を出して自分などに告白してくれたのだ。真剣には、こちらも真剣で返さなければならない。育生は固く唇を引き結び、口を開いた。




