奈ずなの決意
「ひどい……、どうしてあんなことになるの?」
一方、育生の捜し人の奈ずなは夜の街をとぼとぼと一人歩いていた。当然のことだ。昨日から眠れないほど思い悩んだ末、沖野育生に告白することを決心したのに、それを闖入者の登場で邪魔されるとは思いもしなかったのだから。
それに――育生はイシスの危機に直面し、奈ずなを差し置いて彼女を助けに一散に駆けていった。その後ろ姿を見たときの絶望感たるや、二度と思い出したくもないものだった。
そして嫌でも悟ることになる、育生がイシスをどう思っているのか。木の枝から落下した彼女を受け止めたときの彼の安堵の表情。あれはこの上なく大切な存在を守れたときのものとしか奈ずなの目には映らなかった。
だから、今ならわかる。育生が自身の告白の返答を迷っていた理由が。だとしたら何と残酷なことだろう、こんな状況で自身の失恋を知ってしまうとは。自然と奈ずなの瞳からポタポタと大粒の雫が落ち始める。
「……あんなにお守りにお願いしたのに。叶わなかったじゃない、あたしの二つ目のお願い」
奈ずなの一つ目の願いは確かに叶った。それは好きな人とデートすること。だが、二つ目の願い――好きな人と結ばれることは叶わなかった。そのことを思い知り、奈ずなは首に提げていたグラントクオーツを思わず乱暴に引きちぎろうとする。
「おやおや、どうなさったんです? そんなに泣いたりして」
不意に聞き覚えのある声が奈ずなの耳に届いた。反射的に声のした方向に顔を向けると、そこには今引きちぎらんとしていたグラントクオーツを奈ずなに与えたあの男の姿が。
「何かあったんですか?」
鷹揚な口調で尋ねられ、奈ずなは溜めていた想いを一気に彼にぶつけてしまう。
「あなた、願いが叶うって言ったじゃない! でも、あたしの願いは叶わなかった!」
生まれて初めて人に罵声を浴びせてしまったことに気づき、奈ずなはハッと我に返った。
「ご、ごめんなさい……。さっき、ひどい目に遭っちゃったから、つい」
「いえいえ。よろしかったら、何があったかお話しいただけませんか? あなたの願いが叶わなかった理由、もしかしたら私にならわかるかもしれません」
男に言われ、奈ずなは涙で溢れた瞳を瞬かせる。そして、次の瞬間には彼に先程の一部始終を話してしまっていた。
「……そうでしたか。なるほど、それはショックでしたね」
男にひどく優しい声音で言われ、奈ずなは黙って何度も首肯する。
「あなたは確かに努力しました。今のあなたの姿は、この前とは見違えるようにお美しい。そして、一つ目の願いは叶った。ここまでは特段、何の問題もありません。問題は二つ目です」
「……二つ目?」
「そうです。あなたの意中の彼には、既に想い人がいたというではありませんか。これでは、さすがのグラントクオーツも容易に願いを叶えることはできません」
「じゃあ、やっぱりいくら願っても、願いを叶えるなんて無理なんじゃ……」
奈ずなが反論しようとするのを男が途中で遮った。
「話は簡単です。彼の想い人から、力尽くでもいい、彼を奪ってしまえばよいのです」
男が人差し指をピンと立て平然と言った言葉に、奈ずなは思わず唖然としてしまう。
「力尽くって、一体どうやって……」
「グラントクオーツに強く願うのです。彼が想い人から離れ、自分だけのものになりますようにと」
狼狽する奈ずなを諭すかのように、男が彼女の両肩にそっと手を置いた。
「大丈夫です、あなたの願う力は強い。きっとグラントクオーツはその想いに応えてくれますよ。きっと、ね……」
強く後押しされるよう男に言われ、奈ずなは自然と落ち着いた精神状態を取り戻す。
「そうですよね。あたし、イシスさんより沖野くんのこと、ずっと好きって自信あるもの」
「そうです。その心意気ですよ」
笑顔の男を目にし、奈ずなは再び決意する。今までは何でも簡単に諦めてきた。だが、もう今の自分は昔の弱い、何もできない自分ではない。現に一つ目の願いを叶えることができたではないか。奈ずなは首に提げたグラントクオーツを強く握った。
「……わかりました。あたし、もう一度強く願ってみます。二つ目の願いは……沖野くんだけは絶対に諦めたくないもの」
強い覚悟を込めた奈ずなの顔を目にした男は相好を崩す。そんな彼に深く頭を下げると、奈ずなは帰宅すべく夜の街へと消えていった。その後ろ姿を見送りながら、男が呟く。
「よもや、このような形であなたと関われるとはね、イシス……」
本日分、5話更新しました。今週の更新は以上になります。来週もまたどうぞよろしくお願いします!




