初めてのデート(1)
そして約束の土曜日、育生は奈ずなと待ち合わせた場所へ向かう。そこは井筒市の中心街にある大きな時計台の下だった。遠くから見ても目立つ時計台を目印に育生は歩いている。まだ約束した時間の十五分前だ、奈ずなは来ていないだろう。だが――。
「あ、沖野くん!」
時計台のすぐ傍まで到着すると、聞き覚えのある声がどこからかしてくる。育生は反射的に声のした方に視線を向けた。すると、時計台の真下にいる奈ずなが大きく手を振っている姿が視界に入る。育生は驚いた。まだ来ていないであろうと思われた人物が約束の場所で既に待っていたのだから。育生は慌てて奈ずなの元へ駆け寄る。
「春野、もう来てたの?」
奈ずなの傍まで着いた育生は開口一番、気になったことを問いかけた。奈ずなは少し恥ずかしそうに小さく首肯する。
「待ち合わせに遅れたら大変だと思って、ちょっと早く出てきちゃったの」
「そうなのか。ごめん、待ったよな?」
「ううん。気にしないで、あたしが勝手にしたことだから」
気にしないで、とは言われたが、女性を待たせたなどとイシスが知ったら激怒するだろう。そのことを思い出し、育生は何とか失態を挽回する策を捻りだそうとした。
「いや、でも待たせたことには変わりないよ。よかったら、昼飯オレにおごらせてくれない?」
「え? わ、悪いよ! あたしが勝手に早く来ちゃったんだし……」
「いいよ。映画の券は春野に出してもらったようなもんだし。これでおあいこってことで」
なるべく奈ずなを気遣わせないよう育生が明るい笑みを見せると、彼女はようやく納得したように小さく首肯した。
「う、うん。ありがと……」
それから二人は映画館へ向かうべく連れだって歩き始める。
「……それで、なぜ、あたくしたちがあの子の後をつけなくてはなりませんの?」
時計台の周囲に配置された植栽の陰からイシスが顔を出す。彼女は半ば強引に妹のネフティスに連れられ、ここまで育生を尾行してきたのだ。
「だってえ、気になるじゃん。イクオちんの初デートがどうなるか!」
一体どこから調達してきたのか、黒いサングラスとロングコートを身に付けたネフティスが意気込む。その探偵然とした姿を目にしたイシスは嘆息した。
「……まあ、気にならなくもないですけれども」
「おやおやあ? 何だかんだ言って乗り気だねえ、イシス姉様」
妹に指摘され、イシスがわずかに狼狽する素振りを見せる。
「ち、違いますわ、これはそう! イクオがきちんと紳士として女性をエスコートできるかどうか、育ての親として確認するためですわ!」
そう強弁するイシスだが、妹であるネフティスは、いつもと違い姉の様子にどこか余裕がないことに気づいていた。
「ほ、ほら、早く追いかけないと、見失ってしまいますわよ!」
ネフティスから顔を背けるように、イシスはすっくと立ち上がり育生たちの後を追おうとする。その姿を見てネフティスは思った。わざわざ生身で追いかけなくとも、魔術に長けた姉ならいくらでも育生を追う術はあるというのに。そう思い、小さく笑んでしまう。
イシスたち姉妹が後をつけているとは少しも気づかず、育生は奈ずなといわゆる「デート」の時間を過ごすことになった。
まずは最初の予定どおり映画館で外国のミステリー映画を鑑賞する。さすが今はやりのものということもあり、育生は気づかぬうちに深く見入ってしまうことになる。ミステリー小説好きだという奈ずなはいわずもがな、スクリーンに釘付けになっていた。
「はあー、おもしろかったあ!」
上映が終わり映画館を出た後、奈ずなが感嘆の声を上げる。
「あたし、最後まで犯人わからなかったよ。まさかあの人だったなんて……。あ、沖野くんはわかった?」
未だ興奮した面持ちの奈ずなに問われ、育生は苦笑した。
「いや、オレはさっぱりだよ。っていうか、犯人捜しより話に夢中になってた」
「そう! そうだよねえ、やっぱりストーリーの構成がうまいから、犯人も巧妙にわからなくなってたもの!」
そんな会話を経て、二人は次に昼食をとることにする。だが、あまり外食する機会のない育生はどういう店を選んだらいいかわからず、困り果てることになった。そして、正直に奈ずなに意見を求めることにする。
「春野、どっかいい店知らない? オレ、あんまり外でメシ食うことってなくてさ」
「え、そうなの?」
「ああ。同居人が『外食は身体に毒ですわ!』とか言って、大体うちでメシ食うんだよな」
「同居人って、あのイシスさん……のことだよね」
「あ、そうそう。なんかやたら健康志向っていうか、年寄りくさいっていうか……」
そう育生が言ったところで奈ずなの顔にわずかに陰が差した。
「ん? どうかした?」
奈ずなの微妙な変化に気づいた育生が気遣わしげに問う。すると、奈ずなは笑顔を浮かべ首を横に振った。
「ううん、何でもない。あ、だったら、あたしが食べるところ決めてもいい? ちょっと行ってみたいお店があったんだ」
そして、二人は昼食をとるべく目的地に向かうことにする。その後ろ姿を物陰から見つめていたイシスが、身を隠していたコンクリートの壁を破壊せんばかりに強く掴んだ。
「誰が年寄りくさいですって? イクオのくせに何を調子づいちゃっているのかしら」
「ま、まあまあ。ほら、イクオちんも初めてのデートだから緊張しちゃってるんだよ」
イシスのすぐ傍にいたネフティスが姉を宥めようとする。妹に気遣われ、イシスは少し落ち着きを取り戻した。
「それにしても、何やら楽しそうじゃありませんこと。あたくしといるときなどより、よっぽど」
「そうかなあ? ボクにはあまりそうは見えないけど」
「あら、なぜそう思いますの? ネフィ」
イシスが不思議そうに小首を傾げる。
「だって、なんかどこか楽しめてなさそうに見えるもん、イクオちん。奈ずなちゃん、だっけ? 彼女に合わせて能動的に行動してるっていうかさ。どっか無理してる感じ」
ネフティスの意見を聞いたイシスが再び前方のイクオたちに視線を送った。すると、いつのまに距離を離されたのか、彼らの姿を見失いそうになっていることに気づく。
「こうしてはいられませんわ、早くあの二人の後を追いますわよ、ネフィ!」
「……なんだかんだ言って、やっぱノリノリじゃん」
ネフティスは大きくため息をつくと、駆けていく姉の後を追った。




