冥界からの来訪者(1)
自宅の前まで到着すると、イシスが玄関の前で足を止める。そして、何かを見通すかのように玄関の扉の奥をジッと見つめた。後ろにいた育生はイシスに問いかける。
「イシス? どうかした?」
「いえ、施錠して外出したはずなのですが、おうちの中から誰かの気配を感じますの」
「えっ、まさか泥棒か何かかよ?」
「いえ、鍵が開けられた痕跡はありませんわ」
「そんな馬鹿な。鍵開けないで、どうやってこの中に入るんだよ?」
「そう、むやみやたらに慌てるものではありませんわ。この中にいるのは恐らく……」
イシスが玄関の扉の鍵に手をかざした。すると次の瞬間、カチリと鍵の開く音が聞こえてくる。このような芸当は彼女にとって朝飯前なのだ。その後、イシスは玄関の扉を開き、つかつかとある方向に向かって歩いていく。育生も急いでその後を追う。
向かった先はリビングだ。一体この中に何者がいるのか――思わず育生はゴクリと唾を飲み込んだ。そんな彼とは対照的に、イシスは強気な表情でリビングの扉を勢いよく開く。
「あ、イシス姉様だあ! おっかえりい」
聞こえてきたのは少年とも少女ともつかぬ声。育生は前に立つイシスの背後から首を伸ばし、リビングの中に視線を向けた。すると、その先では真っ赤な髪、白いブラウスに黄色いハーフパンツという風体の少女がソファで寝転んでいる。そして、どこから調達してきたのか、テーブルの上には無数のスナック菓子、ペットボトルのジュースが所狭しと置かれていた。
「やはりあなたでしたのね、ネフィ」
イシスが嘆息したように言う。
「ど、どちらさんで……?」
育生の口が自然と発した言葉に、イシスではなく「ネフィ」と呼ばれた少女がソファから身を起こしつつ答えた。
「はっじめましてー、ボク、ネフティスっていうの。イシス姉様の妹だよ。どうぞ気安く『ネフィ』って呼んでね、イクオちん!」
「イ、イクオちん……?」
見知らぬ少女に妙なあだ名で呼ばれ、育生は大きく戸惑う。そんな彼の内心を知ってか知らずか、ネフティスがべらべらと一気にまくし立てた。
「あっ、キミのことはイシス姉様からよーく聞いてるよ! 禍物退治、手伝ってくれてありがとねー。ホントはボクもお手伝いしたいけど、伝令の役目があるからさー、こっちにばっかりいられないんだよね。せっかく食べ物おいしいのにさあ……」
「伝令?」
育生がおうむ返しに言った言葉にイシスが応答する。
「ネフィは冥界と人間界の伝令役を担っていますの。何年かに一度こちらに来て冥界の状況報告などをしてくれていますのよ」
「はあ、そうだったんだ……」
感心した育生だったが、あることに思い至った。
「何年かに一度って、オレお会いしたことないんですけど?」
「ああ、最後にネフィがこちらに来たのは十数年前ですからね。あなたとあたくしが出会ってもいない頃ですわ」
神であるイシスたちにとっては、何十年という時間も「何年かに一度」という感覚なのだろう。育生がそんなことを考えているうちにイシスが真顔になる。
「ネフィ、それで冥界の様子はいかがですの?」
「あっいかわらずだよー。特に変わりはないね」
ネフィがテーブルに置かれたスナック菓子を頬張りながら答えた。
「それで……セトの行方はまだつかめませんの?」
再びのイシスの問いに、呑気に菓子を食べていたネフティスも真剣な面持ちを浮かべる。
「うん。まだ見つかんないよ。少なくとも冥界に姿を現してはいないみたい」
「……ということは、やはりこの人間界のどこかに姿を隠しているというわけですわね」
「イシス姉様もわからないの? あいつがどこにいるか」
「ええ……。情けない話ですが、このあたくしに気取らせないとは、あの男も確かに神、そして魔術師のはしくれというわけですわね」
「そっかあ……」
イシスとネフティスの姉妹は、行き詰まったとばかりにわずかに暗い表情になった。だが、その重い雰囲気を崩そうとするかのようにイシスが話題を転換する。
「それよりネフィ、オシリス兄様はご息災ですか?」
「ああ、そうそう。兄様は毎日冥界の業務に忙殺されてるよ。冥界も死者の管理とかいろいろお仕事増えてるからねー」
「そうですか。あたくしが人間界に長く滞在し、ご面倒をおかけしてしまい申し訳ないですわ」
その言葉にネフティスが明るく答えた。
「まあ仕方ないとはいえ、兄様も寂しがってるよー。大事な妹であり、妻でもあるイシス姉様が長いことお傍にいらっしゃらないんだもんね」
育生は姉妹の話を黙って聞いていたが、ここで思わず声を上げてしまうことになる。
「え……っ? 今、ネフティスさん、なんて言った?」
「はい? あ、えっと、イシス姉様がいなくて、オシリス兄様が寂しがってるって……」
育生の問いに、ネフティスがキョトンとしつつ返答した。
「あ、いや、そこじゃなくて……。つ、妻が何とかって……」
育生が口ごもりつつ言ったことを聞いたイシスとネフティスは顔を見合わせる。




