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ある土曜日に(1)

「なあなあ、あの兄ちゃんたち、テレビか何かの撮影かなあ?」

「あのおっきな剣、すっげえな! まるで本物みてえ!」


 小学生の男の子たちが自分たちを指さして騒いでいる声を育生は耳にしていた。


 ――うう、修行とはいえ、何でこんな注目を集めにゃならんのだ……。


 そして、内心げんなりする。ここは土曜日の公園の一角だ。開けた場所で育生とイシスは鍛錬を行っている。未だうなだれている育生にイシスが怒声を浴びせてきた。


「さっきから何をしていますの、イクオ! ただの一太刀もあたくしに浴びせられないじゃ、ありませんか。ああ、情けないこと!」


 イシスは自身の細い腰に両手を当てる。


「ほらほら、今ならこれ以上ないほどの好機ですわよ?」


 イシスは余裕綽々といった表情を浮かべ、その場から微動だにしない。確かに今なら彼女の言ったとおりの千載一遇の場面だ。イシスに言われたとおり行動するのは癪だったが、育生は彼女に一太刀でも浴びせるべく己の宝剣虎王を構えると、イシスに向かって疾走する。この間合い、そして今走っているスピードなら、宝剣の切っ先ぐらいは彼女の身に届くはず。そう育生は思っていた。だが――。


「……甘いですわよ、イクオ」


 眼前に迫る育生をせせら笑うようにイシスが不敵に口端を上げた。そして、向かってくる宝剣の切っ先をひらりと身を翻し難なくかわす。その姿はまるで舞っているかのように優美だった。先程の男の子たちも、「すっげえ!」「あのお姉ちゃん、かっこいい!」などと歓声を上げている。


 育生は思わず歯噛みした。何せ先程から幾度となくイシスに宝剣を向けても、この調子で春風に舞う蝶のごとくひらひらと避けられてしまうからだ。何度も疾走し剣を振るい、少なからず消耗している育生とは対照的に、イシスは汗一つかいていない。それがなおさら育生のプライドを粉々に砕いていく。彼の内心を見越したかのようにイシスが頬に手を添え嘆息した。


「ふう。この調子では、あと数十年かかっても、あたくしに『杖』を使わせることすらできませんわね」

「ちょ、ちょいストップ。休憩させてくれ……」


 情けない声を上げると、育生はその場にがっくりと膝をつく。その様子を目にしたイシスが育生の元へ歩み寄った。


「あらあら、もう疲れましたの?」


 平気そうな顔でイシスに問われ、育生は力なく首肯する。


「そういうイシスは、まだまだ元気みたいだな……」

「あたくしにとってこの程度の鍛錬など、お遊びみたいなものですわ」

「……とか言って、何かの魔術使ってんじゃねえ?」


 すると、イシスが謎の微笑を浮かべた。それを見た育生はハッとする。


「やっぱり魔術使ってんじゃねえか! 卑怯だぞ!」

「卑怯、とは不服ですわ。あたくしのような神にとって魔術を扱うことなど、日常茶飯事に過ぎませんもの。人の子が呼吸をするのと同等の行為ですわ」


 まったく悪気のない様子で言ってのけるイシスを前にし、育生はがっくりとうなだれた。


「そうだよな、相手は女神様だもんな。人間ごときのオレが勝てるわけねえんだよ……」

「まあ、どうしましたの? 突然ふてくされたりして」

「……今は、ただ落ち込ませて」

「もう、この子は仕方のない」


 イシスは育生の隣に腰掛けると、持参していたトートバッグの中から水筒を取り出す。それから冷たいお茶をコップに注いで育生に手渡した。


「ほら、一息入れなさい。肉体が疲弊しているから、思考も卑屈になってしまうのですわ」


 イシスの言うことにも一理あると思い、育生はありがたくお茶をいただくことにする。


「そういえば、件のお嬢さんはどのような様子ですの?」


 不意にイシスに真顔で問われ、育生は「ああ」とある少女のことに思い至った。


「笹井なら、何事もなかったように学校で過ごしてるよ。まあ、あんなことがあったからか、クラスの連中は誰一人として彼女に近寄らないけど。でも、今のところあれ以上の悪いことは起こってない」

「つまり笹井というお嬢さんは、自身の願望が達成されたことで満足したのですね。ならば、彼女に誰かが手出しをしない限り、何か起こる可能性は低いと見てよいでしょう」

「……なあ、イシス」


 あぐらをかいて座っていた育生は居住まいを正し、隣のイシスに向き直った。


「笹井の願いが叶ったのって、やっぱりグラントクオーツが……禍物が原因なのかな?」


 そう問うと、イシスは顎に手をやり少しの間思案する素振りを見せる。


「この世界の警察の見解では、亡くなったお嬢さんは自殺したとのことですが、やはりあたくしはグラントクオーツに潜んでいた禍物が彼女を殺したと見ていますわ」

「つまり、いつかの公園のときみたいに、笹井が禍物を操って殺したってとこか?」

「まあ、そう考えるのが自然かつ合理的ですわね」

「笹井が持ってるグラントクオーツに潜んでる禍物を倒せば、彼女は元に戻るってこと?」


 イシスの結論を聞いた後、育生はある考えを告げた。すると、イシスがなぜか複雑そうな表情を浮かべる。そのことを育生は怪訝に思った。


「どうかした?」

「イクオ、あなたの見立ては正しいですわ。確かにグラントクオーツに潜んでいる禍物を倒せば、笹井というお嬢さんは元の人格を取り戻すでしょう。ですが、その先に彼女を待つのは地獄ですわ」

「じ、地獄?」


 不穏な言葉の登場に育生は思わず眉をひそめる。


「人格は戻っても、彼女の犯した罪は消えませんわ。万が一、禍物に魅入られていた間の記憶が残っていたとして、普通の人の子はその罪悪感に耐えて生きていけるでしょうか?」

「で、でもさ、公園のときの女の人は何も覚えてなかったみたいだったぞ」

「彼女の場合は不幸中の幸い、かもしれません。笹井というお嬢さんが果たしてそうかは、このあたくしにも図り知れませんわ。それほど、今回のケースは特異なものですから」


 イシスは懐からグラントクオーツを取り出した。それは彼女の手の上で鈍い光を放っている。


「正直申し上げて手詰まりですわ。この石の創造主も辿れぬままですし……」


 そう言ったイシスは珍しく気弱な表情になっていた。こんな彼女を目にするのは初めてで、育生は何と言葉をかけていいかわからない。それでも何か言わなければ、と四苦八苦することになった。そんなとき、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

本日分の更新になります。今週の更新は以上になりますが、また来週もよろしくお願いします!

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