伸びる魔の手(2)
「これって……グラントクオーツ?」
今日、久しぶりに登校してきた笹井夕子が身につけていた石のお守り。それは今、巷で噂になっているものだった。
「どうです? 見ていると、何か力が湧いてきませんか?」
男に笑顔を向けられ、戸惑いつつも奈ずなは思ったことを口にする。
「不思議、何か胸の中が熱くなってくる……」
奈ずなが今感じている高揚は久方ぶりのものだ。そんな内心を読んだかのように男が言う。
「それはきっと、あなたとこの石の相性がいいからでしょう。それに、この石が私に訴えかけているんです。あなたの元に行きたいと」
男の言ったことは奈ずなが今感じているものと同じだった。自分もグラントクオーツに強く惹きつけられていたのだから。だが、奈ずなはハッとして首を大きく横に振った。
「い、いえ、あたし、その石は要りません……」
「おや、どうしてです?」
急に顔に陰が差した奈ずなを怪訝に思ったのか、男が小首を傾げる。
「だって、その石、怖いんです。あたしの同級生の子が同じものを持っていたんですけど、その子が願ったとおり、その子をイジメてた子が死んじゃったんです。そんな恐ろしいもの、あたしはとてもじゃないけど持ってられない……」
「……ほう、なるほど」
男は顎に手をやると、奈ずなの言ったことを咀嚼するように何度か首肯した。
「では、こうは考えられませんか? 確かにこのグラントクオーツには願いを叶える力があると。その証拠に、あなたの同級生の願いは叶ったようじゃないですか」
「で、でも、人が死んだんですよ!?」
怯えた口調の奈ずなの眼前で、男が人差し指を立て横に振ってみせる。
「それは結果論です。あなたの同級生は、願いの叶え方を間違えたのですよ」
「願いの、叶え方……?」
「そうです。イジメてきた子をどうにかしたいのなら、何も命まで奪うことはなかった。その子を遠くに転校させるとか、穏便に済ませる方法もあったはず。だが、あなたの同級生はそうは願わなかった」
そこまで言うと、男は一拍置いた。
「逆に言えば、願いの叶え方さえ間違えなければ、この石は人畜無害にあなたの願いを叶えてくれるはずですよ」
安心させるような笑みを男から向けられ、奈ずなは大きく狼狽する。そんな彼女を後押しするように、男がグラントクオーツを奈ずなの眼前で揺らめかせた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。願いの叶え方さえ間違えなければ、ね」
奈ずなは目の前で鈍く光るグラントクオーツを目にし、心が大きく揺らぐのを感じた。まるで、男がグラントクオーツを揺らす動作に呼応するかのように。
奈ずなは自身の胸に両手を当てよく考えてみる。自身の願いは些細なもの。なぜなら、ただ一人の同級生に振り向いてほしいからだ。そこに一体、何の危険性が存在するだろうか。そう考え、唾を一つ飲み込むと、男にしっかりと視線を合わせた。
「……わかりました。その石、どうかあたしにください」
奈ずなの申し出を聞き、男は喜色満面になった。
「そうですか。では、どうぞ」
男は手にしていたグラントクオーツを奈ずなに手渡そうとする。
「あ、あの、お金は……? あ、あたし、今あまり持ってないんですけど」
困惑する奈ずなに男は首を横に振ってみせた。
「いえ、お代は結構ですよ。私はこのグラントクオーツがあるべき場所に辿り着く手助けをしているだけですから」
「でも……」
未だ躊躇している奈ずなの手に、男は半ば強引にグラントクオーツを握らせる。そして、誘惑の言葉を投げかけた。
「ほら、この石もあなたの元に辿り着けて喜んでいますよ」
「そ、そうですか……?」
「はい。どうか大事にしてあげてくださいね」
にこやかな笑みを男に向けられ、奈ずなはようやく決心した。
「じゃ、じゃあ、ありがたくいただきます」
大きく頭を下げる奈ずなに男が鷹揚に告げた。
「どうか、あなたの願いが叶いますように」
その後、男はくるりと身を翻し夜の闇へと消えていく。その後ろ姿を目にしながら、奈ずなは夢の中にいるような、不可思議な感覚に陥っていた。今この街で噂になっている、願いを叶えてくれるというグラントクオーツ。それを自分が手にしていることが信じられなかったのだ。
だが、願いを叶えてくれるというグラントクオーツは今確かに奈ずなの手の中にある。それは石の冷たい感触が証明してくれていた。
「……これで、本当にあたしの願いが叶うのかな?」
奈ずながポツリと呟くと、それに応えるように手の内のグラントクオーツが鈍くきらめく。確かにこの石を手にしていると、心の底から不思議と力が湧いてくるような気がする。今まではできなかったことが何でもできるような気さえしてくる。
奈ずなはグラントクオーツをギュッと握った。そして、自身に言い聞かせるように呟く。
「大丈夫だよね? 願いの叶え方さえ間違えなければ……」




