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夜の教室で(2)

 少女の方がこちらを振り向くと、鈴の鳴るような声音で問いかけてくる。


「大丈夫? お嬢さん方」

「は、はい……」


 少女の問いかけに晴海は何とか返答する。そして、こんなときだというのに思ってしまった。この少女はなんてきれいなのだろう、と。


 眼前の少女は、左にサイドテールにした艶やかな長い黒髪、加えて明らかに日本人とは違うエキゾチックな容貌をしている。そして何よりも印象的なのは、金色に輝く大きな瞳。晴海が生きてきた十四年間で、これほど美しい少女を目にしたのは初めてと言ってよかった。


 そんな晴海の内心など知らない少女は、己の傍にいた少年に声をかける。


「さあ、イクオ。日頃の修行の成果を見せてごらんなさい」


 すると、なぜか少年が「うっ……」と唸り声を上げた。


「……やっぱ、言わなきゃいけないのかよ?」

「当たり前でしょう。名は大事だと、常日頃よりあたくし申しているではありませんか。あなた、まさか忘れてしまいましたの?」

「いや、忘れてないけどよ……」

「では、高らかに名乗りなさい、己の宝剣の名を」


 少年は大きく嘆息すると、観念したように固く唇を引き結んだ。


 少年の歳の頃は少女とそう変わらず見える。染めてでもいるのだろうか、彼は短く刈った明るい茶髪という風体だ。これで耳にピアスでもしていたら、晴海が苦手な部類にカテゴライズされる人間だろう。その少年が右手をスッと前方に伸ばし、おもむろに呟く。


『……顕現せよ、虎王よ』


 すると次の瞬間、少年の右手前方に大きな剣が出現した。先程までは、何もなかった空間に、だ。その光景を目にし、晴海と三奈は思わず目をパチクリとさせる。


 少年は宙に浮かんだ大剣を手に取ると、高らかに宣言した。


『我が宝剣は神が与えしもの。この世の何者も斬れぬものなどなし!』


 次の瞬間、少年が眼前の黒い影に向かって駆けていく。そのスピードは、彼の身長とほぼ変わらない大剣を手にしているのを感じさせないものだった。先程まで猛然と晴海たちに襲いかかろうとしていた黒い影は、まるで何かに縛られたかのように微動だにしない。


 少年は黒い影のすぐ傍まで辿り着くと、最上段から大剣を黒い影の頭上に振り下ろす。すると、まるで紙でも切るかのように易々と黒い影はまっぷたつに分断された。分断された黒い影は、この空間に溶けていくかのように霧散していく。


 一連の光景を、晴海と三奈は互いの両手を握り合い固唾を呑んで見守っていた。


「す、すごい……」


 晴海は素直に感想を述べるが、隣の三奈はというと――。


「か、かっこいい……」


 先程まで晴海と一緒に恐怖に怯えていたのが嘘のように、三奈はうっとりとした表情を浮かべていた。そんな二人の元に少女が歩み寄ってくる。


「お嬢さん方、今のような悪い遊びはしない方が身のためですわよ」

「わ、悪い遊び? もしかして、ホーリー様のことですか?」


 三奈が怪訝そうに問うと、少女は大きく首肯した。


「なぜか今、この街で降霊術の類がはやっているようですが、大半は己が無意識に手を動かし成り立っているものですわ。今は偶然にも付近に潜んでいた禍物が呼び出されてしまったようですけれども」

「ま、まがもの……?」


 三奈が聞いたことのない単語をおうむ返しに言うと、晴海はあることを思いつく。


「あ、あの……、じゃあ、ホーリー様があたしたちの質問に答えてくれたのも、あたしたちが無意識にやっていたということですか?」

「恐らくそうですわ。今の禍物は知性が低い類のもの、人の願いに応える能力など持ち得ていませんわ。質問の答えとやらは、あなたの願望が強く表れたものでしょうね」

「そ、そうなんだ……」


 がっくりとうなだれる晴海の唇に、少女が人差し指をちょん、と添えた。


「これに懲りたら、今日あった出来事は忘れておしまいなさい。それから、この学舎の生徒たちに、もうこのような降霊術はやらぬよう忠告してくださいましな」


 晴海の唇から人差し指を離すと、少女は少年の元へと歩み寄る。


「さあ、もう用は済みましたわ。帰りますわよ、イクオ」

「……へいへい」


 少年と少女は何事もなかったかのように、この教室を後にしようとする。その二人に晴海は思わず声をかけた。


「あ、あのっ、あなたたちは一体……!?」


 その問いかけに、少女が顔だけこちらに向けると、にっこりと微笑む。


「あたくしたちは、ただの神とその養い子ですわ」

「へ……?」


 思いもよらない返答に晴海と三奈は顔を見合わせた。その様子を見た少女がこちらに向き直り「では、ごきげんよう」と優雅に告げ、今度こそ本当に教室から去っていった。

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