狩りの時間(3)
「イクオ、あなたの宝剣を疾くとこの場に顕現させなさい!」
「へ?」
突然の言葉に、育生はわけがわからないとばかりに間抜け面を晒す。
「もう、このお馬鹿! 禍物がこの空間に出現しますわ、早くなさい!」
イシスにせっつかれ、育生は慌てて己の宝剣を顕現させることにした。そして、内心げんなりする。
――また、あのこっ恥ずかしいセリフ、言わなきゃなんねえのか……。
もし幼い頃の自分に会うことができるなら、宝剣に「虎王」という名だけはつけるなと忠告したかった。なぜなら、育生の宝剣虎王は育生自身が生成し、銘をつけたものだからだ。
ことの経緯は育生が幼い頃へと遡る。イシスにこの世には禍物と呼ばれる、悪い存在がいるのだということを教えられた。その頃の育生は、いわゆる戦隊ヒーローものに夢中だった。そして、「悪いヤツがいるなら、オレがやっつけたい!」とイシスに訴えたのだ。
そうすると、イシスは思案した後、「本当に『悪いヤツ』と戦う覚悟はありますの?」と育生に問うてくる。育生は一も二もなく首肯した。その様子を見たイシスがあることを育生に告げた。
「では、まずあなたが思いつく、この世で一番強いものを想像なさい」
「一番強いもの?」
「そうですわ。何でもよいのですよ、あなたの知る限りのものならば」
育生はしばしの間沈思黙考することになる。そうした後、育生は少し興奮した面持ちを浮かべた。
「じゃあ、おおきな剣!」
「大きな剣、ですか?」
「うん! 今やってるゴーレンジャーの一番強いのが、おおきな剣でたたかってるんだ!」
「はあ、なるほど……」
わかったのかわかっていないのか、イシスはふむ、と自身の形のよい顎に手をやる。
「では、その大きな剣を頭の中でイメージし、そして名前をつけなさい」
「なまえ?」
「そうです。名とは、この世ではとても大切なものなのです。あなたがつける名と、その大きな剣をうまく紐づけることができれば、それはとても強い武器となるでしょう」
イシスの言ったことの半分も、このときの育生は理解できていなかった。だが、自分で武器をつくることができる、そのことを知り、これ以上ないほど気持ちが高揚していた。
育生は言われたとおり頭の中で大きな剣をイメージし、そして名づける。
「虎王、虎王だ!」
「虎王……虎の王、ですか?」
「うん! だって、このまえテレビでやってたんだ。虎はとっても強い生き物だって。その王様なら、この世界で一番強いだろ?」
興奮した面持ちの育生を目にし、イシスは少しの間何か考える素振りを見せるが、納得したように柔らかく笑んでみせた。
「……そうですわね。あなたがそう思うのなら、きっと強い武器ができますわ」
昔の思い出が脳裏に浮かび、育生はやはりこのときの自分を呪いたくなった。あのとき、あんな名前をつけたばかりに、育生がこれから一生使える武器は「虎王」という名の宝剣になってしまったのだ。
――改名できたって、いいじゃんか。日本の法律でも、そういうのあるんだし……。
育生はそう思い、たった一度だけイシスに直訴したが、「名はこの世で重要なもの。ましてや自身でつけた名を変えるなど、許されませんわ」と、にべもなく拒否されたのだ。
――こんなことなら、もっと無難な名前にしとけばよかった。いくつになって口にしても、恥ずかしくないような名前に……。
そうは思っても、変えられないものは変えられない。観念した育生は、自身の宝剣を呼び出すべく呪文を唱える。
『……顕現せよ、虎王よ』
すると、その呪に応じ、育生が前方に向けた右手の先に宝剣虎王がこの空間に出現した。
「……どうやら、あちらもお出ましになるようですわね」
不意にイシスが呟いた言葉を怪訝に思い、育生は彼女の視線の先に目を向ける。育生は驚愕した。なぜなら明美という女性の背後から、禍々しい黒い影が現れたからだ。
「あ、あれって禍物だよな? イシス」
「あれを見ても、まだわかりませんの?」
イシスが呆れたように嘆息する。
「いや、さすがにわかるけどよ。あの女の人から出てきたぞ?」
「いえ、正しくは彼女が身につけているものの何か、ですわ」
「身につけているもの?」
イシスが断言した言葉を育生はおうむ返しに呟いた。そのうちに、黒い影はうねうねと巨大なヘビの姿を模し始める。その姿を目にしたイシスが感心したように言った。
「女の情念はヘビにも変化する……とは申しますけれども、人の子があれほどのものを創り出すとは驚きですわ。よほどの強い想いがなければ、成し遂げられませんわよ」
明美が己が顕現させた巨大なヘビにおもむろに命じる。
「あの邪魔な女を食らい尽くしちゃいなさい!」
主の命に応じるように、巨大なヘビはのっそりと標的の元へにじり寄り始めた。標的である三智子は「ひいっ!」と悲痛な声を上げる。
「……ふう。あのような醜い女の争いごときに、あなたの宝剣を使わせたくはありませんが、仕方ありませんわ。イクオ、あのヘビを切っておしまいなさい」
イシスの指示に育生は一瞬躊躇した。
「切ったりしていいのかよ? あのヘビを出した女の人に悪影響が出たりとか……」
「構いませんわ。あのヘビの姿は、あの女性の思念の形。あのヘビを消滅させてしまえば、きっと彼女も正気に戻りますわ」
「へ? 正気って……」
「いいから、早くなさい。あの三智子さんとやらが食い殺されてしまいますわよ?」
育生の問いに答えることなく、イシスがスッと巨大なヘビを指さした。




