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偽典-英雄邪道-  作者: あしゅけーね
白の勇者
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其の七

───シアト


「そう言えばシャーレ、お前さっき匂いで解ると言ったな。なぜ最初に会った時に気付かなかった?」


「ううんと…待ってるうちに寂しくなっちゃって。もしかしたらご主人は帰って来ないんじゃないかな、って思って。ご主人が現れた時に本当に帰って来てくれたって思えなくて………ごめんね?」


 ……そんな疑心暗鬼になるまで待たせた私に責任があるな。ずっと縛らず、いっそ放してしまう方が良かったか。


「待たせて悪かった」


「そうだよ。待ったんだよ!」


 そういってまた泣き出してしまうシャーレ。軽く抱き締めてやると鎧の上であるにも関わらずがっちりと抱き返してくる。

 そうしているうちに日が暮れてしまった。今から山を越えケイルの街に戻るのは困難だろう。一度洞穴(どうけつ)に戻ろうか。


「戻るぞ、シャーレ。今から街に戻るのは危険だから一度洞穴に戻る」


「あ、えっえーと」


 今まで二度と離さないという強い意思を感じさせるほどぴったりとしがみついて離さなかったシャーレが離れる。

 そのまま距離を起き何かを誤魔化すように手を振り眼を反らす。


「ご、ご主人、戻らなくても良くない?野営ならここでも良くない?」


「いや、川に落ちた時に服が濡れた。乾かすにも夏とはいえ野外では夜風が厳しい。その分洞穴の中であれば風は(しの)げる。それに荷物も置いてあるしな」


「うっ、そ、それは…」


「……おい、何を隠している?」


 その言葉に怯えたように震え、うっすらと涙を浮かべたままこちらを見上げるシャーレ。


「お、怒らない?」


「内容次第ではな。まずは話してみろ」


 観念したように渋々と話し始めるシャーレ。


「じ、実はご主人から預かってたの壊しちゃったの」


「預かってたもの?」


 何か預けただろうか。


「あの背中につけるやつー」


「背中につけるやつ……?」


 ああ、鞍か。


「なら仕方ない。二七六〇年だったか。確かそのぐらい経っているはずだからな。それに今のお前には着けられないだろう。昔より大きくなっているからな」


 その言葉を聞いて顔を輝かせるシャーレ。安堵したからか再び抱き着いてきた。歩きにくいし先程斜面を転がり落ちた時の痣が痛むが離せとは言い難い。何せこちらは三千年も待たせてしまったのだから。


「さあ、戻るぞ」


 *


 洞穴に戻り、その奥にあるもの見たときついシャーレの頭を撫でていた。


「えっ?何!?なんなのご主人?」


「いや、よくやった。お前は偉いよ。私の誇りだ、シャーレ」


 そこには朽ち果てた鞍があった。ただ時間の経過により朽ちて行っただけで目立った傷のない、手入れの行き届いた状態だった。おそらくシャーレはずっと手入れをしていたのだろう。


「ああ、お前は偉い。待っててくれてありがとう、シャーレ」


「えへへ」


 とりあえずこの鞍は持ち帰ろう。シャーレが今まで大切にしてくれた証だ。マオなら時を止める魔法とやらで保存しておいてくれるだろう。


「とりあえず火をつけるか。このままでは風邪を引いてしまう」


「ご主人……暖める?」


「いや、お前まで濡れてしまっては意味がない。少し離れていろ」


「嫌。ご主人のそばにいる…」


 そういって隣に座り込むシャーレ。

 仕方のないやつだ。

 シャーレと戦う前に洞穴の入り口に置いておいた荷物から替えの服と野営用の毛布を取り出しシャーレに差し出す。

 戻ってくる途中に拾っておいた枝を並べ火打ち石で火を起こす。濡れた服ではなかなか思うようには腕を動かせず、火が着くころにはうっすらと赤みをおびていた空は転々と輝く星々に変わっていた。

 今夜は月がなく星が綺麗に見えるだろう。


「これを着て毛布を敷いておけ。夏とはいえ裸でいては風邪をひく」


 私の替え用の肌着であるため薄く、ブカブカだが着ないよりはましだろう。竜って風邪引くのか……?


「うん……」


「眠いのか?なら寝てていい。火は後で消しておく」


「……うん…」



 目を擦りながら頷くシャーレ。服を着て毛布を敷きその上に寝ころがった。

 微睡(まどろ)む彼女の頭に再び腕を伸ばし、撫でる。

 しばらくそうしていると安心しきったのかシャーレは眠ってしまっていた。

 夜は長い。幸い竜の住みかに入ろうという魔獣はいないので今夜はぐっすり寝れるだろう。

 洞穴の入り口から見える空には、色とりどりの星が代わる代わる瞬いていた。すぐ隣で寝息をたてる彼女は、こんな空を何回見上げたのだろうか。


 *


 白く霞んだ光と、しっとりと濡れた空気で目を覚ます。夏とはいえ早朝の洞穴は冷える。

 体を暖めるためと朝食を作るために火を起こす。

 鍋を掛けるための三脚を立てて鉤を掛け、川で汲み上げた水を鍋にはり、火にかける。沸騰したら、街で買っておいた干し肉を煮込む。その間に水を汲む時に見つけた黄色薬草を下拵えをする。軽く塩で揉み、水筒に入れた水で濯ぐ。細かく千切り鍋に加えていく。灰汁(あく)を抜いて軽く味を整えれば簡単なものだが完成だ。


「んん…?ごはん?」


 匂いに釣られたのか起き出すシャーレ。


「ああ、簡素なものだがな。しっかりしたものは街に戻ってからで良いだろう」


 椀によそい匙とともに差し出す。


「にがぁい」


 まあ、薬草だからな。味は整えておいたはずだがやはり苦かったか。そう思い一口含む。


「ん?そんなに苦くはないぞ」


「えー苦いよ?」


 もう一口含んでみるがやはり苦くはない。シャーレもまだ子供ということか。いや、竜は感覚が鋭いからか人間の姿では感覚が過敏になってしまうのだろうか。


「食べたら街へ向かうぞ。新しい鞍を作って貰おう」


「にがぁぁあああい」


 *


「竜の姿に戻れるか?」


 よほど苦かったのか三回も水筒を空にし、その度に川まで汲みに行かせたシャーレは四杯目の水を飲みながら頷く


「できるけど何で?」


「新しく鞍を作るために元の大きさを知る必要があるからな」


 納得したのか頷くシャーレ。再び煙が漂いはじめ、それが吸い込まれるように竜の姿になる。


『これでいい?』


「ああ。だがまだ竜になる必要はないぞ」


『いいのー!乗ってご主人!!』


 いや、痣だらけの体で裸馬…いや裸竜か。裸竜に乗るはきついのだが…


『ほら乗ってー』


 まあ、先程の黄色薬草鍋が効いてきたのか痛みが少し引いている。久し振りにシャーレに乗るのもいいか。


「ああ、空は飛ばないでくれ。初めては怖い」


 木々をかき分けシャーレが進んでいく。

 なにやら街が物々しい。魔獣の襲撃でもあったのか。門の前には掃討者らしき冒険者らが三人一組で三組立っている。壁の上には兵士らしき人物が巡回している。


『近付く?』


「ああ、何かあったのかもしれない」


 シャーレに指示を飛ばし街の門の前に近付いてく。すると門の前にいた冒険者に囲まれた。最後尾の冒険者がなにやら合図を送ると門のなかから更なる冒険者達と兵士が現れる。兵士の中には昨日の門番もいた。


「おい、何かあったのか?」


 声をかけると、驚いたように辺りを見渡す冒険者達。


「む、すまない。上から失礼した」


 シャーレから降り、まとめ役と思わしき人物に話しかける。


「何かあったのか?」


「あ、ああ……昨日山に竜が出たという報告を受けたので警戒体制をとっていたんだが……一体どういうことだ?お前が冒険者組合の報告にあった山に入った冒険者か?」


「そうだ」


 答えるとまとめ役の男は頭を押さえる。


「あーこれはどういうことだ?」


「見ての通りだが?」


「つまり……飛来してきた竜を調伏(ちょうぶく)して乗って帰ってきたと?」


 調伏などしていない。


()()したのだ。少し誤解があったがそれも解決した」


「ということはその竜はお前に従うのか?」


「いいや。私達は()()だ。私が間違っていたら従わないだろう」


「なら危険ではないか」


「いいや、特別な理由がなければシャーレは人を襲うことはない」


 なあ?


『襲っても痛いだけー』


「腹が減っていたら人間を食おうとしたりは…?」


『動物の方がおいしい』


「なら周囲に動物がいなければ……」


『飛んで探すー』


 そんなに竜が怖いのだろうか。竜を連れた竜騎士などそれなりにいるだろうに。


『むぅーなんでそんなことを聞くの?』


「皆驚いているのだろう。シャーレ、もう一度人に戻れるか?」


『うん』


 煙が広がる。再び幼い子供の姿になったシャーレが現れる。


「ほら、服だ。煙が晴れる前に着てしまえ」


 煙が晴れシャーレの姿を目にした者らが目を丸くした。何が起こったのか理解出来ていないのか首を傾げている者もちらほらいる。

 皆がそれぞれ混乱から覚めいぬ中、シャーレが呟いた。


「ごはん食べたい」


「確かに、朝は簡単なもので済ましたからな。そろそろ小腹が空いてくるころだ。なあ、街に入っていいか?」


 目の前の男は頷く。自身の理解を越えたことだったのか頷くことしか出来ないのだろう。


「では行こうかシャーレ」

「ねえ、今回話進んでなくない?」

「しっ、今いいとこなんだから」

「久し振りの再会だし話すことはいっぱいあると思うけど僕たちの出番遅れるよ?」

「いいの、シャーレは3000年待ったんだから私達は1年や2年くらい待ちましょう」

「僕は長くてもそれくらいだろうけど君は下手したら5年とかだよ?」

「それでもいいわ」

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