其の六
何事もなく四日が経ち目的地に到着した。正確には用があるキネネ山の麓にあるケイルの街にだが。
ミーンの街と比べると些か見劣りしてしまう門をくぐり、街の中へと足を踏み入れる。
「なあ、キネネ山にはどうしたら入れる?登ろうにも柵で覆われていて入れないのだが」
門の内側でたった今入って来た旅人に対して鋭い目を向け、観察している門番へと尋ねた。
「キネネ山にか?あそこは黄色薬草の群生地が多く存在するから立ち入り禁止だ。下手に踏み荒らされたら困るからな。見たところ冒険者のようだが何か用でもあるのか?」
「ああ、少しな」
「そうか。立ち入る際は冒険者組合から許可を得たら入れるだろう」
門番に礼を告げ街の中に入る。
一先ず、冒険者組合の方へ行ってみるか。
門番の男から冒険者組合の場所を聞き出し、そこへ向かった。
*
「キネネ山に……ですか。でしたら黄色薬草採取の依頼がありますが」
「それでいい」
山に入れてシャーレの墓を立てるだけの時間さえあれば。
「わかりました。では受注に関しての注意点を少し」
「注意点?」
「とは言っても些細なことですがね。黄色薬草を取りすぎないことです」
「取りすぎないこと…?」
「ええ。黄色薬草は繁殖力が強いとはいえ山に生えてる分には限りがありますからね。年ごとに採取量決まってるんですよ。この籠一杯ですね」
まあ取り尽くして来年の分がなくなれば街も依頼を受ける冒険者も困ることになるだろうし当然か。
「わかった」
「あと、魔獣等は出ませんが危険な場所が多いので気を付けてください」
「ああ。気を付けるよ」
では、すぐにでも向かうとしよう。
*
「確かこの辺にあったよな」
ケイルの街とは反対側の中腹にぽっかりと空いた洞穴。
洞穴の入り口に荷物を降ろし、墓を立てるために周囲を見て回っていると声が聞こえてきた。
『だれ?』
見れば目の前にはいつの間にか巨大な竜がいた。人など何人も丸呑み出来そうなほど巨大な口、天を覆うような翼、全てを写し出す瞳、艶やかに輝く白い鱗。見たことがないほど、美しい竜が。
『何の用?それにそのご主人の鎧と槍…どこで手に入れたの』
………?ご主人?
まさかこいつ………
「おい、お前名前はなんという?」
『こっちの質問に答えて!!』
「……師匠から貰ったものだ。次はこちらの質問に答えて貰おうか。お前の名前はなんだ」
『嘘をつくな!!その鎧と槍はご主人のものだ!!』
いや私のなのだが。
「それよりも名前を教えろ」
『おまえに名乗る名前なんてない!!』
そう叫び襲いかかってきた。
振りかぶられた鋭い爪を避ける。触れれば即座に引き裂かれ、紅い華が咲くだろう。まさに今、避けたことで爪に裂かれた木のように。
「話を聞け」
そう言いつつ槍で爪の付け根を殴打する。
怯んだのか竜は空高くに飛び上がった。
『ご主人に返せ!』
元からの持ち主だが。
「いいから話を…ぐっ」
空から急降下し尾を振るう竜。受けきれず後ろにあった木まで吹き飛ばされた。
それに味を占めたのか再び尾を振るう竜。相も変わらず単調な奴だ。
今度は尾の先まで移動し、槍で尾を受け止める。
「掴んだぞ」
細く、比較的威力の弱い尾の先であっても1マインほどは押し込まれる。が、止めることは出来た。
そこから尾を掴み、登る。
『はーなーせー!!!』
そう言って尾を振り回す竜。くっ、いつの間にか強くなって。
その勢いに堪らず手を離してしまう。
その隙を逃さず爪を振り下ろしてくる竜。辛うじて槍で払うが腕が痺れた。槍が振るえないほどではないがより不利な状況になったわけだ。
生憎と魔法が使えないおかげで空を飛ぶ敵への攻撃手段がない。それはあちらも同じようで一度高度を下げ、爪や尾による攻撃しかしてこない。
つまり相手の出方に合わせてこちらも出なければならないのだ。しかもこちらは有効打を与えてはいけないという枷がついてくる。
お互い同じ事を考えていたようでこちらに反撃などさせない、という勢いで再び尾が振るわれた。
「くっ!」
受けきれず弾き飛ばされてしまう。
木々にぶつかりながら山の斜面を転がり、川へと落ちた。幸い、川は浅くすぐ立ち上がることは出来たが受けた傷は浅くはない。
鎧の隙間から入った水で濡れ、纏わり付く下着に不快感を覚えた時、何かが切れる音がした。
「いいや」
少し灸を据えてやろうか。話を聞かない奴にはな。
「行くぞテンテラ」
手に持った槍に呼び掛ける。起動までに時間がかかるが奴は見失ったのか空から辺りを見渡している。だから獲物から目をそらすなといつも言っていたのに。
「我らを見下ろすその息吹」
《■■■■:■■■■■タ■■イ■■》
師匠に習った古の言語と共に空気が揺れる。そして、槍を握る親指に針を刺したような痛みが走った。
「眠れる時を告げ、密やかに隠るる朧月」
《■■■■:■■ナ■■■■■■ス/■■■■■シ■■マ■》
血を抜かれる感触と共に槍が土気た色から日差しのような白に変わった。
「報いるは目覚めを告げる春麗」
《■■■■:■■》
穂先が開き、十字の槍と化す。
「雲に陰るも陽はそこにあり」
《■■:■■■■》
周囲が風が逆巻く音と共に、水に跳ね返る陽のように煌めく。
《準備完了》
「穿て、“テンテラの威光”!!!」
大きく振りかぶり、投げ放たれたテンテラの槍は、遠い天より地の底まで照らす陽の光の如く、輝ける一条の矢となりて飛翔していった。
白く輝くその軌跡は、鋭い光に気付きこちらを見下ろしたばかりの竜の顎の、ほぼ真横を掠め円を描いてまた私の手に戻ってくる。
『ぴゃっ!!!』
驚いたのか、奇声をあげる竜。そして何かに気付いたのかこちらに向かって突っ込んできた。
『今の一撃……まさかご主人!!?』
「だから話を聞けと言っていただろう」
『い、いや信じられない!その兜を脱いで見ろ!』
仕方ない。周りに人の気配がないことを確認し、兜を外す。
『その髪……その目…その顔その匂い!ホントにご主人だ!!』
そう言って思いっきり抱きつこうとする竜。
「おい待て、そんな巨体で抱きつかれたら潰れてしまう」
『えー、しかたなーい』
そう言うと辺り一面に煙が広がった。
*
煙が晴れるとそこには竜の角、翼、尾を持つ幼い女の子の姿があった。服などは着ていないが体の所々に鱗が生えている。そのため、際どいところは見えてはいない。
その女の子はこちらに駆け寄り腰のあたりにしがみつく。
「ご主人!ご主人ご主人ご主人だ!!ずっと待ってたんだよ!言われた通りにずっと、ずっと、ずっと!」
「一週間経って戻って来なければ好きな場所に行けと言っていたはずだ。人間が三千年も生きてるはずがないだろう」
「わたし馬鹿だから一週間がどのくらいかわからない!だから待ってた!!ずーっと、ずーっと待ってたんだよ!おかえり、ご主人!!」
泣き出しそうな顔で、それでも今が一番幸せだと言わんばかりの笑顔で。少女はおかえりと、ずっと待ってたと、そう言った。
「悪い。待たせたな、シャーレ」
「ご主人!そこはただいまだよ!!」
「………ああ、ただいま」
そう言うと、シャーレは目尻に浮かんだ涙を拭いもせずにっこりと笑った。
夕日に照らされた彼女の頬を伝う宝石は、足元の川へと落ち、静かに流れていった。
「年が明けたねぇ」
「何言ってんの?まだ夏だよ?」
「いや、この空間は季節感とかないし年が明けたと思えば年明けなんだよ」
「いやそんなことはないと思う」