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偽典-英雄邪道-  作者: あしゅけーね
火の勇者
53/54

京の香りと郷の花2

 ──桜川郷花


 視る、というのは最も原始的な魔術だ。なぜなら対象の在り方をただ一つに固定してしまう。この大地も、海も、空に瞬く星に先程沈んだばかりの太陽が登るのも、元の物質層のこの世界に発生した意識の彼女がそう認証したからだ。


 精神の層と物質の世界はミルフィーユのように重なり合い、互いに干渉し合う。精神層を揺蕩う意識は下位の物質層に影を落とし、物質層の住人は影の上で生活し精神層の意識に神という形を与えた。

 広がる意識の影として落とされた大地、揺らめく意識の影として落とされた海。そしてそれらの上に落とされた意識総体の影である原初の魔女。彼女は広がり揺らめく意識の総体であるが故に画一した個を持たず、目の前に広がる海も、大地も視えなかった。正確に言えば、見えてはいたけど、それを何かとして認識することはなかった。寄せくる意識の波は彼女を白く塗りつぶし、散りゆく意識の波は光点が散る暗闇として彼女を埋めた。

 ある時偶然にも彼女の真上で蠢く意識は、一処に纏まった。その時彼女は視たんだ。美しい海を、雄大な大地を。そして涙した。涙の中に籠っていた奇跡は大地に染み込み海に流れ命を育み、そして精神層の意識に形を与えた。その結果彼女は個を確立し、それまで幾度と彼女を埋めた白と黒を昼と夜、そして太陽と星として認証したんだ。夜の光点の中で一際大きかったものを月としてね。まあ昼とか夜とかそういった言葉はなかったから概念的な認識だけど。

 あとは彼女のサポートもあって生命は進化し、人が生まれ、言葉を与えられ、ちょっと賢い者がそれまで概念的、感覚的なものに意味を求め、世界の法則とはこうであろうという確信を持って世界を視た。そして物理法則やらなんやらが生まれたわけさ。


「だから!なんです!!」


「だからね、僕らが確信を持ってそう視れば世界は変わるんだよ。例えば人間は空を浮くとかね」


「落下を体感してるうちは無理です!!!」


 まあ僕らは今絶賛フリーフォール中だからね。こんなびゅうびゅう風が吹いていたら僕もちょっと浮かぶとは確信できないなぁ。


『地面に激突するまで残り十秒もないですが』


 あーうん。ぶつかっても死にはしないけど死ぬほど痛いだろうなぁ。


「ニーハちゃんはこれ持って飛んでて。僕は落としてくれていいから。僕を抱えてたらあいつに追い付かれる」


「それは、そうですが……良いのですか?」


「まあ僕二個下の物質層の住人だし。位相が違うからこの層での出来事では死なないんだよね」


 物質層における世界の成り立ち方は層によって違う。だから元々この層にあった世界を一つ蹴落として浮上してきたこの世界ではこの層の法則に適応出来ずに滅ぶはずだった。それを阻止するために撒いた桜素でこの世界における層の法則を元の層のものに書き換えたおかげでこの世界はこの層に馴染めたんだ。撒いた張本人である僕と、魔女縁のものを除いて。


 今のこの世界の法則じゃ僕は死なない。法則に爪弾きにされてるから。この体は世界の異物として、上書きしたこの層の生死の法則すら適用されない。今こうして落下しているのは僕が落下するものだと思ってしまっているから、痛いと感じるのは人体の機能が残ってると思ってしまっているから。自分が法則が適用された時の動きを知ってるからこそ適用されてなくても他と同様に振る舞うのだ。ただ唯一知らない死を除いて。


 などと考えているうちに地面にぶつかった。

 白い光が全身を貫くような錯覚。正しく錯覚だ。実際にこの高度から落ちたことはないのだから。だから、僕の知ってる一番の痛みが一瞬再現されるだけ。


「……っ」


 衝撃は一瞬で突き抜ける。痛みは一瞬だ。そして実際に落ちたことはないのだから落ちた時の体の拉げ方等は想像できない。この層の法則が適用されず、僕の想像も出来ないとなると僕の体は無傷ということになる。だから起き上がるのは容易だ。容易だがまあこの高さから落ちる恐怖にただの()()が耐えられるはずも無かろう。意識は暗転した。


 *


「不思議な魔獣……?」


 スリンギーの街での仕事を終え、イカルテの街に向かう道中。そろそろ日もくれるし野営の準備をするのに最適な場所を空から探していた有機性機械乙女(ワルキューレ)5-218(ニーハ)が不思議な魔獣を見たと言い出した。あ、ニーハは僕が付けたあだ名ね。


「ええ。ちらりと遠目に確認しただけなので詳しくは言えないんですが片翼で飛ぶ烏でした」


「片翼………?」


 魔獣はこの世界の法則に従う。角がついたり、口が裂けたりはあるかもしれないが重力に囚われる以上片翼で空を飛ぶことなんてない。


『それは……』


「うん、厄災種……だね。大戦の時に眠らせてあげられなかったのがまだいたのか。マオちゃん達が封印したもの以外は全部倒したと思ったんだけどなぁ。まだ隠れて眠ってたのがいたかぁ」


「厄災種…?」


「うん厄災種。かの大戦で多くの大陸の民を薙ぎ払い、有機性機械乙女(ワルキューレ)を地に落とした怪物達の総称であり、愛しい我が子の成れの果て。こうなるまで追い込んだ大陸側が悪いんだけどね」


 それでも、大陸側の方にも同情できなくもないけどね。数では圧倒的に上だし、国力でも負けてないのに一人一人が核レベルの戦闘力を持ってるってだけで島に怯え続けなきゃいけなかったのは辛いだろう。

 今日はもう日が暮れるし明日、詳しく調査して可能なら僕たちだけで眠らせてあげよう。無理そうならマオちゃんの手を借りなきゃいけないけどもう封印も解けるからなぁ。


『もしかしてその厄災とはあれですか?』


 えっ?

 後ろを振り返れば迫りくる烏の嘴。こんなに巨大なら気付きそうなものだけどお!!!!

 上半身がその黒い口内に収まり、空ヘ飛び上がる。外から見たら下半身だけが垂れ下がってるのだから間抜けな絵面だろう。


「離してー!!!!」


 じたばた藻掻いたところで滑稽なだけだがこのまま丸呑みされるのは嫌だなぁ。


「あば、暴れないでください!!今引き抜きまぶっ!!」


 あ、なんか蹴り上げた。

 とりあえずニーハちゃんが引っ張ってくれるらしいから暴れるのやめて口開かせようか。

 魔術証書は……荷物下だね。食べられる時に驚いて落としちゃったか。(アキナちゃん)はちゃんとにぎってた。偉い!


『今何をしようとしてます?』


「喉奥突いて嘔吐反射狙おうかなって」


『私で?』


 だってそれ以外にちょうどいいアイテムないし。

 ニーハちゃんが腰を掴むのを見計らって……今!!


「うわっと!!」


 勢いよく吐き出された。そして腰を持たれた状態で支えを失ったら重い頭から倒れ込むのは当然で、重心が大きく崩れたりしたらバランスを取れなくて落っこちるのも当然。


「おーちーる!!!!」


 僕らは今それを体験してる。

 そうして、冒頭に戻るわけだ。

 と言うわけでもう一度。


「ニーハちゃんはこれ持って飛んでて。僕は落としてくれていいから。僕を抱えてたらあいつに追い付かれる」


「それは、そうですが……良いのですか?」


「まあ僕二個下の物質層の住人だし。位相が違うからこの層での出来事では死なないんだよね」


 (アキナちゃん)を預けていざフライハイ!!もう地面はすぐそこだけどね。


「……っ」


 知り得る限り最大の痛みが再現され体を貫く。でも僕の知る限りの痛みは人間爆弾の直撃が最大だから四肢が吹き飛んだりはしないけど。

 ああでも、やっぱり怖いな。今度は誰も受け止めてはくれないし………。


 *


「寝てた!!」


「ええ、お陰様ですっかり日が沈みました」


 わっホントだ真っ暗。


「日没に乗じて荷物と貴女を回収、この森に逃げ込みました。黄昏の暗さでまけたのですが魔獣はまだ周囲を飛んでいます」


「………あーうん、そのことなんだけどね。うん、言ってなかった僕にも責任があるんだけど……その、あれは魔獣じゃなくて厄災だから……眠っているときならともかく……」


 バリバリと大きな音を立てて森の木々がなぎ倒されていく。日が沈みうっすらと輝く月光に照らされた嘴が今、再び目の前に現れた。


「起きてる時は僕を感知出来るんだよね」


「なんで早く言わないんですか!!!」


 だって厄災が出てくるとは思ってなかったんだもん。


「逃げるよ!!」


「何処にですか!!!」


 どこってそりゃ、あいつを倒せるところさ。

 木々の合間を縫って、できるだけ広いところ、あいつの全体が見えるところへ。


「だいたいさっきの平原あたりかな。方向どっち?」


「このまま真っ直ぐです。ですが……」


 大丈夫大丈夫。もう見えたから。

 木々がまばらになり、開けた場所ヘ。すぐ真上にあいつがいるがまあ行けるでしょ。


「駆け抜けろ!」


 すぐ真横が不自然に大きく抉れる。そして降り来る追撃の嘴。それらすべてをニーハちゃんの手を借りて避け、夜が広がる平野へ転がり込む。


「ニーハちゃんあいつ倒す準備するから時間稼ぎお願い」


「わかりました。何秒ほどでしょうか」


「三十秒!!!」


 少女が軽々飛翔する。いやぁ、ああも容易く飛ばれるとあの子はなんて技術を作ってくれたんだと文句言いたくなるね。

 ………ふと、違和感が生じる。揺れる木々…羽ばたく音…抉れた地面に映る影……いや、気の所為か。月明かりがあるとはいえ暗い夜だし見間違え………


「ニーハちゃんあぶな───」


 光が滑る。遠目に見ればこそよく分かる。空が崩れ森が歪み地がズレた。血塗れた嘴が少女の腹を貫き、滴る血がその形を露わにする。

 違った。違ったんだ。あの厄災は片翼の烏などではなく比翼の鳥。二体が混じり合って一つになることで休眠中に使えるリソースを大きくしてたから三千年も眠り続けることが出来たのね。

 あの二体の桜力はおそらく空を飛ぶのと姿を消すの二つ。ってことは…


「妬けちゃうなぁ」


 死は二人を別たないってことでしょ。ほんっと、羨ましい。生こそが私達を別けたのに。


「ニーハちゃん大丈夫?」


「大丈夫に見えます?」


 見える見える。お腹に穴空いた程度の傷だったら有機性機械乙女(ワルキューレ)はすぐ治る。


「じゃあ僕たちちょっと目を瞑るから守ってね」


 本当は動き止める魔術使ってからなんだけど二体相手となると魔力が不安だから足止めは盾に任せて纏めて一発で済ませたい。


「えぇ……もうちょっと労って欲しいです」


 後でね。


『桜素識別開始』


「了解。領域共有開始」


 閉じた瞼を通して、黒が見える。夜の闇とは違った色。そこに浮かび上がるは金色の獣。今ニーハちゃんと戦っている厄災の輪郭がはっきりと見える。姿が見えなかった方は鳩かな。


『識別完了。解析に移行します』


「待って、その前に記憶野の閲覧を提案する」


『貴女の記憶なんて見たくないんですけど』


 見て。結構重要になるから。


『うーわ、この二人お兄様に色目使って………』


「ないから」


 どこをどう見たらそうなるんだい君は全くもう。


「冗談言ってる余裕ないよ」


『問題ありません。結合、反発、回転、分裂、振動、波長。すべて記憶できました』


「オッケー!!!」


 魔術証書に糸を通す。無意味な幾何学模様を意味の通る魔術陣に変えるための魔力の糸を。

 基本は大桜を埋めた時の陣。桜素に対する母の絶対命令権を行使しつつ先程アキナちゃんが出してくれた数字を使って必要な部分を穴埋めして出来た。対コトネ=アイサ還元術式。

 手を切ると血が溢れ出す。僕はこの痛みも感覚も知っている。

 血塗れた手で魔術陣を掴み魔力を通し、今度は自分の目で真っ直ぐ見つめる。敵は飛翔と透明の厄災。名は確かカウラとシン。別に必要ないのだけれど、自然と声が漏れ出す。


「解けろ」


 ゆっくり、ゆっくりとその姿が光の粒へと変換され、怒りを晴らした魂が大桜の元へ戻っていく。


「ふぅ、終わったね。お疲れ様、ニーハちゃん。………ニーハちゃん?」


『三秒ほど前から動いていませんが』


「ニーハちゃん!!?」


 そこにいたのは血塗れで倒れ伏す一人の少女。有機性機械乙女(ワルキューレ)なら怪我はそのうち治るけどそれは生きている前提。


「応急救護!!!!」


 とりあえず息吹き返すまで心臓マッサージと人口呼吸を!!


 *


「何か言うことはありませんか?」


「ごめんなさい」

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