其の四
「試験…?」
やはり三千年前にはなかった制度だ。昔であれば勝手に戦って勝手に死ねと言わんばかりの放任主義だった。
「えー、掃討者は言わずもがな、採集者、探索者にも戦闘技能は必須です。当然ですよね。街の外に出れば常に魔獣に襲われる危険が付きまとうわけですから自衛の手段がなければなりません」
「冒険者組合が力をつけると必然的に楽に稼げると勘違いした馬鹿が増えてな。そういう輩が直ぐに死んで新たな魔獣を惹き付ける立派な餌に早変わりすることが多くて冒険者組合の方で一定の制限を設けることになったのだ」
受付嬢の説明にマオが補足する。
確かに力及ばず倒れてしまう危険性が高いのなら冒険者などやるべきではない。
「ご理解頂けましたか?」
「ああ、試験というものを受けよう。どこで受けられる?」
「地方の小さな支部などは大きな街の方に行かないと受けられないのですがここには修練場がありますからね。ここで受けられます」
「我が金を出したからな」
満足そうに頷くマオ。事実なのか受付嬢が苦い顔をした。
「ええ、おかげ様で館長様には頭が上がらないです。それじゃ、係の者を呼んで参りますので先に修練場の方に行っていてください。場所は館長様が知っていますから」
「うむ、任せるがよい」
*
五分ほど修練場で待っただろうか。赤毛の壮年の男がやって来た。首から下げられた冒険者証の色は紫。二番目に高い等級だ。
「こんちわ館長サン。そっちの鎧のアンタが受験希望者でいいのか?」
「ああ。シアトだ」
「よろしくな、シアト。俺はガッセルだ。それじゃまずアンタの武器を聞こうか。その槍か?」
「ああ」
そうして手に持った槍を見せる。長年連れ添った相棒だ。
「へえ、いい槍じゃねえか。使い込まれているが痛んじゃいねえ。それどころか芯が強いままだ。突く、打つ、払うどれをとっても完璧に動いてくれるだろうよこの槍は。それくらいよく鍛えられている。よほど槍の扱いが上手いんだなアンタ。達人の剣はしばしば踊りに例えられるが達人の槍は川に例えることにしてるぜ、俺は。何せ途切れねえ」
槍を見せただけでこの反応。少々買いかぶり過ぎだとは思うが。
「では、我は受付で待っておる。良い報告を期待しておるぞ。ああ、そうだガッセル。魔法使いがいた場合の訓練外してやらんで良い。我が保証しよう。シアトに対しては魔法使いは無意味だ」
そういってマオは戻って行った。
マオがいなくなったのを見計らってかガッセルが開始の合図を出す。
「それじゃあ、始めるぜ。いつでも来いよ」
そういって剣を構えるガッセル。いつでも来いと言われたが打ちこむ隙がない。
どうするか……そう考えながら槍を回し石突の方を前方に持ち、腰を落としつつ剣の間合いを把握しながら後退していく。
「来ないのか?」
「いいや、今行くさ」
後ろに下げた右足で地面を蹴る。そのまま左足を軸に右足を大きく広げ大股でちょうどガッセルの間合いに入るくらいまで一歩距離を近付けた。
「おいおい、そりゃあ悪手って……」
当然、迎撃してくる。恐らく足を狙った切り下ろし。槍を警戒してか体をひねりつつ恐ろしい速度で振り下ろしてくる。
このまま槍をつき出せば切られてしまうであろう。
だから軸にした左足をそのままに、右足を一歩引き、槍を鋭角に振り上げ剣を捕らえる。そして槍の柄と籠手を使い剣を反らしてガッセルの体勢を崩し、勢いのままに振り抜いた槍を返しその穂先を喉元に突き付けた。
「参った、降参だ。なんだ最後のあれ。全く見えなかったぞ」
「試験は合格でいいか?」
「いや、まだだ。個人的には合格でもいいんだが探索者にはもう一つ、廊下なのど狭い室内での戦闘試験がある。古代遺跡の通路で魔獣に挟まれることはよくあるからな。そういった時の対応も見ておきたい。特に槍だと室内では取り回しにくいからな」
狭い室内での戦闘か。古代遺跡に潜るつもりはないのだがやっておいて損はないだろう。
「わかった。次の試験も受けよう。場所は?」
「隣の部屋がそういった場合用の訓練所になっている。こっちだ。」
案内されるまま着いた次の部屋は左側の壁が硝子張りの細長い通路になっていた。幅は3マイン程度。高さも同じくらいだろうか。槍を振り回すには少し狭いが取り回す分には十分な広さだ。
「こいつらが次の相手だ。どいつもそれなりにやれるから気をつけろよ。熱中しすぎて事故ったなんてよくあるからな。それと、硝子を割ったら弁償だ。高いんだからなこれ」
ガッセルがそういうと目の前に二人、後ろに一人男達が現れる。それなりにやれるという言葉通り等級は青だ。
完全に挟まれる形となり、さらにいずれの男達もその手に短剣を持っているため対処を間違えれば危険だろう。
「では試験始めだ」
硝子の向こう側のガッセルの合図と共に後ろの男が迫って来る。
少し遅れて、前の二人が動きだす。三人同時の攻撃。しかもわざと拍をずらすことによって一度で倒し切りにく、そして流れるように追撃できるようになっている。
「貰ったァ!」
そう言って迫ってきた後ろの男に左回し蹴りをたたき込む。そして勢いを殺さず回転し槍の柄で前方にいた二人目の得物を叩き落とした。
「うぐっ」
蹴りを入れた後ろの男が壁にぶつかり気を失ったのを尻目にすぐさま体を捻る。脇腹のすぐそばを三人目の男の短剣が掠め、金属と金属が擦れる嫌な音が火花と共に鳴り響く。
すれ違い様に男の頬を右肘でうち意識を奪ったあと左手の拳を握り、今度は右向きに回りその拳を二人目の男に撃ち込もうと…
「わわ、まった、降参、降参だから待った」
む、降参か。危なかった。あと一瞬遅れていたら殴り飛ばすところだった。
「うわあっぶねえ」
目の前まで迫った拳に腰を抜かす男。まあ確かにこんな鎧を着けた拳が目の前に迫っていたら誰だって腰を抜かすだろう。それくらいの自覚はある。
ちょうどその時三人目の男が目を覚ました。少し甘かったか。一人目の男はまだ目覚める気配はない。
「これで合格か?」
言われた通り男達を倒した。勿論、硝子には傷一つついてはいない。
「ああ、文句無しで合格だ。本当は魔法使いが居た場合の試験もやるんだが館長サンがやんなくていいって言ってんでな。確かにこんな動きされたら魔法使いなんて詠唱を終える前にやられちまうか」
合格出来たらしい。
ガッセルが懐から何かを取り出した。
「ほれ、アンタの冒険者証だ。名前は後で鍛冶屋にでも彫り込んで貰うといい。それを持って受付に戻りな」
そういって黒い札を渡したあと、未だ伸びている男を担ぐガッセル。救急室にでも連れて行くのだろう。少しやりすぎたか。
とりあえず受付に戻ろうか。
*
受付では先程の受付嬢と仲良く喋っているマオが居た。
「そうなんですよ!おかしくないですか!!目玉焼きは硬いのがいいとか言うんですよ!!私は柔らかいのが好きなのに!!!しかも!しかもですよ!!言われた通りに硬めに焼き上げたら今度は硬過ぎるって言って来たんですよ!あり得なくないですか!それでですね……」
訂正、絡まれているようだ。うんざりした表情で話を聞いていたマオはこちらに気が付くと目を輝かせた。
「おお、シアトではないか!終わったのか?」
「ちょっと!聞いてます!?」
「ああ、聞いている聞いている」
「じゃあ館長様はどう思いますか!」
しかし逃げられなかった。受付嬢の方は相当熱くなっているようだ。先程頭が上がらないと言っていたが……
とりあえず合格の報告をしなくては。
「試験、合格した。これが証だ」
「うむ、やはり合格したか。まあ当然だな。むむ、名が刻まれてはいないではないか!これはラロウ爺さんのところへ行って名を刻んで貰わねば!では行くぞ」
わざとらしい……そんなに辛かったのだろうか。
「うんうん、ちゃんと教えた事を活かせてるじゃないかシアト。まあ何かを教えた覚えはないけど」
「リン、あなたそれでも師匠枠を気取る気?立ち位置を確立しておかないと出番なくなるよ?」
「いや、僕は物知り顔の怪しいお姉さん枠だから。怪し過ぎて逆に怪しくない感じの」
「そういうのって扱い辛くて出番なくなるよ?」
「シアト!教えた事を思い出せ!僕が教えた事を活用してなんとしてもこの試験に合格するんだ!!!」
「必死過ぎて引いた」