其の四
「ま、まあまあね。うちの料理人よりは……み、認めてあげても…」
と言いつつも匙を動かす手は止まらないし、器を持つ手を緩めようとはしない。
「落ち着きましたか?」
「ええ、落ち着いたわ。さっきはごめんなさい」
「いえ、目覚めたばかりで混乱していたでしょうし、特に大きな怪我もなかったので問題ないですよ。眼鏡も無事でしたし」
また言っている……。
「その眼鏡が割れてたら?」
「その時は……その、カッとなって部屋の中にいた人全員を殺していたかと………」
……間違いなく殺せるだろう。イルミナ女史にはそれだけの実力はある。この間手合わせしたときも本気ではなかっただろうしそれでも負けたのだから怒りで加減出来ない彼女に敵うわけないか。
「大事なものなんだな」
「ええ、あの人が料理以外で初めて私に作ってくれた物ですから」
あの人……マオのことだろうか。確かに人に物を贈る姿は想像出来ないが……待て、イルミナ女史はマオとずっといたって言っていたな。
「何年前から使ってるんだ……?」
「えっと……二千年程前ですかね。もっと前だったでしょうか」
えっ?
「えっ?」
「あっ、二千年と言っても枠は何度も変えてますからね。魔眼から出る魔素への信号をかき乱す為の透鏡が必要なだけですし……」
へぇ、眼鏡による魔眼の遮断ってそうやるのか。師匠から眼鏡で抑えられるとは聞かされたが詳しい仕組みは聞かなかったな。……いや、そうではなくだな。
「替えてもらいなさいよ。劣化したりするんだから」
「そうだ。マオに言えば新しいものを作ってくれるだろう」
「そう……でしょうか」
そうだろうよ。マオは必要だと判断したら用意する性格だろう。むしろ二千年もよく使い続けたな。
「あ、私魔眼を封じる眼鏡ってどうなってるのか気になるから見せてもらってもいい?」
「まあ、壊したり素手で触らなければいいですよ」
それ私も気になる。どんな紋様が彫られているのか知りたい。
………イルミナ女史が目隠しを取ってくると言っても出ていってしまった。少し気まずいような。
「ねえ、あなた本当に勇者シアトでいいのよね」
「そうらしい。君の望む英雄像とは違うだろうが」
「興味ないわよ、あなた自身のことなんて。だからあなたに求める英雄像も何もないわ。私が知りたいのは賢者キヌス様のこと」
賢者キヌス?まあ私も知りたくはあるが。
「本当に知らないの?賢者キヌス様」
「いや、知っている」
「そうよね。当然だわ。……昔ね、キヌス様に助けられたことがあるの」
賢者キヌスに……?それは羨ましいな。賢者キヌスに直接会ったことがあるなんて。
「まだ私が小さくて魔法の天才何て呼ばれて調子に乗っていた時のことよ。まあ十歳で十級の魔法が使えた天才なのは間違いないけど」
自分で天才であると認めるあたりまだ調子に乗っているようだな。まあ年相応といえばらしいのだが。
「それで調子に乗っていた私はある日一人で魔獣が住んでいるといわれる森に入ったの。自分なら魔獣くらい余裕だと思ったから。でも……」
「実際は上手くいかなかったか。初めて戦う時はほとんどの人が固まるしな」
「そう。私も怖くて上手く詠唱出来なくて……そこを助けてくれたのがキヌス様よ。魔法ならなんでも知ってると思ってたけど私が見たことも聞いたこともないような魔法を使って私を助け出してくれたの。それで私魔法を知り尽くした気になっていただけなんだって思い知らされた。だから帝都の学園の魔法科に通ったのだけど、キヌス様の使った魔法はなくて三年経って卒業になったわ。だから冒険者になったの。旅の途中でキヌス様にあったら弟子にしてもらえる様にって。そしたらいつの間にか魔王を倒して……」
「ここにいるのか」
まあここにいる勇者のうちで誰かに乞われて魔王討伐をした人間はいないとマオが言っていたしなんか成り行きで倒してしまいましたというのもあるのだろう。かく言う私も……あれ、どんな理由だったか。まあ大層なものを背負っていたりはしていなかった。
「お待たせしました。……お邪魔でしたか?」
イルミナ女史が戻って来た……目に真っ黒な布を巻き付けて。
「それ見えるの?」
「うっすらと。まあ魔素の流れとかで周囲は把握出来ますし問題はないですよ。では、どうぞ」
渡された眼鏡をミトンが受けとる。素手で触って脂がつかないように慎重に。
「へぇ、こんな風に……細かっ!あなたも見てみなさいよ」
言われた通り光にかざして……
「細かっ!」
刻まれた幾何学模様の細かさに驚愕する。これ掛けたら見えなくなるのでは?いや本人が言うように他の感覚で周囲を認識しているから問題ないのだろう。
というかこの細かさだとマオでも新しいの用意できるが怪しいな。
「マオちゃんは予備のレンズしっかり作ってるしイルミナちゃんがいえばすぐにでも交換してくれる。でもイルミナちゃんはそれを知らないし、大事にし過ぎて予備が活躍する機会がない」
「いいことじゃない」
「まあそうだね。モノを大事にするのはいいことさ。でも限度があるだろう」




