其の三
「ほう、ほうなるほど」
「もういいか?」
「ああ、いいぞ。もう必要な数値は取れた。鎧の大きさはお主が眠っている間に測っておいたからな」
胸に足にベルトを巻き、その上から鎧を着込む。冷たいはずの鎧が温かく感じられるな。
「ではまた。眠ってる間に衰えた筋肉も再構成したからもう動けるとは思うが病み上がりだ。動き回るのは控えろ」
それはそちらも同じなのでは。
扉の向こうへと消えたマオに向かって心の中で声をかける。きっと面と向かって言っても聞かないだろうしな。まあ魔人は怪我の治りが早いのだろう。あるいは私から吸ったオウソ?とやらで回復したからか。
「動けないと暇だな。どうしようか」
立って歩くのがようやくで槍とか振るえそうもない。かと言って二日眠り続けたので眠くないし……食堂行って水でももらってこようか。扉を開け外へ出て二、三歩歩けばもう限界がきた。鎧が打ち鳴らされる大きな音をたてながら転倒する。
「何ごとですか!?」
飛び出して来たのはイルミナ女史。空き部屋……最後の勇者の部屋からだった。他の部屋からは誰も出てこないあたり皆出掛けているのか。
「あ、いや水を取りに行こうと思ったがうまく動けなくて」
「私が取ってきますので休んでいてください。ああいえ、多少動けるのでしたら私がいない間彼女の看病をお願いできますか?」
彼女……最後の勇者か。傷は癒えたと聞いていたが女だったのか。
「わかった。戻ってくるまでの間見ておこう」
階下に消えるイルミナ女史を見送りながら、眠る少女の前に腰掛ける。
歳は十四、五だろうか。マオと違い実年齢だろう。いや、封印されていた年月を加味すれば実年齢という言い方はおかしいか。まあそれを言ったら私は二千歳超えることになるし封印されている間のことは考えないようにしよう。
「凄いな……」
眠る少女の顔は、あの真っ黒な焦げた状態だったとは思えない程白く瑞々しく、その金の髪は一日二日ではあり得ない長さまで伸びていた。
「髪型まで再現できるのか?」
なんという髪型なのかは知らないが、中央で前髪を左右にわけ額を出している。マオやイルミナ女史が整えたという可能性もあるがあの二人がこんな分け方をするとは思えない。
「んっ……うぅ……」
起きた!?
どうしよう。イルミナ女史は降りていってしまったし、マオもいない。呼びに行こうにもまだ満足に体を動かせないし、かと言って目覚めた彼女に状況を説明出来ない。だって厄災について何一つ知らないし。
「ここは……?」
「あ、えーと、ここはミーンの街の大図書だ」
思い出せ思い出せ、マオはいつもどんな風に語っていた……?
「ミーン……賢者の街」
「………賢者の街?」
「知らないの?ここら一帯は賢者キヌス様の土地でキヌス様のご厚意で帝国に有利な条件で自治がなされているの」
待ってくれ、初耳なんだが?そんな話聞いたこともない……いや、マオが何か言っていたのは聞いたことがあるが……
「あなた、何者なの?このミーンの街にいてその長である賢者も知らないなんて」
「あー、うん」
無理だ。マオのようにはいかない。そもそもマオが説明していないことが多すぎて私じゃ話すら出来ないか。
「……私はシアト。私が誰か、何を為したかは君自身がよく知っているはずだ」
「………あなたが勇者シアトなら、教えてちょうだい。私が魔王を倒してから何年経ったの?」
「知らないな。私だって二月ほど前に起こされたばかりだ」
「そう。あなたが本当に二七四三年前に魔王を倒し、開かずの扉に閉じ込められた勇者シアトなら私だってそれくらいの……」
「……今何年と言った?」
「え?二七四三年だけれど………」
「なら十七年だ」
私が魔王を倒したのは二七六〇年前。これはマオに聞いたし冒険者組合で自分でも調べたから間違いない。そこから二七四三を引けば残りは十七年。子供でもわかる簡単な計算だし、最初からこうすればよかったな。
「十七年………なんで……なんでそんな早いのよ!!!!」
「お水お持ちしま……」
「どうして!!私は!!生きてるの!!!」
投げた枕がイルミナ女史の顔に当たる。零れ落ちた水と割れたコップの音が部屋に響き渡った。
「生きてるのはいいことだろう?死んで会えなくなるよりずっといい」
「良くない!!私は死ななきゃいけなかった!!死んであいつらを帰さなきゃ!!!」
「落ち着ついてください。貴女の仲間は皆無事です。今は帝都で生活しています」
立ち上がったイルミナ女史が静止に入る。その耳元に近付き、そっと尋ねた。
「大丈夫か?」
「ええ、眼鏡は無事でしたので。それより見ての通り彼女は今錯乱しています。どうにかして落ち着かせましょう」
どうにかしてって……死にたいなんて言っている人間の説得方法なんて知らないから行き当たりばったりだぞ。
「察するに君は仲間を守る為に一人で戦ったんだろう?結果君は生きてて仲間も全員無事。喜ばしいことじゃないか。何故自分が死んで悲劇になろうとする」
「だって……それは私がもうあいつらと一緒にいる資格がなくて……」
「なぜ?」
「だって……仲間なのに信じられなくて……置いて一人で……」
「だから死にたいというのですか。自分は裏切り者だから彼らに贖う為に死ななきゃならないと」
ああ、それは───
「ふざけるな」
「ふざけないでください」
思わず漏らしたつぶやきが、イルミナ女史の声と重なる。
「自分の無力で残された方がどれだけ辛いかわかるか?自分が弱いから、共に死ぬことすら出来なかった時の悲しみを知ってるか?」
「全て背負わされて、残されて、目の前で死んで行かれたことがありますか?必死の顔をして倒れる大切な人を見たことは?」
聞いておいてあれだがあって欲しくはないな。きっとイルミナ女史もそう思っているはずだ。自分と同じような経験をする人間がいて欲しくはないと。だから、どれだけきつい言葉であっても投げかける覚悟でいるだろう。
「君……お前は、仲間が大事だったからこそ置いてきたはずだ。なのに何故仲間を苦しめようとする。自分が、満足できればそれでいいのか」
それでいいと答えられたなら、きっと私と同類だろう。だが、そうだとしたら仲間が大事だから死ぬなんて言い出さない。
「違っ……私……」
「ええ、違うでしょう。貴女は誰かの為に戦ったのですから。でも貴女はやり方を間違えた。死んで彼らを守ろうとして、結果生き残ったことで今大きな自責の念に駆られ死にたいなどとほざく。貴女は、死んでも守ると言うべきでした。いえ、それも相応しくありませんが」
「でも、私が死ねばあいつらは……」
「きっと無謀にも魔王に挑み、返り討ちだったろうな。静止者のいない弱者は大切な誰かの死に耐えられない」
あのとき師匠が手を引いてくれなかったら、私もあの魔獣に挑みそして死んでいただろう。
「そんな……」
「落ち着きましたか?では何か食べれるものを持ってきましょう。聞きたいこと、言いたいことは食事を済ませてからです」
「厚意っていうか面倒だったから丸投げただけなんだけど」
「面倒だからで投げて良くないでしょ」
「だってマオちゃんがどうにか調整すると思ってたし」
「貴女を盲信する人が貴女の決定を覆すわけないじゃない」
「まあ、うんそうなんだけどね。当時はそれに気づけないくらい追い込まれてたんだ」
「あなたでも追い込まれることあるのね」
「僕だって人の子だよ!?」




