届かずとも
──ガレウス
「じゃあそっちは任せた。俺たちはあの鳥を落と……」
顔の良い男と共に魔獣を討つべく対峙した私達の目に写ったもの。それは先程一度視界から消えた魔獣に掴まれる少女の姿だった。
「あーえー、何やってんだ村長さん」
「いや、扉を開けたあとは体内の魔素がなくて戦闘できるほど動けないのだ。まあこの状態でもこの程度の魔獣であれば倒せなくはないが……丁度いいな。対空の訓練にもなる」
この少女の頭は大丈夫なのだろうか。これから連れ去られるというのに出た言葉は我々の訓練になる、とはとても正気とは思えない。というかあの鎧程ではないにしろ特異な雰囲気を纏っているのだからどこかしらおかしいのだろう。
「竜の嬢ちゃんは……」
「参加しない……シャーレ、そこで見ておれ」
「わかった!!」
竜……?現状世界に千体しかいないとされる暴威の権化。自然界の頂点にして世界の覇者。それがどうして幼い女の子の姿をしているのだ。そもそも彼女は本当に竜なのか。
「おいあんた名前は?」
「ガレウス。そちらは?」
「アレンだ。よろしく」
互いに短い名乗りを上げる。必要最小限ではあるがこれから共に戦うのだ。名前くらいは知っておこうか。
「さてアレンよ。一つ聞きたいのだが空を飛ぶ鳥を落とす魔法とか使えぬか」
「生憎お勉強とか苦手でなぁ。魔法は簡単なものしか使えない。あるにはあるがそう大したものじゃねえぞ」
「はっはっはっ、私は水の魔法しか使えないぞ。なにせこの肉体のみで戦ってきたからな」
命とは自然のものであるのだから我が身一つで戦い抜くべきである。しかしこの自然には魔法というものがある以上肉体だけというのも厳しい。そこで生命の根幹にして生きるのに欠かせない水を操る魔法のみを極め極力肉体で戦って来たのだ。
「そうかよ。どうする?」
「落として殴れば良かろう」
「それが出来ねえから困ってんだよ!!くそっ“火の一”!!」
極太の火の矢が飛んでいく。魔獣の翼を掠めた火矢は虚空へと霧散し、魔獣の体を大きく蹌踉めかせた。直撃していれば落ちていたであろう。
アレンめ、大したものではないと言いながら凄い威力ではないか。確かに階級的には一だが四級に匹敵する威力ではなかろうか。
「外しておるぞ。落とすのではなかったのか」
「そんな情けない姿を晒してる人に言われたくねえ」
確かに、あんな無様にぶら下がった姿で人にとやかく言える義理はないだろう。ただまあ、あの魔獣が獲物を捕らえたのに逃げずにここで戦おうとしているのは彼女が何かしたからだ。でなければとうの昔に逃がしているだろう。
「ちっ、またあの目だ。あまり見るなよ」
「わかっている」
あの舌に付いた目を見たときから女の方もシアトもおかしくなった。女の方も重度だがシアトの方も仲間に攻撃されて動揺せずに戦うという選択をした時点で異常だろう。
「“水の始”!!」
気付け代わりに魔法で水をぶちまける。先程の戦いで火照った体が冷やされ、心地よい。
「我にもかかったんだが」
「子供の服が透けたからと喜ぶ者はここにはいまい。気にするな」
厚めの生地でできているのか大して問題にもならないしな。
「いや人質に被害が及ぶかもしれないから魔法の範囲は気をつけろと言っているのだが。見られたところで減るものでもないし」
む、そうか。確かに人質を取られているのか。今までは人質を取ってこない魔獣としか戦っていなかったが、今みたいに、あるいは野盗などで人質を取られることもあるか。
「うむ、勉強になった。もしその機会があれば役立たせてもらおう」
今はそれどころでなくあの鳥をどうやって落とすかが問題になっている。
「何がどうしてこうなった」
女の方を正気に戻したのだろう、こちらにやってきたシアトが声を上げる。あの少女と親しいようだったしこの有様は受け入れがたいのかもしれない。
「どうやら魔素を使い果たして動けないところを捕まったらしい。だがあの魔獣がここから動かないのはあの少女が抑え込んでくれているかららしい」
「マオの魔素が尽きた?そんなわけないだろう。……おいマオ、なんでそんな踵を削ぎ落とすような真似を」
踵を削ぎ落とす……?聞き慣れない言い回しだな。そんな物騒な言い回し聞いたことないが。
「いやぶりっ子振ってるとかではなくな、魔素がなく動き辛いのは本当だ。ただこの程度なら容易く倒せるがそれをしないだけ」
「質が悪すぎるだろう」
シアトの方はまともそうで良かった。あの少女は頭がおかしいらしいからな。
「まあまたいつもの悪癖だろう。そこは許容しなくもない。それで、どうやって倒すつもりだ」
訂正、こいつもまともではなかった。許容していいことではないと思うが。
「村長さんが留めてる間に撃ち落として地上で戦おうと思ったんだが抑えるのも限度があるのか結構動けるので当たらねえんだ」
「そこでシアト…様にも協力して欲しい」
「様はいらない。そんなものじゃないから」
そうか。まあ心の中では呼び捨てだしこいつ呼ばわりもしたから今更か。やはり人は自然に湧き出る言葉を話してこそ。取り繕った言葉で何を動かせるというのか。
「ありがたいな。それで、何かあの鳥を落とす手段はあるか」
「あるにはある。が、別に落とす必要はないだろう」
は?こいつは何を言っているのだ。いやまあ魔法使いであれば落とす必要もないがどう考えても魔法を得意としていない前衛三人では撃ち落とさなければ倒せない。
「撃ち落とさないと無理だろう」
「そうだぞ。俺の短剣じゃあそこまで届かねえ」
「済まない、言葉足らずだった。あいつを落とすのは手伝おう。だが私は落とさずとも攻撃出来る」
攻撃出来る?その槍でも届かないだろうにどうやって。
「この前剣を握ったときに少し忘れてたものをお思い出してな」
何やら隠し玉があるのだろう。忘れていたとは奇妙なことだが思い出せたなら忘れてないのと同義だ。
「あー、そろそろ辛いからこやつ離していいか。勇者が三人いれば手加減はいらなかろう」
「いいが、逃がすなよ」
少女が抑えていたものを解き放ったのだろう。それまでに比べ数倍速くなった魔獣が一目散に逃げようとし、見えない壁のようなものにぶつかり蹌踉めく。
「逃げるな、戦え。ああ、あと我を離すなよ。さすがにこの高さから落ちるのは怖い」
巨大な魔獣が獲物として捉えた少女の放つ重圧に怯えている。どちらが魔獣かわからないではないか。それは鳥の方も思ったようで急降下し攻撃を加えてくる。
「済まないが時間を作ってくれ」
時間を作れ。先程の隠し玉の準備だろう、断る理由はあるまい。
「いいだろう。とはいえ出来ることは少ないぞ」
「俺も手伝うぞ」
ではアレンと協力しあの鳥を抑えるとしようか。幸い、向こうから降りて来てくれるようだ。
「幻想写し見仮説の棺。蓋開く恐怖、夢見ぬ怪物」
詠唱が響き渡る。魔法とは違う、聞き馴染みのない詠唱。これがシアトの隠し玉だろうか。その言葉一つ一つに、背筋が凍るような悪寒が走る。あの美しい唇から紡がれるは、辛い辛い恐怖の具現のような言葉。その言葉を聞きつつも魔獣の突進を避け、その目に一撃を入れる。恐らく右目は使い物にならなくなったろう。
「瞳曇りてすなわち不適。仮説届かず虚空に帰る」
嘆き、悲哀、憎悪、恐怖、偏執。そういった感情を撒き散らすシアトには、一切そのつもりはないのだろう。ただ淡々と詠み上げる詠唱そのものに感情が籠もっているようだった。
「───理装体系:“七棺”《紫の棺:予想》」
シアトの持つ白い槍が紫に輝いたかと思えば、その手には片刃の細い剣が握られている。その薄く鋭く鍛えられた刃には思わず目を奪われる程の鮮やかな波のような紋が広がり、太陽の光を切り裂き薄紫に輝いていた。
「さあ、始めようか」
次の瞬間シアトの体が消え、魔獣の上顎から先を落としていた。
「首を落としたつもりだったが……鈍ったわ。次は確実に落として上げましょう」
フフッと、人が変わったかのように笑い、再び消える。その光景に恐れをなしたのか魔獣が空高くへ逃れようと残った舌先に付いた目を上に上げ……
「桜川流“滝壺”。本来は一度刃を立てずに巻き込み、刃を立ててから撫で切り刻む技らしいのだが……首、落ちてしまったな。私の練度不足ね」
見上げた眼差しごと首が地を転がる。魔獣は青い光に包まれ魔石となって消えていった。
「いやそれは落下してくる物に対して使う技であって飛ぼうとしてる相手に使う技じゃないんだけど。コマンド選択間違ってるじゃん」
「言わなかった貴女が悪い」
「えー説明したと思うんだけどな。確か木の枝投げて実演したし。……あ、そういえば飛び上がる小鳥相手にも使って見せたことあったわ」
「それよ。確かに私に教える時に言ってた覚えはあるからその小鳥の記憶が強く焼き付いたのよ」
「そっかー、不用意なことはしない方がいいかー。子供は見てるもんだねぇ」




