其の四
コッ、ココココセンジョ
「何をやるって?」
渡された服は上下両方ともあったはずなのに下だけを履いた目の前の男が言った言葉の真意がわからない。
「これから共に寝るなんてどうだろうか。鎧の中身がどちらであれ私は歓迎するが」
「今は朝だぞ。寝言なんてつぶやいてる場合じゃないだろう。それに、そんな気はさらさらないんだろう?」
「いいや、そういう気がないわけでもないさ。自然に湧き出る欲望には従うべきなのでな」
その言葉が嘘であることを眼前に構えられた拳が物語っている。明確な理由を持って構えられた拳。口より目より雄弁に、こちらに対する不快感と殺意を語っている。
「抱いてなきゃ眠れないお人形に向ける態度とは思えんがな。なにが気に入らない」
「いや、直感的に反応したから一夜を共にというのは嘘じゃないんだが、臭いが気にいらん」
臭い………面と向かって臭いと言われると傷付くな。
「そんなに臭うか…?」
「まあ多少汗臭くはあるがそれは我以外の皆そうだろう。この暑い中歩いているのだから。むしろお主は大分ましだ」
「そうか……なあ本当に?」
「そうだ。あやつの言う臭いとはおそらく直感的に感じたことを言葉にするときに近い感覚として嗅覚を選んだだけだ。いわゆる第六感だな。お主らが気配を感じたりするのに近い」
「そうだな、その認識で構わない。こう何というか自然と一体化出来ていないというか異質な存在として浮いているのだそこの鎧は」
異質……まあ異質な存在だろうな。世界中どころか歴史全て見渡しても私よりも異質な存在はいないだろう。母から継いだこの左の眼と、忌々しくも父から継いだ右の眼が何よりの証拠だ。そしてこの鎧も師匠が渡したものだから曰く付きだろう。少なくとも槍は平和の象徴なんて厄介な重荷が引っ付いていた。
「と、いう訳だ。ではやろうか」
気に入らないから殴るというのは理解できなくはないが……そう思ってすぐ殴りかかるのはどうなのだろうか。私も貴族や王族相手だとしてもすぐ殴ったりは……するかもしれないが極力抑えるはずだ。少なくとも最初の一回以降は抑えられてた。
「………駄目だな。どうしても否定出来ない。気に入らないから殴る。実に単純で、それ故拒絶出来ない根本的な欲求だ。私はむしろ肯定するな」
「では」
「ああ、それで満足するなら」
一歩前へ。槍は勿論、剣ですら十全に振るえるかと問われれば否と答えるだろう距離へ。まあお互い何をすべきか明確なのだ。ならこれくらいの距離感がふさわしいだろう。
こちらの方が背は低いのだから少々見上げる形にはなるが、互いに目を見合わせそして拳を突きだす。
あちらの拳はこちらの左頬に、こちらの拳はあちらの左胸に。
「ほう、軽いな。手応えもだが拳も軽い。なんだその一撃は?綿でも詰まっているのか?」
「あまり肉を付けられないのでな。中は柔らかいが外は硬いぞ」
「甲殻類かお主……」
後ろでマオが何やら呟くが聞こえない。
「確かに。だが自然な鋼の硬さではない。上手く言葉にし辛いが不自然で超常的なものだ。やっぱり排除するべきだ、な!!」
右の強撃。すかさず差し込まれる左の一撃。どちらも避けることなど敵わない速度で捩じ込まれる。その全て無視してこちらも拳を打ち込む。右へ左へ、その身を抉るように。
「っ…!」
「ちっ……」
「「硬いな」」
生身だろう。岩でも殴っているのかと思うほどに硬い。いや岩くらいなら砕けるがそれより硬いな。鋼の肉体なんて比喩を適当に用いる時が来るとは。
「やっぱ無理か。鎧ごと貫こうと思ったが無理だな。その形で完成されているというか、変形という概念そのものがないのか。やはり超常のもの、見逃してはおけない」
「そちらこそなんだその体は。岩の方がまだ柔らかいぞ」
「そうだろう。極限まで追い詰め鍛えたからな」
どんな鍛え方をしたらそんな肉体が出来上がるんだ羨ましい。この鎧の元の持ち主がもう少し体が大きければ……いや、貰い物にけちを付けるのは良くないな。それがあの師匠からのものであっても。
「あーそうだな。死ぬぎりぎりまで追い込めば魔素により肉体が改造されることもあるか」
マオが補足してくれる。どのみち私には無理だったということか。悲しいな。
「はっはっはっ、そうだったのか!初めて知ったな」
手を軽く握っては開くを繰り返している男。何かに集中するように。
「だがこの技は私自らが覚えたものだ。誇りを持ちたい」
そう言って突き出される拳。正確に左胸を打つその拳は鎧に阻まれ致命打にはならない………はずだった。
「がっ…!?」
鎧は拳そのものはしっかりと受け止めていた。ただしその攻撃は通し、左の胸を震わす。その衝撃は胸の奥まで届き、血の巡りが一瞬歪むのが伝わる。その激しい痛みから思わず膝をついてしまった。
「鎧通し……こう特別な鎧相手に通用するか不安ではあったが通じたようで何より。嬉しいね」
そうかい、それは何より。こちらは立ち上がるのもやっとな傷だというのに。
まあ技ならこちらにも師匠から教わったものがある。完全習得したかと言われれば怪しいが、それなりに振るえるはずだ。
「痛いな。お返しだ」
技、と言ってもかなり単純なもの。人体の急所を狙うというだけのものだ。鳩尾が一番狙いやすいがあれだけ鍛えた体に通じるかはわからないので、
「喉を狙うか。見えてるぞ」
「いいや」
狙うは右頬の底。顎の骨を軽く掠めるように打ち上げ、その屈強な首についた頭が不意を突かれたからか大きく揺れる。ふらり、ふらりとその足取りが不確かなものになり──
「なんの!!」
揺らめく足のなか、一瞬だけ確かに踏ん張ったかと思うと飛んできた拳が左の頬を打つ。当然、鎧をすり抜けた衝撃により体勢を崩しよろめき倒れるのだった。
そうして、両者が地に倒れ伏す。
「あー、終わったか」
「いや、まだ……」
「終わって…は……」
立ち上がろうとしても力が入らない。ああ、いいのを貰ったな。
それはあちらも同じだろう。もうしばらくは動けまい。故にまだ決着はついていないはずだ。
「面倒だから終わったことにするぞ。シアト、お主の負けだ」
「なっ」
ああいや、分かった。私の負けだ。こちらはまだ動けないというのにあちらはもう立ち上がろうとしている。どういう回復力しているのだろうか。
「そうだな。私の負けだ」
「そうかい、じゃあ一つ私の願いを聞いてくれるかな」
「まぁ…負けたし私に出来ることなら引き受けよう。ええと……」
そういえばまだお互い名乗ってなかったな。さっきまで戦ってたのに相手の名前を知らない。いや、勇者なのだからマオかアリベルから聞いたことはあるだろうが出てこない。
「ああ、ガレウスという。よろしくな」
「私はシアトだ。よろしく」
そうだ、ガレウスだ。確かアリベルが熱く語っていたような気がする。聞き流していたが。
「それで、願いって」
「簡単だ。今夜一晩共に寝てくれ」
なんだそんな簡単なことでいいのか。別に普通に頼まれても断ったりはしないが。
「構わないが」
いきなり千年二千年の時をこえて怪しい集団と行動するのだ。多少なりとも不安があるのだろう。
「はぁ、これだから山育ちの馬鹿共は………シアト、お主が思っているような布団を並べてお休みなさいという誘いではないぞ」
「わかってる。ガレウスが寝ている間見張りをすればいいんだろう。マオが何かしないだろうとは思うが初対面だし不安なのだろうし」
今度はアリベルとアレンも溜息を付く。アリベルは手で目を覆い天を仰ぎ、アレンは笑いを堪えているのか小刻みに震えている。
「何もわかってはおらぬではないか。いいか、耳をかせ。あやつが今言ったのはな───」
────!!!!!
顔が赤くなっていくのを感じる。そういった知識はあるが、絶対に間違っているというかなんというか……この年齢でそういう反応なのはおかしいというのはアレンの反応を見ていればわかるが決して結婚前にするようなことでは────!!!
「し、しないしない無理だ!!済まないが別のに変えてくれ!!」
「まあ、断られるとは思っていた。では、その兜を脱いでくれないか。これから共にやっていこうという相手の顔も知らないのは気分がよろしくないのでな」
まあそれくらいなら……いや、兜は外してはいけないんだっけ?誰かとそう約束を……いや気の所為か。そもそも約束できるほど親しい人間など師匠くらいで、師匠はむしろ兜を被せるのを渋ったくらいだ。
「構わない」
兜を脱ぎ真っ直ぐガレウスの方を見つめる。
「……っ!!!!」
「もういいか?」
なんか背後から恐ろしい気配が漂ってくるから兜を被りたい。特にアリベルなんかはじりじりと近寄って来ている。
「あ、ああ………さっきの一夜を云々はなかったことにしてくれ。後が怖い」
…………自分では悪くないと思っていたがそんなに醜いか……そうか……兜、外さないようにしないと。
「うん、僕が間違ってた。拳で語り合って友情とか実際にやるもんじゃないね。今度シアトに合ったら訂正しておこう」
「貴女ね…」
「いやだって憧れるじゃないか河原で殴り合って友情結ぶとかいうの。僕だって女の子だけどそういうのに焦がれることもあるんだよ」
「万年生きてて女の子はキツいわね。というか一万年も生きてたらそういう出来事の一つや二つあったんじゃない」
「いやそれがさっぱり。僕に反目出来るような対等な力関係の人物が居なかったからね。悪の親玉やってた子も反抗期で大戦起こした子もいたけど僕と直接は対立しようとしなかったし」
「まあ貴女弱すぎるからね。名前が持つ意味が強大過ぎるだけよ。名前負けしてるわ」
「お、なに?殴り合う?ここなら河原くらい生やせるけど」
「構わないわ。私が勝つもの」
「引き分けてほしいなぁ。まあ確かに負けるけど」




