其の三
……目が覚めた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。窓のない部屋で時間感覚が狂うが、今は朝ということで良いのだろうか。
「……腹が減ったな」
思えば昨日から何も食べてはいなかった。いや、三千年もの間か。何か食うものがないイルミナ女史に尋ねてみるか。
そう思い立ち上がろうとしたとき、扉を開けて入ってきたマオと目があう。
「まさかとは思うが……お主、その鎧を着けたまま寝ておったのか?」
「慣れているからな。旅をしていれば野宿などもする。その時寝込みを襲われ鎧を着けていなかったので死にました、などでは笑えもせん」
「普通野宿をするような旅をするなら全身鎧など着けず軽装備で行くと思うのだが……。まあ良い。飯を持ってきた。昨日から何も食っておらぬのであろう?」
彼女自ら…?
「毒などは入ってないだろうな」
「貴様を殺す意味はないと思うが?それに作ったのは我ではなくイルミナだ。感謝して食うが良い」
それもそうか。殺すつもりであれば最初から三千年の時を超えて呼びはしない。先に語った通り、厄災討伐が目的なのだから、疑う必要はないか。
「ん……美味いな」
「であろう。何せあやつの料理は我が仕込んだものだからな。あやつは子供たちの給食も作っておるが大人気だ」
「それは……凄いな。貴様は食わんのか?」
「先程食ったばかりだからな。それよりお主、飯を食う時は兜くらい外したらどうだ?」
「断る」
口元が開閉可能なおかげで外さずとも食えるからな。今までもこうしてきた。行儀が悪いとは思うが兜を外したほうが面倒になるのだから仕方ないだろう。
*
「食ったな。では出掛けるぞ」
「どこへだ?」
「冒険者組合だ」
冒険者組合……魔獣の討伐と引き換えに金を貰い、古代遺跡の探検や、薬草等の採取を行う冒険者と呼ばれる者らを一つに纏めあげた組織。三千年経った今でも残っていたのか。
「あの荒くれ者の巣窟に、か」
「いいや、冒険者組合に所属していたお主が最初に魔王を倒したことで皇帝もその存在を無視できなくなってな。今や国が直轄している」
そうだったのか。昔は何らかの理由で普通に仕事が出来ない者達が流れ着いてくる場所であったのに、まさか今は国が管理しているとは。元は貴族の道楽で作られたとはいえ。
「そういえば残りの四人の勇者はどうなっている?同じ様に時を止められているのか?それとも魔王を倒した後は帰って行ったのか?」
「前者だ。他の四人も目覚めさせるつもりだが魔力の関係で2週間に一人程度が限界だ。だからしばらくはお主一人だな」
「他の勇者はどんな奴らだ?」
「それは……実際会った時に確かめてくれ。直前まで秘密の方が面白いだろう?」
*
大図書館の正面から街の門まで続く通り。その通りの丁度中間のあたりに冒険者組合支部はあった。黒を基調とした煉瓦造りでおおよそ18マイン程の高さの建物だ。
「凄まじいな。帝都の街でもこんな建物はなかなか見かけない。支部でこれ程なら本部はどうなっているのだ」
「時代は進んでおるからな。これが今の帝都の普通というわけだ。帝都にある本部はさらに凄いぞ。何せ所々に宝石が散りばめられていてな。趣味が悪くて二度と行きたいとは思わん」
そんなことになっているのか帝都の冒険者組合本部。三千年前はいつ床が抜けるかと心配するくらいに古びた建物だったというのに。
「では入るとするか」
朝を少し過ぎ、昼に近づいている時間だからであろうか、中に人影はほとんどない。冒険者は皆依頼を受け、外に出ているのだろう。暇そうに欠伸を噛み殺していた受付嬢の一人がこちらに気が付き声をかけて来た。
「おや、大図書館の館長様ではないですか。本日はどのような御用で?」
「ああ、こやつの冒険者登録をしたくてな。出来るか?」
「こちらの…?」
そういって受付嬢はこちらを眺める。
「ほうほう、なかなかいい鎧ですね。その白龍を模した兜……さては最初の勇者シアト様の熱心な愛好者で?」
「…!?いや、私は……」
否定しようとしたとき……
「うむ、そうなのだ。親からシアトと名付けられたのがきっかけらしくてな」
「確かに多いですよねそういうの。この街にはあまり居ませんが帝都の方だと数十人いるらしいですよ冒険者のシアトさん」
「そうらしいな。やはり帝都で活躍したからなのだろうか。イカルテの方では娘が産まれたらアリベルと名付けるのが習慣化されてるのだとか」
アリベル…?話の流れから察するに他の勇者の名前だろうか。イカルテといえば滝が有名な街だったはずだ。
「えー、では、シアトさん。冒険者登録をしたいということなのですが、いくつか説明させてもらっても?」
「いや、いい。だいたい知っているからな」
「まあまあ、そうおっしゃらずに聞いてください。新人にこれを説明しないと私が支部長に怒られてしまいますから」
「ああ、聞いておいた方がいい。昔と違うところもあるからな」
そういうことであれば……
「こほん。ではまず冒険者となるには年齢制限があります。かつては十三歳未満でしたが、今は十五歳未満だとなれないので……失礼ですが歳をお聞きしても?」
「二二だ」
いや、二七八二歳というべきか?…さすがにふざけていると思われるか。
「ええ、では問題ありませんね。職業の方はどうしますか?魔獣討伐を行う掃討者、薬草などを採取する採集者、遺跡の調査などを行う探索者がありますが」
聞いたこともない分け方だ。昔は全部まとめて一緒くたに冒険者と呼んでいたが。
「では掃討しゃ…」
「探索者で頼む。遠出もするしな」
「なぜ?掃討者でも遠征は出来るだろう」
その疑問に対し答えたのはマオではなく受付嬢の方だった。
「出来ませんよ?よく勘違いされる方がいるのですが掃討者の任務は街を守ることです。事前に野獣や魔獣を駆除するために街を出ることもあるというだけで、どちらかといえば守衛に近いのです。そのため街を守る義務があります。よって、行けても街から歩いて三日程の場所までしか行くことが出来ません」
成る程。昔と変わっている、というのはこういうことか。三千年前であれば冒険者というのはどちらかというと街の人間からは嫌われるならず者だったはずだ。
「わかった。では探索者にしよう」
「了解です。探索者で決まりですね。掃討者と比べて魔石の買い取り金額が下がってしまいますが…」
「構わない」
「そうですか。では次は組合規則について説明します。
まず、基本的に私闘は禁止です。まあ最近は私闘
なんて滅多に起こらないのですが昔は血の気が盛んな人達が多くてですね…。
そして次に冒険者組合の鑑定結果に文句は着けない、です。たまにいるんですよ。粗悪な薬草等を持ってきておいて鑑定の結果に文句を言う人が。そういった方は資格剥奪、なんてこともありますので注意してください。もし商業組合の方でも鑑定をしており、結果が大幅に異なる場合には言ってくださいね。
そして最後に、依頼に関しての冒険者組合の命令は絶対です。例えば大規模な魔獣の襲撃があった際に手柄欲しさに勝手に先行されたりすると迷惑なので。
何か質問ありますでしょうか?」
いつの間にやら規則が厳しくなっている。それこそ三千年前は喧嘩はご法度なんて規則しかなかったのに。そしてそんな規則を守るような人間は基本的には衛兵になるため冒険者になるような破落戸は規則なぞ守らず喧嘩なんてものは日常茶飯事だったが。
「特にない」
「でしたら等級について説明しましょうか。これは冒険者組合からの信頼度を示すもので、色で示されます。等級が高ければ高いほど実力も高く、依頼の遂行率も高いことを示します。等級は普段の素行によって下げられることもあるので基本的には等級が高い人物は比較的安心して依頼が任せられる、という認識で大丈夫です。
色は下から黒、赤、青、黄、紫、白の順番で上がっていきます。最初は皆黒からです」
黒から…?白が最下位ではなかったか?
「勇者の色だな」
「ええそうです。上から魔王を討伐した順に準えてあるのです」
勇者の色……順になっていると言っていたから私の色は白か。少し照れるな。
「以上で説明は終わりですね。では続いて試験を行いましょうか」
「キョウカちゃんキョウカちゃん、今回説明回だったね」
「……んむぅ」
「ほら起きて。せっかくの出番なのに寝てたら後で怒るでしょう?嫌だよ、僕に当たるんだから」
「……リンだしぃ、いいかなぁって…」
「寝言だよね!?本気で言ってたりしないよね!?」
「……うるさぁぃ………」