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偽典-英雄邪道-  作者: あしゅけーね
水の勇者
39/54

其の三

 朝日を浴びたい。こんな窓も何もない部屋で寝起きしていればそう思うのも仕方ないだろう。いつも感覚だけで起床しているから朝日が登るより遅くなってしまうし、何より朝日を浴びて起きた時の爽快感がない。

 まあ今日は外だから明日の朝日は見れるだろう。


「シャーレ、起きろ。置いていくぞ」


「あつい………」


 そうだろうか。大分涼しいと思うが。

 取り敢えず起きないシャーレを抱き上げ布団から引き離す。


「すずしい……」


 ……鎧が冷えてたのだろうか。それまで(うな)されていたのが嘘のようにぴたりと止んだ。


「離してくれないか」


「やだー」


 そんなに気持ち良かったのかぴったりと抱きつき離れないシャーレ。子供とはいえ人を抱き続けるのは疲れるのだから降りて欲しい。


「寝惚けてるのか。起きろ」


 揺すっても軽く叩いても起きやしない。こんな全身で抱きついててよく眠れるな。起きるまで粘るか。


 *


 結局十分程経ってしまった。取り敢えずシャーレを起こして食堂へ。降りてくるのが遅かったから皆集まっている。


「揃ったか。では出立だ。移動は基本徒歩。森が深くてシャーレには頼り切れないからな。今回は飛べないがシャーレはどうする?」


「昨日おいていかれたから行くー!!」


 いやだって寝てたし興味無いだろうと思って置いていったのだが。


「そうか。では荷物を持って貰おう。食料だ。重いが竜の力なら余裕だろう」


「わかった!!」


「つまみ食いはするなよ。二日分しかない」


「わかってる!!」


 さすがにつまみ食いなんてしないだろう。ただ歩くだけにそんな余裕があるとは思えないが。


「では行こうか」


 *


 鬱蒼と生い茂る木々を掻き分け進んでいく。他四つと違い深い深い森の中にあるらしい。先のアリベルのいた魔王城も森の中にあったがそことは比にならない程深い森だ。少なくともあちらはアイゲム氏の引く馬車が通れるくらいには道が整備されていた。それに対しこちらは太い根がそこらの地面から生え歩くのも精一杯。日の光が入り込まないのか昼だというのに随分と暗い。ずっとそうだったのか地面に生える草は少なく生えている根が見やすいのはありがたいか。


「やはり暗いな。見えないわけではないが明かりがあった方がいいだろう。“日の始(エン・マ)”」


 ポッ、とマオの周りに三個の光の球が浮かび上がる。その光量は程よく、視界を眩ませない程度に遠くを見通せる光だ。これで奇襲は避けられるだろうが向こうからも見つかりやすくなる。まあ見つかっても問題はないだろう。


「おいなにやったこれ」


「ああ、そこいらの空気を光らせただけだが。きちんと追尾してくるぞ。ほらこのように」


 マオが歩くとその後を追随する光の球。凄いな。


「この際一度に三つも魔法使ってるのは何も言わねえけど“日の始(エン・マ)”は体の一部を光らせる魔法だって聞いたんだが」


 その言葉の通りアレンの腕が光る。いつぞやに見たような光だ。


「正確には自身の保有する魔素が発光するだな。で、その保有する魔素は当然体内にあるから体が光る。一部だけ光るのはそこに魔素が集中してるからだな。基本は胸だがお主、右手を怪我したことでもあるのか?」


「あるが……」


「ならその時魔法で治療しただろう。あれは周囲の魔素を取り込ませ肉や骨の代わりをさせるものだからな。傷を直したところというのはどうしても魔素の量が多くなる。もし魔法の詠唱をしてて魔素量が足りないと思ったら自分で傷口を開くといい」


「なんでだよ」


「自身の魔素を周囲に撒けるからだ。詠唱とは周囲の魔素に命令を与えるとともに起点となる自身の魔素を周囲に吐くものだ。魔法名だけを叫ぶ詠唱破棄では完全詠唱と威力に大きく差が出るだろう?あれは単純に吐き出す息の量が異なるからだ。あと詠唱がないから周囲の魔素が命令に反応し辛いというのもあるな」


 それは知らなかった。魔法が使えないからというのもあるが、師匠のしてくれた魔法の話にも含まれていなかったから。


「まあそもそも周囲に魔素がなかったり体内に魔素を保有してない奴もいるが。ああ奴だ」


 どうも喧嘩を売られたらしい。まあ喧嘩がしたいわけでもないが売られたからには買ってやらないこともないが。むしろ買わねば逆に失礼ではなかろうか。


「まあ知っての通り奴にとって魔素は毒だ。水や食料から入ってくる微量の魔素は大丈夫だろうが木水(ゼル・エル)水火(エル・ゼン)といった魔法による魔素の譲渡は普通に死にかねない。というかお主の体から漏れ出る魔素だけで倒れたのだからな。普通の人間では何も問題ない程度の量なのだが」


 心配してくれているだけだった。一応補足するならそのどちらの魔法も発動しない、したとしてもこちらまで届かない。それにアレン以外の人間であれば多少気分が悪くなれどあそこまで酷いことにはならない。それだけアレンが規格外ということだろう。


「すごく興味のあるお話なのだけど誰か代わってくれないかしら」


 少し先行し両手に持った二本の剣で突き出た枝や垂れ下がる蔦を打ち払っていたアリベルが声を上げる。確かに両手に剣を持ち振り続けるというのはかなり疲れるだろう。だが私は鎧に任せて進めるので枝打ち用の鉈など持っていない。なので代われないな、残念ながら。


「俺が代わるよ」


 短剣を引き抜き先頭に立つ。見事な手捌きで進む道に人が二人並べる程度の空間が切り開かれていく。

 そういえばシャーレが静かだな。何をしてるのだろうか。…………見なかったことにしよう。うん。元は竜だしな。飛んでいる虫を捕まえて食べててもおかしくないよな。うん。


 *


 鬱蒼と茂る木々の中では日の光を直接浴びることはない。ここいらの植物は凄まじいもので少しでも日が入る隙間があるのならそこに枝を伸ばし自らの葉を捩じ込む。そうして出来上がった緑の天蓋は地上に居るものに冷酷で、偶に風に吹かれたときしか恵みの光を差し出さない。一晩明けたはずなのにまだ暗闇の中にいた。


「起きたか」


「ああ。一眠りするか?」


 これまで見張りをしていたアレンと交代する。アレンの前に見張りをしていたアリベルはまだ眠っているし、彼が瞼を閉じて休むくらいの時間はあるだろう。それまで周囲を警戒しておく。まあシャーレが寝ているから見張りの必要はないだろうが。警戒心の強い野生動物が寝ているとはいえ竜のそばに近寄るとは思えない。


「なんだ起きて……いや、寝ていないのか」


 アレンと見張りを交代したところ、焚き火跡にマオが座っていた。昨晩見たままの姿勢で、特に眠った様子もない。


「眠る必要がないからな。やろうと思えば出来るが、必要性を感じなかったし少し考え事をしていた」


「考え事?」


「ああ、今後についてな。まあそう大したことでないから気にするな」


 まあ色々あるのだろう。一応ここら一帯を統べているわけだし、そこに厄災の討伐が加わるのだから考えることは多々あるはずだ。イルミナ女史がある程度引き受けてるとはいえマオでしか出来ない仕事もある。イルミナ女史は冗談めかして仕事をしていないというが、別に遊び惚けているわけでもない。悩みは尽きないのだろう。まあ本人は……


「とても悩みがあるようには見えぬか?」


「口に出ていたか?」


「いいや、全く。だがお主わかりやすいな。そんな鎧を着込んで顔まで隠しているのに」


「むしろそちらの方が鋭いのでは」


「それもあるな。こちらは三千年生きているのだ。人の感情の機微はほとんど読み取れる……が、お主は輪をかけてわかりやすい。社交界に出なくて良かったな。出ていたら確実に食い物だ。お主のいた時代でもな」


 まああのとき何も起こらなかったとしても社交界に出れたかは怪しいが。ずっと城の最上階に閉じ込められていて終わりだろう。いや、あの父のことだ。周囲の反対を押し切ってまで無理矢理出そうとするかもしれない。少なくとも私が出たいなどと言っていたら確実に出すだろう。


「そうだな。出れなくて良かった。少なくとも私は社交界に出るよりこうして魔獣を殺す方が性に合ってるようだ。綺羅びやかな衣装よりも土に塗れてでも魔獣を貫く方が心地良い」


「狂っておるのか。いやそうだな、狂っていない奴がこんなところまで来れるわけがないか」


 失礼な物言いだな。私は別に狂ってなどいない。誰しも脅威となる魔獣は忌み嫌うし、殺さなければならないと思うだろう。


「……あーうんそうだな。何を言っても無駄か。それよりその言い方だと何度かそういった場には出たのか」


「ああ。一度戻ったときにな。まあ護衛として潜入するためにだからそこまで派手なものではないが」


「あやつが戻って来た子を放って置くはずがないか。であればある程度の作法は出来るのだな」


「出来る……が、もうほぼ忘れたな」


「そうか。まあいずれそういったところに顔を出すこともあるだろう。少なくともお主は確実にある」


 何故そう断言できるんだ。いや、そうか断言出来るな。私がマオの立場出会ってもそう言うだろう。鬼札は切れる時に切るものだから。


「話込み過ぎたな。そろそろ飯の時間だ。寝ている連中を起こしてこい」


 風に揺られる木々の合間から差す木漏れ日が陽がより高く登った事を示している。朝食を取るにはいい頃合いだろう。話しながら調理していたマオも一段落ついたようだ。


 *


「それでは、開けるぞ」


 木々が生い茂る森の中で不自然に開けた場所。ぽっかりと開いたその場所だけ陽光を恵みとして活用していない。木々の枝も根もその場所だけを避けるように丸く絡み合っている。

 落ちた瓦礫は風化し、丸くなっているというのに雨風の影響を一切受けずに佇む部屋。もう四度も見た光景だが未だに見慣れない。

 雷光が空に立ち昇る。青い青い空に白い光が駆け、遅れて雷鳴が咆哮を上げる。


 扉が開く。中から出てきた男を見て……思わず目を覆った。ちらり、とシャーレの方を除けば近くにいたアリベルによってその目を塞がれてるようだ。本来であれば私の役目だろうが、近くにいなかったのだから仕方ないだろう。


「裸で恥ずかしがるとか生娘かお主。そういう歳でもあるまいに」


「いや、だってそう見せるものでもないし……」


「そこにほぼ裸な奴がおるだろう」


 目線でアリベルの方を示す。一応服は来ているしこれくらいの格好であれば怪我の手当などで見慣れているが流石に完全な裸というのは……


「後で脱いでやろうか」


「子供が人前で脱ぐとか言うな」


 年齢を考えれば子供というわけでもないが……というかお前が脱いだところで何も思わない。


「十七と三千年生きておるのでな」


「十七……?てっきり十三、四だと思っていたが」


「まあ大陸のは背が高いからな。我々は背が低く子供のように見られるのだとか」


 我々…?イルミナ女史や普通の子供を除いてミーンの街の住人や司書は皆平均かそれ以上の身長だし……いや、マオがミーンの出身とは限らないか。


「じゃあお前の同郷は……」


 失敗した。ぞっとするほど冷たい視線。それが物語るのはどの口で言うのかという批判。剥き出しにするというわけでもないが隠すつもりもない荒々しい感情。それらは私が持つ物と根本的に近しく、それでいて向かう先が決定的に違う感情。それを向けられた私は、私自身が他者にそれを向けるからこそ何も言えなくなる。


「あーお嬢さん方。話しているところ悪いが、服をもらえないだろうか。先程の戦いで燃えてしまってな」


「ん、ああ。待っておれ、今用意する。少々大きいと思うが我慢してくれ」


 ごそごそと鞄から服を取り出す。何故男物の服を持っているのだろうか。


「おお、ありがとう。……………まあ少し大きいが問題ないだろう。ではそこの鎧、やろうか」


 は?

「魔法に関しては僕は全て知ってるわけではないからね。マオちゃんも全て知ってるわけじゃないけど僕よりは知識がある。まあ魔法のコンセプト的にマオちゃんが知ってる時点で失敗なんだけど」

「なんでよ」

「それは魔法がマオちゃん達に対抗するために生み出されたものだし。大戦は終わったから問題無いと言えば無いんだけど大戦中に漏れたのが問題。どうせ逃げられないと思ってペラペラ喋ったんだろうねあの馬鹿」

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