其の一
──シアト
朝がきた。外の様子などは見えないが今日もどうせ一切の切れ目ない曇天の朝だろう。
ニ週間前から晴れ間など三日に一回あるかないかという空模様。雨が降ることも少ないがこうも日に当たらないと気が滅入ってくる。三本の川に囲まれているからだろうか。海から遠く離れた大陸中央だというに雨が多い。
少し喉が渇いた。水を貰いに行こ……がっしりとシャーレが抱きついているせいで立ち上がれない。起こさないようにゆっくりと腕を引き剥がして……力強いな。人の形をしていても竜と同じ力を持っているのか。悪戦苦闘しながらもなんとか抜け出したところで戸を叩く音がする。扉を開けてやれば何やら大きな荷物を持ったマオが立っていた。
「生きているか」
「死んでいたら返事も出来ないだろう」
おかしなことを言う奴だ。
それより、マオが部屋に来たのはやはり明日の事についてだろう。明日の四人目の勇者を開放するための話しあい。
「いやなに、他の奴らが暑くて死ぬなどとほざいていたのでな。魔法で氷くらい作れるだろうに。……そういえばお主はそういったことを言わないな。暑くないのか?」
「湿気が酷いことを除けばまあ快適だな。特に暑いとは思わない」
まあ窓も何もない部屋で熱も湿気も籠もるのは当然だと思うが。
「シャーレの方は魘されてるようだが」
見れば眠っているシャーレは暑いのか魘されてる。先程隣で目覚めたときには安らかに寝息をたてていたのに。というか毎日毎日座って眠っていたはずなのに朝起きたときには布団に引き摺り込まれているのはなんなんだ。シャーレが寝惚けているのだろうか。………引きずり込まれても気づかないのは油断があるからか。
「………一応この部屋にも魔具を置いておこうか」
抱えた箱から何やら丸い物を取り出す。箱の大きさに比べて小さいことからあの箱の中には幾つも入ってるようだ。他の部屋に置く分だろう。
「これは魔導式扇風機という。ここの魔石に水火の魔法を使うと羽が回り風が起こる。残念ながら出力の切り替えも出来んし魔素がそのまま流れていくので魔力を込めた時から回り続けるがな。時間はそやつの魔素量にもよるが始級を使う時に込める魔素がおよそ三十分ほどの稼働時間でそこから級が上がるにつれ一時間前後伸びていくはずだ」
いやこれって……
「ああ、結構高額だから扱いには気をつけてくれ。導線に使ったカンベール魔導鉱がかなり値が張るのでな。いやしかし最初は十級でも五時間と持たなかったがそこから倍の時間になったのはこのカンベール魔導鉱の発見があったからで……」
「なあマオ、私もシャーレも魔法を使えないんだが」
「あっ……」
まあ私達が特別おかしいのであって本来魔法は誰にでも使えるもの。この魔具は数を用意したのは最近だろうが作り始めたのはかなり前からだろうしその理念からして恐らく誰にでも使えるようにという意図があったのだろう。
「あーっと、改善策を考えておく。どうせ風力の増加に値段を抑えたりとやることはまだあるしな」
「別の魔石を当てたら動いたりしないのか?」
「魔石から魔石に魔素を移すのは難しくてな。今は出来ないのだ。とりあえず考えておくから先に降りていろ」
「ああ。分かった」
改善されるようなので任せて食堂へ降りる。まあ私はいらないがシャーレが暑そうだしあった方がいいか。
「……珍しい。今日はキノッソス氏はいなのか」
「キノッソスなら夕方までいませんよ。月一度の料理教室をやりますからね今日。私は学舎の方が休みなので代わりに食堂を受け持ってるわけです。仕事も一段落しましたし」
食堂にはイルミナ女史がいた。キノッソスは料理教室とやらでいないそうだ。少し興味があるな。今日は恐らく明日の話をして終わりだろうし後で行ってみるか。
「あら、イルミナさんじゃない」
「アリベルさん。この前はありがとう御座いました」
「こちらこそ。楽しかったし、またいつでも呼んでね」
何かあったのだろうか。やけに親密な様子で……一月前からいた私よりも距離が近いというか……いやイルミナ女史自体大図書館の方ではあまり見かけないから学舎の方か?
「なんだ、なんかあったのか?」
「ええ、これまでやって来なかったのですが歌や踊りといった教養も必要かと思いましてアリベルさんに講師をお願いしたんですよ」
「お願いされたわ。歌は教えられなかったけれど、子供に教えるというのも面白いものね」
「………そうでしょうかね」
なんか黒いものが見えた気がする……いや気の所為だろう。マオも降りてきたしこの話題はここで終わりだ。
「ん、揃っておるな。イルミナ、軽くつまめるもので頼む」
「わかりました」
イルミナ女史が厨房へ消える。これがキノッソスなら一言二言言いながら結局作るが彼女であればそういった言葉はない。付き合いの差だろうか。
「さて、本題に入ろうか。次に開放するのは水の勇者ガレウスだ」
「どんな勇者なんだ?」
それは気になるな。実際に蓋を開けて見ればこんなんだったりするし。
「……なんだよ」
「いや、なんでも」
「続けるぞ。この勇者ガレウスについてだがな。全くもって何もわからん」
わからないのか。
「どうしてだ?そこの鎧ですらそれなりにわかったんだろ?」
「いや此奴やお主の様にそれなりに親密な者と接触できるのは難しくてな。アリベルとガレウスは特に苦労した」
確かに、勇者に対する変質的な執着は伝わってなかったようだからな。
「今ガレウスについてわかっていることはシアト、お主に近いというところか。没落した貴族の次男で家系唯一の生き残り。数年山で師に教えられ師の死を機に帝都へ出てから魔王を討伐。そして魔獣を憎んでいる。どうだ?お主とどことなく似ている境遇ではないか」
確かに、どことなく似ている。だが───
「それがどうした?」
「む、共感して接しやすくなると思ったのだがな」
そんなわけないだろう。まあ不幸な人生だなくらいには思わなくはないが、向こうがそう思っているかはまた別だ。私だって歩んだ人生を不幸だ等と言われたら怒るだろう………いや納得してしまうかもしれないな。歩んできた時は何も感じなかったが客観的に見たら悲劇の部類か。
「それで出発は」
「明日の朝。そして魔王城前で一泊して明後日の早朝に迎い入れ昼頃に帰ってくる」
まあつまりはいつものやつか。いやアリベルは早朝出発してそのまますぐ帰ってきたからいつもではないな。最初から着いて行ったのはアレンのときだけだし。そもそも勇者の開放はまだ三回しか行っていないのだから定番も何もないしあと二回で終わるのだから定着することもない。
「ああ、今回シャーレが入り込めないくらい深い森の中だから、基本徒歩移動だ。全員朝は遅れないように。まあ伝えておくのはこれくらいだな。じゃあ各自一泊分の準備をしておくように」
と言われてもな。例によって準備は終わっている、というよりこの前出てから荷物そのまま放ってあるので特別何か足す必要があるわけでもない。昨日広げて確認したが特に壊れたものもないので今日一日空くことになる。
であれば先程イルミナ女史が言っていたキノッソスの料理教室にでも言ってみるか。………料理する機会なんてそんなにないし野宿のときとかでも焼くか煮れば大抵食べられるようになるし………いや、引き出しは多い方がいいか。
「お待たせしました。軽くつまめるものでしたので簡単なものではありますがサンドイッチを作ったのですがどうでしょうか」
「ああ、ありがとう。そこに置いておいてくれ」
机の上に置かれたのは一口程度に切り分けられたサンドイッチ。楊枝で止めてあり摘めるようになっている。師匠が朝によく作っていたがそれとは彩り、味、歯応えと完成度が段違い。いやあちらも十分美味しかったがこちらとは比べるべくもない。すでに話終えたからというのもあるだろうが皆黙々と、しかし凄まじい勢いで食べている。
「おかわりあるかしら」
「あ、じゃあ俺はもっとがっつりしたものが食べたい」
キノッソスの腕も確かであるが、その料理の師というだけあって皆二杯目を頼む。まあキノッソスが料理番の時も頼んではいたのだが勢いが違う。ああそうだ。シャーレの分ももらわないと。眠ってるからといえ何もなしは可哀想だろう。
「私もおかわりを貰いたい。あとシャーレの分も頼めるだろうか」
*
冒険者組合。ここに来るのも久しぶり、というか冒険者証を取った時以来だから一月ぶりか?いや、アレンが来たときにシャヘルの遺跡調査依頼の報告に着いていったか。
まあそんな場所に訪れたのはここでキノッソスの料理教室を行うと聞いたからだ。午前中は冒険者向けの野食の作り方や保存食の調理の仕方を冒険者組合で教え、午後は家庭で簡単に作れる料理を商業組合の方で教えるという。……大図書館と商業組合の仲は悪かった気がするが大丈夫なのだろうか。
「よお、あんたも来るんだな」
中に入ると、扉の横に立っていた男に声をかけられる。どこかで見たことあるような……ああ、あれだ、冒険者証を取るときに戦った試験官。
「えーっと、そうだガッセル。合ってるか?」
「ああ、覚えていてくれてありがとよ。で、あんたは手伝いに来たのか?」
「いや普通に客として来た」
「そうか。なら俺が手伝いやってるから何かあったら頼ってくれ」
そうか。知り合いが居てくれるなら心強い。
「じゃ、あとちょっとで始まるから座って待っててくれ」
案内された通りに進む。案内された先は大部屋になっており、すでに二十人ほどが座っていた。ざっと見回しただけでも剣士に槍使い、大盾を背負った鎧に魔法使いらしき杖を背負ったもの。心なしか男性の方が多いが女性の数もあまり変わらない。あの小汚い屋敷が本拠地だった頃の冒険者組合は女性の比率なんて圧倒的に少なくてそのうえ大半が男以上に粗野な連中ばかりだった。知ってる中でまともなのは“山猫団”の皆くらいで───あと誰か居たような。
「よおし、時間だてめえら。席につけ」
前方の扉から入ってきたキノッソスだがなんか雰囲気違うな。外行き、というやつだろうか。
「見慣れた顔もちらほらいるがとりあえず始めましてだ。今日講師を務めるキノッソスっていう。普段は大図書館の方にいるからなんかあったらそっちに来てくれ」
あ、多分気付かれてないな。いや気付かれていたらあの態度も崩れていたかもしれないからこれでいいのか。
授業は淡々と続いていく。
「シャーレが魔法使えないってどういうことよ。竜に変身してたりするじゃない」
「あれは既に完成された魔法をシャーレをコアとして展開してるだけだからね。服を着れるからといって服を縫えるわけじゃないでしょ?」
「大抵の人は縫えると思うけど」
「僕は縫えないからね。不器用な人ってのはいるのよ」
「だからそんな布巻き付けただけの格好してるのね。鉄は曲げられるくせに」
「まあね」




