其の四
──アリベル
「ええ、初めましてマオさん。ところで今どうなってるの?」
この剣があの子を切り裂いたと思えばその胸から光が溢れたところで一瞬記憶が途切れたわ。今は現状の把握に努める必要があるでしょうね。
「今はお主が魔王を倒してから一七二三年経った時代だ。と言っても実感はないだろうが」
「そうね。私からしたらつい先ほど戦いが終わったばかりだし」
一七二三年……そんなに経っていたのね。私が気を失ってた一瞬のうちに時間が跳んだ……違うわね、多分時間が止まってる。
「だろうな。混乱するだろうが詳しい話は後でする。とりあえずついて来てくれ」
仔細は後で話すと言われても……ついて行くには胡散臭過ぎる。
ふと、彼女の後ろに居る人物に目が止まる。
「……そちらの方は?」
「お主の前の二人だ。その存在の正しさはお主自身が証明するだろう」
……確かに、私自身の体験が彼らを予想通りの人物であると示している。彼らが私の思う人物だと言うならついて行っても良さそうかしら。
*
──シアト
視界の点滅も治まり、はっきり明瞭に見えてくる。
マオの前に立っているのは胸と腰に布を巻き付けただけの半裸の女性。腰帯に左右三本ずつ、計六本の剣を差している。異様なのはそのうち四本の剣の柄に結ばれた紐だろうか。彼女の身長の倍はあるだろう紐は片方が剣に結ばれ、もう片方は彼女の着けている首輪に繋がれ、垂れた部分が地面を掠めている。
同じく剣を扱う者としてまじまじと眺めていると話が終わったのか二人並んでこちらに並んで来た。
「おう村長さん、終わったか」
「ああ、一応な。詳しい話は後ですることになった。お主はシャーレに乗って彼女と共に先に帰っていろ」
シャーレの主は私のはずなんだが。
「えっと、その前に紹介して貰えるかしら?」
そういえば彼女の名前も知らないな。先に名乗っておくべきだった。
「ああ、忘れていた。こっちがシアトでこっちがアレンだ。それで彼女がアリベルだ。以上」
「よろしく」
「ええ、よろしくね」
紹介にしては少々簡素過ぎる紹介を受け、各々挨拶を交わす。
……そういえばシャーレはさっきから静かだな。そう思い周囲を見渡すと木陰で寝ている姿が見えた。こいついつも寝るか食うかしてるな。
「起きろ、帰るぞ」
「ん……先生…?」
軽く揺すってみるが寝惚けているのかマオと見間違えているようだ。
「違う。ほら起きろ。帰って飯にしよう」
「ご飯!!」
食い意地の張ったやつめ。
「帰ったらキノッソス氏に作って貰え。それよりシャーレ、あの二人を連れて先に帰っていてくれ。そしてまた戻って……」
「戻って来る必要はない。二人と先に帰ってキノッソスあたりに飯を作って貰え。我々は後から追う」
我々…?
「待て我々とは……」
「行ってこい」
「行って来る!!!』
そう言いながらに煙を上げ竜の姿になるシャーレ。
先ほどもそうだが今までよりも素早く変身出来るようになっている。
「わ、竜になった」
「まあ、初めて見ると驚くよな」
竜は空に吼える。初めて見る人がいるから演技だろうか。うるさい。
シャーレが二人を乗せて飛び立って行く。その姿が小さくなり、見えなくなるまで見送った。
「で、なぜ私を残した?」
「いやなに、不満は早く解消するべきだと思ってな。言いたいことがあるのだろう?」
言いたいこと……無いわけではない───吐き捨てるほどあるが、全て飲み込む。多分今マオが求めてるのは話合いではなく、もっと手っ取り早い方法だろう。
「きっと何か考えがあってあんなことをしたのだろうというのは分かる。だが私は誰かを殺すのも、私のせいで誰かが死ぬのも嫌だ。……だから一発だ。明日戦えないと言われても困るし一撃入れたら満足する」
「それで気が済むなら何度でも殴るがよい。騙す様な形ではあったしな」
「なら歯、食いしばれ」
一歩力強く踏み込む。地面を固く踏みしめ、上体を逸らし腰を捻る。
「なあお主結構本気の───」
何かに弾かれる様に、それら全てを元に戻す。自分でも感じられるほど凄まじい速度で振るわれた拳がマオの頬を打ち抜いた。小柄な体が宙を舞いゴロゴロと転がっていく。手応えから歯の二、三本は砕けてるが、問題はないだろう。
「痛いではないか。まさか本気で殴るとは」
現に何もなかったかの様に立ち上がっている。当然の如く頬に殴られた跡はなく、喋り方にもおかしなところはない。
「かなり良いのが入ったと思ったのだがな。やはり効かないか」
「いやいや、よく効いたとも。だが■■を纏っていない攻撃ではすぐ回復出来るのでな。それで、気はすんだか」
「いや全く。だが一発と言ったのでな」
「これで勘弁してくれると。ありがたいな。……では帰るか」
帰る…どうやって?シャーレは戻って来ないし、歩いて帰るには夜になってしまう。おまけにここらは先ほど撒いた血のせいで魔生が集まって来るらしい。マオとしてはそれでも問題ないだろうが暗い中多数の相手と戦うのは避けたい。
「言ったではないか。お主といた方が楽だと」
そう言うや否や目にも止まらぬ速さで目の前に立ち、抱きついてくる。いや、しがみついてると言った方が正しいか。
この感じまさか──
*
「水、のみます?」
「ありがたく…いただ…こう……」
もう二度と空は飛びたくない。地べたに寝ながらこう思うのも今日で二回目だな。
門の守衛が差し出してくれた水を飲みながらマオの方を睨み付ける。
「どうした?そんなに見つめて」
分かってて言ってるだろ。
わざわざ無駄に回ったりしておいて覚えがないとは言わせない。
「顔を傷物にしてくれた礼だ」
「傷…ないじゃ……ないか」
まったく理不尽だ。
まあ色々あったが先に帰っていた三人と大図書館の入り口で無事?合流し、食堂にて卓を囲む。
「改めて、我が名はマオ。こっちの鎧がシアトでそっちのならず者擬きがアレンだ」
「誰がならず者擬きだ」
格好だけ見ればそうではあると思う。そんないかにもな服装をした奴は昔の冒険者組合にうようよ居た。
「で、こっちはアリベル。見ての通り歌って踊れる感じの剣士だ」
「私歌からっきしなんだけど……」
歌は駄目らしいが見た目の通り踊りはできるという。酒場に連れて行かれたときに見た踊り子も歌は別の人に任せていた気がする。かなりうろ覚えの記憶だが。
「そうか……一応教えるくらいなら出来るぞ。歌はそれなりに得意だからな」
やけに強調してくる。そんなに歌に自信があるのだろうか。しかし一月ほどこの大図書館にいるが彼女が歌うのを聞いたことがない。いや人前で歌う機会などそうそうないが。
「話を戻そう。あっちの厨房で料理してるのがキノッソスという。他にもいるがそれは追々な。今いない奴を紹介しても仕方ないだろう」
司書達のことだろう。そういえば私も全員に会ったことはないな。大図書館の中にいても全く出会わないどころか気配すら感じない。
「マオ、司書は何人ほどいるのだ」
「あー、今出払っていていない奴は省いて……そうだな、九人か。キノッソスとイルミナは司書とは別の仕事をしてるから除くと七人だな」
七人でこの規模の施設を回しているのか。
一つの階につき三十前後の部屋。それが九階分。一階は居住区なので除いたとしても一人一階では一つ余る。ましてや三十の部屋など一人で管理できるようなものではない。以前のシャヘル女史の口振りから司書の仕事は交代制のようだし実際に動くのはもっと少ないだろうに、それでよく回してこれたな。
「七人でこの大きさの建物を動かしてるの?すごいわね。人を雇ったりしないの?」
「しないな。魔人と普通の人では出来ることが違い過ぎるし、何より不和が生まれる」
そういえば前に目的に適した人材を集めた結果魔人ばかりが集まったとか言っていたな。目的は厄災の討伐としてそれに合った人材が魔人ばかり……?勇者は厄災を討伐するために呼ばれたはずだから厄災の直接的な討伐は勇者が担うので魔人は支援をするのだろうか。であれば別に魔人でなくて……
「それで、ご注文はお決まりですかねお客さま方。また話がそれてますよ」
確かに、今回の目的は勇者について出会って司書についてではなかったな。
「じゃあこのカルボナーラってやつで頼むわ」
「軽いもので頼む。どんなのでも構わない」
「ハンバーグ!!!」
「ああ、こいつがキノッソス。大図書館のなかで二人いる司書以外の魔人のうち一人の料理人だ。まあ面倒だから司書と呼ぶがな。あ、我は何でもいい」
「注文…?あ、これね。じゃあ……このとんかつ定食ってのが気になるわね」
「了解。何でも良いとか言った二人は何出ても文句言うなよ」
言わないさ。訓練のなかで虫までなら食べられる様になったし、土とか岩とか大概のものでなければ食べられる。まあそんなもの出てくるとは思わないが。
ゆっくりと厨房に戻るキノッソスの背中を見送る。
「さて、話を戻そう。我々の目的はいずれ目覚める厄災の討伐だ」
「厄災?」
「五人の英雄の話は知っているか?」
「えっと……五人の勇者が魔物を倒しに東に向かうお話だっけ」
大分話が変わっている。千年も開けばそんなものか。むしろ千年経っても形が残っていることが凄いのか。
「まあざっくり言えばそんな感じか。正確には───」
マオが詳細を聞かせる。私が覚えているものと同じ内容だ。
「───とまあこんなところだ。この厄災の討伐が我々の目標であり勇者が呼ばれた理由だ。何か質問はあるか?」
「なんで勇者は五人なの?厄災に合わせているなら四人でいいじゃない。魔王一人に付き勇者一人なら五人いることになるわ」
それは恐らく───
「勇者を五人の英雄の話になぞらえたかったのだろ。かつての伝承をなぞることでその名に箔が付くし、何よりこの伝説を風化させたく無かった。そうだろう、マオ」
「そうだな。その最後だけでもいいから彼らの事を知っていて欲しい。あるいは──いや、なんでもない」
なにかを言いたげにこちらを見るマオ。しかしその言葉は飲み込まれてしまった。
魔王は厄災と同じ特性を持たせたというようなことを言って居た気がする。であればそれぞれの勇者はそれぞれの英雄に対応していて……戦った魔王と伝承を照らし合わせるなら、私はマオのようにどの厄災とも相打ちにならず、最後に語り継ぐ立ち位置になるのだろうか。いや、誰も死なせなければ良いのか。
「その口ぶりからして貴女もしかして」
「そうだな、最後の死に損ないだ。……さてと、我々の目的は理解してくれたか?」
「ええ、協力させてもらうわ」
「すんなり飲み込んでくれて有り難いな。では早速明日の朝お主のいた魔王城に戻る。人に害を為す魔生どもが集まっているからその掃討だな。ついでにお主の戦闘能力も直接見たい」
人に害を為すなどと自分で誘き寄せておいてよく言う。
「はいよ、軽いのだからお粥でいいだろ。それとカルボナーラにハンバーグ。とんかつは今から揚げるから待っててくれ」
「我のは?」
「館長のはちょっと時間かかるから待っててくれ」
「おい、何を作るつもりだ」
「大工連中からもっと量が欲しいって頼まれてな。一つの料理だけじゃ飽きるだろうから色々な組み合わせを試して見ようと思ってるんだ。食べたら感想と改善点教えてくれ」
「イルミナにでも頼め!!!」
「もう頼んだわ!!!」
仲良いな。
ちなみにイルミナ女史はしっかり全部食べてくれるらしい。食べたあとは食べすぎで気分が悪そうになるのでやめたんだとか。
「マオちゃんは頭が吹き飛ばされようが体が粉々になろうが生き返るよ。■■で殺すか魂を別の入れ物に封じ込めないと死なないね」
「何よそのインチキは」
「キョウカちゃんも同じじゃん」
「私はまだ人間よ」
「……まだね」
「…貴女の方が人間じゃないでしょ」
「いや僕は誰より人間だよ。むしろ人間は唯一僕だけと言ってもいい。僕の知る人間は魔法も超能力も使えないんだから」




