其の十
目の前で親殺してそれ食わせようとするとかフェルディナンド最低か?
「……っ」
体を傾け、なんとか回避を試みる。まだ十全に動くわけではないがそれでも出来る限り。
ガキリ、と嫌な音がして牙と鎧が混じり合う。首元から僅かにずれた牙が鎧を貫き、肩に深々と………
「あ…?」
肩に牙が突き刺さることはなく、ぽろぽろとこぼれ落ちる。
何が起きたのか理解出来ないと言った、間の抜けた一拍。たった一拍。牙という武器を一つ失った動揺に対してはかなり少ない時間。その時間で方針を変えたのかその顎で挟み大きく振り上げ、兎共のいる場所へと放り投げようとする。
なんとか振り落とされまいとするも、まだ完全に動けるわけではなく、僅かばかりの抵抗としてその顎を片側握り潰す。その痛みからか挟む力が弱くなるも慣性に引かれるままに転がって行く。
再びの兎団子。まだ体は動かないが手元にきた兎ぐらいは握り潰す。籠手はまだ熱いのか肉が焼ける匂いと共に血が蒸発していく。そんな風に死んだ仲間を見ても恐れず突っ込んで来る兎共。
極まった人間は怖いと師匠が言っていたがそれは魔生とかいうよくわからない生物にも当てはまるようだ。
「………まあ、魔獣みたいなものだし……」
また近付くものを焼いて行く。だんだん火力も落ちてきた。さすがにもう握撃では倒せなくなったが体も動けるようになっている。立ち上がり一体一体を殴りその数を減らしていくしかないか。
「………面倒」
*
──アレン
下顎は片側砕けて焼け爛れ、牙も抜け落ちた。満身創痍、というには少し元気が余ってるようだがあの傷は魔獣であってもそうすぐには癒えるまい。魔獣は牙が抜けて怯んだのか先程のように飛び掛かっては来ず、様子を見ている。
「お客人、大きいの入れるっす。少し時間稼いで貰って良いっすか?」
「どのくらいだ」
「三十秒」
「わかった。やる」
両手に持った短剣を握り直す。三十秒。それだけ稼げばいい。向こうにも後ろにも行かないように押さえるだけ。
「っしゃあ!!」
魔獣のその顔目掛けて走り出す。左に逃げようとするが遅い、刃が届く。
「偉大なるその名を称え───」
あっちも始まったようだ。この詠唱が終われば片が着くのだろう。
右から左から来る爪を捌き、その目に短剣を突き刺す。浅く刺さっただけであるので魔獣であればすぐ修復させてしまうだろうが──
「一秒でも稼げればいいんでな」
左の前足にもう片方の短剣を突き立てる。その硬い毛皮に阻まれ刃の通りは悪く少ししか刺さらない。それでも魔獣にとってはかなりの痛手だったようで、小さく呻きを上げる。
「このまま倒しちまっても──」
ダメか。刺さった短剣を二本とも振り払い、大きく右に左に跳びはね、牙のなくなったその顎でなお食らい付こうとする。その満身創痍とは思えないほど軽快な動きは目で追うのが精一杯で、避けることは難しく───
「いった!!」
左の腕を噛まれた。牙がないため大きな傷はないが、噛み付く顎の力だけで骨を折りに来ている。魔素が外に漏れでないように体を覆っている結界がなければ、骨に皹は入っていただろう。
「──っ、存分に喰らえよ!!!」
怪我を承知で結界を解除する。溢れでる黄色い魔素。
「“木水の始”ァ!!!」
漂う魔素が噛まれた左腕に集まり、その色を変えていく。黄、緑、青、そして紫。
“木水の始”は最下級の回復魔法。それも効果の落ちる短縮詠唱だが、これだけの──人が一生をかけて貯められる分より多くの魔素を用いて使用したなら、頭が潰れたくらいの傷なら即座に回復出来るだろう。しかしそれは───
「いくら魔獣が魔素を食らうったって限度があんだろ!!」
それは毒。人を癒すというのは人を殺すということの裏返し。余りに過剰な癒しは、怪我を癒した後も魔素により体を作り続けやがて死に至らしめる。
魔獣は魔素を糧に生きているとはいえこれだけの量を一度に取り込めば死ぬまでは行かずとも大きく弱体化させられるだろう。事実、紫の光を飲み込んだ魔獣の顎が見る間に皮膚が治り、折れてた骨が元通りになり、牙が生え直り───そしてぐじゅり、ぐじゅりと音を立てて腫れ上がり、桃色の肉と白い油が入り雑じる醜い肉塊へと変わる。
変化はそれだけでは終わらず、その前足も同じように膨らみ、耳からは大量の血を流し片眼は潰れ、残った目も眼窩から転げ落ちて垂れ下がり、地面の少し上を漂っている。下半身は体毛がまばらに残り、所々の肉が腐り落ちていた。
それでもまだ暴れるだけの体力は残ってるようで肉で牙が埋もれるような顎でも、喉を噛み切ろうと襲いかかってくる。折れ曲がり、あらぬ方向を向いた爪でなお切りかかってくる。
「おいおい、まだ動けるのかよ!」
右払い、左払い、噛み付きからの体当たり。避けるのが精一杯だ。
「─を語り継ぎ!お客人!!準備出来たっす!狙いつかないんで一ヶ所に留めて置いてくださいっす!!」
「無茶言うな!!!」
無茶言うな!!!!!こんな暴れまわるやつを足止め出来るか!!クソッ、肉が腐ってるのに機敏だな!
短剣で右の爪を払えば左の、かと思えば噛み付きが、休む暇なく襲ってくる。小賢しいことに俺がシャヘルの方に背中を向けることになるように。
「お客人!早く!もう限界っすよ!!」
そうは言っても───
その時、どこからか飛んできた兎が魔獣の体にぶつかった。その勢いによろめいた隙を見逃さず、足を払って転ばせその場から離脱する。
「“火日の十”!!!!!」
シャヘルの手から巨大な光線が放たれる。七色に輝くその光は魔獣と魔生一匹を蒸発させ、その場には魔石のみが残された。
*
──シアト
殴り飛ばした兎は狙い通り魔獣に当たったらしい。あちらは終わったようだ。こちらも終えなければ。
「幻想叶えて真理の棺。目蓋開く喜び、未知満ちた未来。焔揺らいですなわち人。仮説帰りて真理に納まる。理装幻系:“七棺”《深紅の棺:結実》」
今度は周りに気を使う必要がないので少し長く続けられるか。
拳が炎を纏う。その熱で地面が焼け硝子のようになるが不思議と暑くはない。もう十体も残っていない兎を一匹残らず焼き尽くしたあと、ゆっくりと熱を抜いていく。再びの脱力感。ぐらりと倒れ込む。
「“水の始”」
上から大量の水。冷たい。
「おい、大丈夫か?」
「………なんか体の奥が熱いんだが」
「あー、毒食らったっすかね。あれだけ殴ってれば少しくらいは鎧の隙間に入っちまいますよ」
「どんな毒なんだ」
「……魔生は種によって毒が違うっすが……兎は媚毒だったはずっす」
媚毒?どういった毒だ?
「といっても少量だし問題はないと思うっすよ」
「そうか。なら説教だな。勝手に飛び出しやがって」
え?一時間近く……動けるようになってからは正座させられ怒られ続けた。
残った兎の死体はシャヘル女史が回収し、小遣い稼ぎに売り捌くらしい。
「この作者イルミナさんの設定をド忘れして本気でフェルディナンドきしょいって思ったからね。全部ブーメランだよ。ちなみにティコはイベスト読んだあとに引けたからフェイトエピソードでもう一回ブーメラン投げたよ」
「なんの話よ」
「自分で作った設定も覚えていられないのに他人の行動に嫌悪感を示す低脳の話とグラ◯ルの話」




