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偽典-英雄邪道-  作者: あしゅけーね
毒の勇者
25/54

其の九

 中に入ると言われていた通りに階段があった。そこまで深くはなさそうだ。


「カビくせえな」


「三十年も放置されてたらそうっすよ」


 そうか?あまり臭わないが……嗅覚が敏感なのだろう。私にはわからないことも感じ取れるのかもしれない。


「とりあえず入るっす。鍵が壊れていて扉は簡単に開くんで先入っててください。五分くらいしたら行くので」


「五分も何をするんだ?」


「ここに貯まった魔素を使うっす。正確には魔法で風を起こして追い出すって感じっすね。あとから広間の魔素を出す時ここに魔素が貯まってると面倒っすから」


「わかった。私たちは何か異常がないか探せばいいのだったな」


「そうっす。ほとんどの機能も死んでるみたいで特に危険なものもないっすけど気を付けて」


「わかった。んじゃ、俺が開ける。毒とかは効かねえし、矢くらいなら避けられる」


「そこまで大げさなものはないっすよ。あたしだって一回来てるんすから。まあ一番背があるのでお願いするっすが」


 アレンが上下に噛んだ扉を開く。その重厚な見た目とは裏腹に、扉はするりと滑らかに開いた。

 確かに、この高さならシャヘル女史では届かなさそうだ。

 中は薄暗く、射し込む日の光も吸い込まれていく。

 松明を取り出し、火をつけ……


「待った。その必要はねえ」


「……どういう…」


「それじゃ、行ってくる」


「行ってらっしゃいっす。すぐ追い付くっすよ」


 *


「……暗いな。それで、何か考えがあるのだろう?」


「まあ見てろって。偉大なるその名を称え、身を捧ぐ我に恵みの陽をお与えください。“日の始(エン・マ)”」


 アレンの腕が光る。その光量は凄まじく決して狭くはない部屋の隅々までが照らされた。


「魔法か。良いな。やはりこういう時は便利だ」


「………さっきの松明くれ。さすがにこのままは動きにくい」


「あ、ああ。……私には触るなよ。消えるぞ、その光」


 しまう機会を逃し、手に持ったままになっていた松明を渡す。


「おう、ありがとよ。……偉大なるその名を称え、身を捧ぐ我に恵みの水と火をお与えください。今日を生きる我々に。暗きを生きる我々に。嘆きに落ちた我々に。“水火の三(エル・ゼン・ケ)”」


 アレンの腕の輝きが、まるで川に流れるように松明の先に流れ込み、火を越える明るさで周囲を照らす。

 先程と異なり隅の方には少し影が見えるが、まるで地下の明るさとは思えない程はっきりと物を見ることができる。


「とりあえず一時間は持つはずだ。弱くなって来たら掛け直す」


「やはり便利だな、魔法」


 私も使ってみたい。

 火打石を持たずに火を付けたり、いちいち補給のために街によらなくてすんだり、より多彩な戦闘手段がとれたり…良いな。便利だ。


「そうか?俺はあんたの魔法を打ち消す体質の方が羨ましいがな。少なくとも気兼ねなく人と触れ合えるわけだし」


「……触れないのか?」


「まあ、直には無理だな。今は魔法で作った膜で体覆って魔素を消費しつつ漏れないようにしてるから一応握手くらいなら出来るが」


 そうこう言っている間に広間の点検が終わる。

 ここから繋がる各小部屋の方も報告にない罅や破損は特に見られない。


「終わったっすか?」


「ああ。特に異常はない」


「こっちもだ」


「ならこっちも魔素吐き出すっす。こっちはおっきめの魔法使えるのですぐっすよ──偉大なるその名を称え、身を捧ぐ我に恵みの火と土をお与えください。今日を生きる我々に。暗きを生きる我々に。嘆きに落ちた我々に。明日よりの光を。輝ける未来を。そこに後悔はなく《火土の六(ゼン・ゼレ・クオ)》」


 暴風が吹き荒れる。空気を飲み込み、空間そのものを食らうような可視化された暴風。渦巻き、球をなす。

 それは辺りの空気を食らい尽くすと、ゆったりと唸りをあげながら扉から出て行った。


「……やはり魔法は使えた方がいいのでは」


 そんな呟きが漏れてしまうのも仕方のない光景だったろう。


「ふぅ……終わりっすね。帰って食事でもどうっすか?」


「なあこれ俺たち要るか?」


「人払いがしたかったのでは?何か問題でも起きていたのかもしれない」


 そう思ってしまうくらいには呆気なかった。

 一応仕事はしたが一人でも十分な量だ。私達が居たからと言って別に何か変わったわけではない。


「あたしは何も聞いてないっす。結構秘密主義っすからね館長」


 まあ何か考えがあるのだろう。意味のないことをするとは思えない。シャーレだけ呼ばれたのも何か……


「……?どうした」


 地上を前にして二人が急に立ち止まる。何か見つけたのだろうか。


「なんか……変な匂いしねえか?」


「嫌な匂いがするっす。なんだろ…血……っすかね」


 血…?誰か傷ついてるのか!?なら助けに行かないと……


「待て」


「待つっす」


 二人から静止が入る。誰か怪我をしている……それも血の匂いが漂ってくるほどの大怪我であれば早急に手当てしなければ手遅れになってしまう。


「なぜだ」


「罠っぽいっす。鮮血の匂いじゃないというか…」


「なんつうか、腐ってる感じがする。肉が腐った臭いだ。あらかじめ用意していたものが暑さで腐った、とかか。そもそも人間のものかも怪しい。」


「獣臭はしないっすね……いや、これは……魔獣?」


 っ魔獣!?なら倒さなければ!!魔獣は絶対に…!


「あっ、おい待て!飛び出すな!」


 階段を駆け上がり、日の差す地上へ。

 そこには下顎が二つに割れた狼のような魔獣と、子供程度の大きさの二足で立つ兎のようなものが数十匹。その足元には女性の死体が横たわっている。言われた通り死後数日経っているのか、虫がたかっていた。そして………


「上から血を掛けたのか……人を誘き寄せるために…」


 だとしたら悪辣が過ぎる。もはや獣のそれではない。人間だ。人間の出来る悪辣さだ。いや、そちらの方が良かったかもしれない。誰かが私達にあわせるための魔獣を誘き寄せるために人間の死体を用意したとしたら……だが現状そんなことをする人物に心当たりはないし、される謂われもない。

 そして何より今重要なのはそんなことではない。


「…っ!ひっでえな」


「来るぞ」


 兎のような何かが散開する。

 ゆったりとその中心に立つように魔獣が前に進み、唸りを上げた。


「見りゃわかる。ところでなんだ周りの」


「わからない。だが全員殺せば済む話」


 こちらも応じて拳を上げる。

 日を浴びて赤く輝く籠手と、白く光る牙。

 じっと互いを見つめる。

 一瞬。

 風が吹いた。


「っふ!」


 まるで風に乗ったかのような速度で駆けてくるその横面をかろうじて殴り飛ばす。力を込められなかったとはいえ、全く効いていない様子ですぐ真横を駆け抜けて行く魔獣。攻撃にしては殺意というか、気迫のようなものが薄く、牙も爪も向けられなかった。


「わぁあ!!!」


 …!狙いは私じゃなくシャヘル女史か!!

 まずい、魔法使いのシャヘル女史じゃ近接戦は不利なはず…!

 すぐに助けに……クソっ、兎みたいな奴らが群がってきて鬱陶しい!!


「邪魔だ!………アレン!」


「こっちも無理だ!こいつら足止めに徹底してやがる!」


 右から左からただしがみついては振り落とされ、また登ってくる。

 手に足に纏わり付き、まるで前に進めない。


「シャヘ……」


「嘗めるなっ、す!!!」


 見れば魔獣の顎を殴り上げ、怯ませたシャヘル女史の姿が。その頭には獣の耳が付き、腰からは縞模様の特徴的な尾が生えている。


「お二人とも!そいつらは魔生っす!魔獣と違って死んでも消えないし血を流すっす!!その血は毒みたいなもんなんで気をつけて!!」


 血が毒……厄介だな。

 殺すに殺せず、一歩たりとも動けなくなる。

 シャヘル女史の方も善戦はしているがやはり分が悪いのか次第次第に押されていく。


「アレン!こいつらは私がやる!シャヘル女史の方へ!」


「そうは言っても、だな!こんな、状況、じゃ!だあクソっ!!邪魔!」


 ああ、拳にしておいて良かった。血が毒であるなら“赤”はおそらく最適解となれるだろう。


「少し待て、今どける」


「は?」


「幻想叶えて真理の棺。目蓋開く喜び、未知満ちた生命。焔揺らいですなわち人。仮説帰りて真理に納まる。理装幻系:“七棺”《深紅の棺(Scarlet)結実(Proved)》」


 炎が灯る。

 決して幻影でも虚構でもない、真実の炎が赤く紅く、昇る太陽のように両の拳に宿る。


「少し熱いが我慢してくれ」


「うわっあっつ!」


 纏わり付く兎共を焼き払い、アレンの元へ。

 群がる兎を握り潰し、その血その肉その骨に至るまで焼き尽くす。


「……もう限界か。早く行け。そう長くは抑え込めない」


「わかった、頼んだぜ!」


「こちらこそ、だ。多分あちらの方が強いからな」


 炎が弱まってきた。それと同時に体も怠く、力が入らなくなってくる。幸い、兎共はこちらを脅威と認識したようでほぼ全員でかかってくる。一匹二匹はあちらに向かってしまったがそれくらいなら対処できるだろう。


 ああ、炎が消える。それと同時にぷっつり、体が動かなくなり地に膝をつく。当然、そこを見逃すほど甘くはないだろう。すぐに覆い被され、視界を埋め尽くされる。やつらは鎧を脱がせたりできるだけの器用さはなく、鎧の隙間を抜くという知恵も無いようで大した怪我はない。


「…っ」


 ない、が偶然隙間を縫って入ってきた爪が掠めたり、鎧の上から思い切り殴り付けられたことに軽く腫れたりと、全くの無傷だというわけではない。

 あと少し。あと一分ほど耐えればいい。そうすれば再び戦える。あと少し……


「そっち行ったっす!」


 鋭い声。視界が晴れる。兎共がどいたのだろうか。そして見えたものは牙。大口をあけ、今すぐ喰らわんと迫りくる魔獣の姿。真っ直ぐ、首もとへ。

 体はまだ動かない。

「実は槍より鎧の方がヤバい。どのくらいヤバいかというと高度一万メートルから落ちたくらいじゃ傷つかない。魔女の鎧だからね」

「…その鎧の上から気絶させた蹴りって……」

「あれは例外中の例外だから……三千年魔人やってるイルミナちゃんが持てる魔素の十分の一を使った全力手加減キックだし…体内の魔素量は年を重ねるほどに増えるわけだけど特に魔人は指数関数的に増えていくから長い間魔人やってるほど保有魔素量が大変なことになる」

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