其の八
フルアーマーマチカネフクキタル実装されたので
部屋に戻るとシャーレはまだ眠っていた。
「昨日は夜も遅かったからな……」
しかし、こうして寝ている姿はただの少女そのものだな。
………竜の寿命は大方二千年前後と言われている。しかし、シャーレは現在おおよそ三千年程生きている。それも幼い子供の姿で。この二千七百年で成長していて然るべき……やはり、魔素に汚染されたというのが原因なのだろうか。で、あれば私のせい……
「ん、ぁぁあ」
「悪い、起こしたか」
「……お腹空いた」
まあ、シャーレが半日も何も食べないで居られるわけがないか。
「なら食堂へ行こう。もうすぐ昼時だ。キノッソス氏もきっと戻って来ているだろうし」
*
「おう、少し待っててくれ。これから開店準備だ」
時刻は十一時半。少し早めの昼食を、と思ったがなにやら忙しそうだ。
「開店準備…?」
「そう。ここの住民は学舎時代にイルミナさんの料理を食って育ったからな。たまに食べたくなるらしい。そんで、イルミナさんから直接料理を習った俺が二時間だけこの食堂を解放して料理を提供するってわけ。まあまだまだ遠く及ばないがな」
いや、イルミナさんの料理と比べても引けを取らないと思うが……少なくとも私よりは遥かに上手い。
「とりあえず座っといてくれ。なんか食いたいもんとかあるか?」
「なんでもー」
「特にはないな」
「なんて作りがいのねえ連中だ。豚カツでいいか?館長が育てた豚が余ってるんだ」
豚カツ……また聞き慣れない料理だ。この三千年で食文化も大分進んだようだ。服はよくわからないが。
「では我は味噌漬けを。先ほど食糧庫に仕込んであるのを見つけたぞ」
いつの間にか戻ってきたマオが向かい側、シャーレの隣に座る。
「あ、それ仕込んだのイルミナさんなんで出せません。豚汁で良いですか?」
「確かに味噌と豚だが……」
「シャーレもそれ食べるー」
向かいに座るマオの顔……その右頬が赤く腫れている。何かぶつけたりしたのだろうか。
「……ああ、これか?これはキリシマ様を少し怒らせてしまってな。氷で殴られた。まあ我が悪いのだが」
「氷で…?」
「魂だけだからな。物理的干渉は出来ん。ただ権能は健在らしくてな。生成した氷で思い切り殴られた」
権能…?魔法とは違うのだろうか。しかし氷……
「それよりお主……」
「どーん!!」
マオの言葉を遮って、大声で擬音を口に出しながら食堂の入り口に立つ少女。確か名前は……
「依頼!取ってきたっす!」
「シャヘル!もっと静かに入ってこい!!」
けたたましく鳴り響く靴音に厨房のキノッソス氏から叱咤が飛ぶ。
依頼……依頼と言えば冒険者組合で出されてるあれか。しかしなぜ今依頼を?
「ほう、我は登録を済ませて来るよう言っただけのはずだが…?誰が依頼を取ってこいと?」
「うっ…それはっすね……」
マオに詰め寄られ勢いが弱まるシャヘル女史。どこかで見たことあるような光景だ。
「こいつ受付の奴の煽りに簡単に乗りやがった。貯まってた依頼を消化出来て満足そうだったよ」
遅れてやって来たキノッソス氏の証言もあり、入って来たときの勢いは挑発に乗り依頼……それも不人気なものを受けてしまったことを誤魔化そうとしていたのだろうと推測できる。
「またか……お主、この前も同じ事をしただろう。その時なんと言った?」
「うっ…二度と……やりません」
「それでこれは?」
「そのー前回と違う依頼なので問題ないかなーって」
「大有りだたわけ!前々回と同じ内容の依頼ではないか!!しかもまた遠方の遺跡調査などという面倒なものを!!!」
ああ、これ叱られる子供そのものだ。……もっとも、それを街中で二、三回程度しか見たことしかないので少し違うかも知れないが。
「で、でもあたし一人で解決できる依頼だし……」
「お主一人が抜けた穴は誰が埋めるのだ?ただでさえ今は人手が減って激務だというのに。お主は性格こそあれだが、仕事は出来るのだ。……性格はあれだが」
「照れるっす」
「誉めとらん。だいたい仕事が回らないのもお前が仕事を片付けたあとすぐ怠けるからだ!!周りの連中の手伝いくらいしろ!!!……もうよい、早く支度をしろ。未達成扱いになるだろうが。そこの二人を連れてっていいから早く行け」
………マオは仕事をイルミナ女史に押し付けていたような気がするのだが。
「え、でも依頼を取り消せば……」
「それは駄目だ。一度受けた依頼を取り消す等したらこの大図書館の沽券に関わる。早く済ませてこい」
「了解っす」
トタトタと響かない程度に騒がしい足音を立てながら図書館の奥へ消えていくシャヘル女史。
しかし沽券に関わる……この一週間見てきたが、自らの面子を気にするような性格だっただろうか。
「別に一度くらいいいのではないか?他に急ぐべきこともあるだろうし」
「いいや、駄目だ。少しでも隙を見せる様なことはしたくない」
「なぜだ?たかだか依頼を一つ取り消すだけだろう」
確かに依頼未達成で多少の罰はあるが、それだけだ。それまで築いてきた信用──それもこの街の人にとって大きな存在であるらしい司書であればそれこそ見逃されるかもしれない。
「……ああ、そうか。前にも言ったようにお主のせいで冒険者組合は大きく力をつけた。それこそ民衆が皇家派一辺倒でなくなるくらいに。それに危機感を抱いて手遅れになる前に当時の───お主の時代の皇帝であったクロテュツア帝によって公的機関となった。だからどんな些細な罰則であれ見逃されぬし、その全ては報告がいく。そうなると面倒だ」
「公的機関……」
そういえばそんなことも言っていたような。しかしあいつが……そんなに知恵の回る奴だったろうか。まどろっこしいから潰してしまえとでも言いそうなのだが。
「それで、何が面倒なのだ」
「報告がいく先が、だ。重要な報告は最終的には帝国の宰相に行くのだが、こやつが今時珍しい……というよりすでに絶えて久しい選民主義者という奴なのだ。代理とはいえ小汚ない小娘が皇帝とほぼ同じ地位にいるのがどうも気に食わないらしい」
「……皇帝と同じ地位だった、というのは初めて聞いたな」
「単に歴史と功績からほぼ同じ発言力を持つというだけで、肩書きの上では立場は皇帝より下だ。それに、何度も言っておるが代理だからな。どちらかと言えば我の発言力は始祖様によるものが大きい。だからそう警戒するな」
……警戒心が表に出ていたか。しかし毎度ながら兜越しでよく表情がわかるな。
*
「到着っす!ね?半日もかかんなかったでしょ?」
「準備含めて三日かかってんだよなぁ」
「ああ、あれは酷かった」
大量の衣服に保存の効かない食料、それから今流行りだという本。それら一切旅に関係のないものが詰め込まれ本人の肩幅を越えるまでに膨らんだ背負い鞄を見て、頭を抱えるマオと三人で中身を減らすのに半日。前回も全く同じやり取りをしていたらしい。
それから一晩明け、では行こうかというところで鞄の中身を全てぶちまけ食料を全て駄目にしてマオやキノッソスらに怒られること半日。なぜか巻き込まれたがあれは怖かった。
そして再び準備を済ませるのに半日かかり、夜を越して早朝出発し歩くこと七時間ほど。
シャーレはやることがあるからとマオに連れられ残っているため今回は使えない。
「それじゃ、念のためもう一度依頼内容の確認をするっす」
「おう」
「ああ」
何か抜けていたりしたら達成したことにはならないからな。最終確認は大事だろう。
「今回の依頼は遺跡に異常がないかの確認っす。また、前回この依頼が出されたのが三十年前っすから貯まってるであろう魔素を散らすことも依頼内容に含まれてるっすね。それはアタシがやるんで、お客人達は内部の調査をお願いするっす。魔獣は出ない……出さないための依頼なんで戦闘はないと思うっすけど一応警戒はしといてくださいっす」
「了解、っと。遺跡の構造はどうなってる?」
見たところ入り口はそこまで大きくはない。中も地表に見える限り小部屋ほどの大きさだ。と、いうことは───
「地下か」
「正解っす。今見えてるところは階段で、降りたところが食堂くらいの広さの広場っす。そして広場の右側からそれぞれ倉庫、調理場、浴槽があるっす」
「やけに生活的だな。遺跡って言うからにはもっとこう……よくわからねえ遺物とかがおいてあるのかと思ってたんだが。家か何かか?」
確かに、規模はわからないが聞くに最低限の設備は揃っているようだ。アレンの言うとおり住居だったのだろうか。
「館長が言うには避難所だったらしいっす。この遺跡が造られた三千年前……大戦?直前は皇家の権威も弱まっていて小さな争いが絶えず、当時は大地を焼き尽くすような兵器が当たり前で地下に頑丈な避難所を建てていたとか」
大地を焼き尽くすような兵器が当たり前に使われる時代……恐ろしいな。……いや、この槍もそうか。師匠があまりにもあっさりと封印されている場所を教えるものだから実感がわかないが、よく考えればあの師匠が封印を施していた時点でかなり危険なものなのだろう。
まあ危険だからといって使うことをやめたりはしないが。少なくとも魔獣を根絶するその日までは。
「その兵器とやらは遺物として残ってたりはするのか?」
「ほとんどは見つかっても使い方がわかんなかったり壊れてたりするっす。ただいくつか稼働する武器が見つかってるけどどれも物騒極まりないもんっすね」
「例えば?」
「そうっすね。例えば……白咲騎士団の団長さんが握ってる武器はそうだって聞いたっす。なんでもキヌス様お手製の武器が遺物化したものだとか」
しらさき…?どっかで聞いたような……。しらさき……白咲……皇定騎士白咲近衛隊!!!まだ残ってたのか。
お遊び程度の部隊だったはずだが……
「騎士団?」
「えっ?知らないんすか?」
「ああ、いや……少し記憶と違ってな。近衛隊の一つではなかったか」
「お客人、魔人だったんすか?鎧を脱がないのも姿を隠すためとか……なら後でイルミナさんに頼むと良いっすよ。耳やしっぽを隠して貰えるっす」
「いや、まだ人間のはずだ。マオが何もしていなければな」
「なら人間っすね。館長さんは何かやるときは悪びれたりせず堂々とやらかしてくれるっすから」
それは信頼の仕方としてはどうなのだろうか。
「話が逸れたっすね。白咲がグローリア騎士団の中の近衛隊の一つだったのは千年も前の話らしいっす。少なくともあたしが生まれた二百年前にはもう騎士団扱いされてたっすね。千年前の内乱の時に立てた武勲で騎士団になったとか」
内乱…?そんなことがあったのか。魔獣の脅威も消えてないのによくやるな。
「なあ、そろそろ行かね?とっとと終わらせて早く戻ろうぜ」
「あ、そうっすね。とりあえず依頼を終わらせるのが先っす」
「すまない、話が逸れすぎた。確かにその通りだ」
少し話し込み過ぎた。
改めて出発しようとした時、何かを言いたそうなアレンがちらりとこちらを見てくる。
「どうした?」
「聞いた限りじゃ食堂くらいの広さらしいが、その槍振れるのか?いや、置いてけ、ってわけじゃないんだけど……」
問題なく取り回せるが……三人で入るのであれば確かに。
「……ぶつかるな。わかった。少し待っててくれ」
「は?」
「幻想写し見仮説の棺。蓋開く恐怖、夢見ぬ怪物。焔溶け合いてすなわち不適。仮説届かず虚空に帰る。理装体系:“七棺”《赤の棺:予想》」
槍が溶け合い、赤く染まっていく。大きく上がる炎のような光が収まったあと、そこには一対の赤い拳が置かれていた。赤を基調として金の意匠が施された籠手。それを鎧の籠手の上から装備する。少々不恰好ではあるが、これでぶつかることはないだろう。
「それで戦えるのか?」
「問題ない。一通りの武器は扱える」
では行こうか。
「宰相さんはミーンの街が嫌いだからミーンの冒険者組合の報告はどんな些細な物でも宰相の元に行くよ。公私混同しすぎだね」
「じゃあ何で冒険者証登録させたのよ」
「冒険者証が身分証として便利だから。簡単に取れてかつ一定の信用があるからねあれ」




