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偽典-英雄邪道-  作者: あしゅけーね
毒の勇者
23/54

其の七

更新止めるとは言ったがしないとは言ってない

「ではまず自己紹介からと行こうか」


 仕切り直しを謀ってかマオがそんな提案をしてくる……が、


「必要か?」


「要らなくね?」


 すでに魔王城で互いの名前を知っているわけだし、特にこれといって知りたい情報があるわけでもない。


「お主ら……もっとこう場の空気をだな……まあ良い。無駄を省くというのもまた結構。では今後の予定をたてようか」


「また二週間ほど待つのか」


「そうなるな。まあ短縮する手がないわけではないんだが」 


 そういってアレンの方をちらりと見る。

 彼に何かあるのだろうか。


「なんだよ」


「いや何。その毒を一時的にどうにかする手段があるというだけだ」


「は?」


 予想もしていなかったことを告げられ、アレンの表情が硬直する。師匠が言っていた鳩が豆でっぽうを食らったような顔、というものはこういうことを言うのだろうか。


「魔素というのは本来人間……生物にとって有毒なのだ。普通は空気や食物、水等に混じって薄まった状態で体内に吸収されるがな」


「あ?俺の毒は魔素そのものだってことか?」


「察しが良いではないか。そう、お主は魔素の吸収性が高くより多くの魔素を体内に取り込める。本人の許容量を越えてな。だが第三世代であるお主には扱い切れん量であったが故……許容量を越えた純粋な魔素は周囲に放出されてしまう。濃度の高まった毒としてな」


 第三世代…?

 同じことを疑問に思ったのかアレンの方も声をあげる。


「なんだ、第三世代って」


「生物というのは長い年月最適な形に変化し続けているのだ。そして魔素は有毒であれど有益だ。であれば魔素を無毒化し、より多く取り込めるように進化していく。もっともそう劇的なものではないが。そうして訪れる節目ごとに世代として分けたのだ」


「おい館長、話がずれてきてるぞ」


 厨房で作業をしているキノッソス氏から声が飛ぶ。

 確かに、話の本質とは関係ない話題だったな。おそらく厄災とも関係ないのだろう。

 ……いや、魔獣も世代を経るとしたら……あの熊の魔獣の強さも納得が行く。

 あの様な単調な突進のみであそこまでの脅威となれるのだ。私のいた時代でも突進しか繰り返さない魔獣はいたが、どれも軽かった。やはり進化……というものをしているのだろう。


「それで?俺の毒と次の勇者と何の関係がある?」


「簡単な話だ。お主の持つ毒、その全てを我が食らってみせよう。そうすれば、すぐにでも次の勇者を解放できる。一時的とはいえ毒の呪いからも解放されるのだ。お主にも悪い話ではあるまい?」


 いや、無理だろうな。一時的に弱くなるような提案を魔王を倒しに来るような人間なら呑まないだろう。


「…………断るね。この何が起こるかよくわからねえ状況で自分の強みを失うことは避けてえ」


「……まあ、当然だな。別に断られても問題がある訳ではない」


 やはりか。


「それで?これからどうする」


 前回と同じであればこの後は冒険者組合の方で登録し、その後は……と、二週間ほど前の記憶を遡っていると、大図書館入り口の受付に続く廊下から陽気な鼻歌が聞こえてくる。


「ふんふーんふふんふふふ……あれ、館長とお客人達じゃないっすか。何やってんすかそんな辛気臭い顔で」


 やって来たのはシャヘル女史だった。これから仕事だろうにその制服の袖を捲り裾を捲り襟締を緩め、まるで部屋に居るようなだらしのない格好でこちらに歩いてくる。


「おう、お疲れ。これから寝るのか?それともなんか作ろうか?」


「じゃあハンバーグお願いするっす。………館長、さすがに夜通し見回りはきついっすよ。せめてあと一人増やして交代制に出来ないっすかね」


「無理だ。そしたら昼間が回らなくなる。それにお主昼まで寝るではないか」


 どうやら夜中の間働き詰めであったようだ。それは確かに着崩したくもなるだろう。だらしのない格好だなどと思って申し訳ない。

 しかしずいぶんと厳しい労働環境のようだ。


「たった三時間程度じゃないっすか」


「十分だろう」


「じゃあ館長さんは何時間寝てるんすか」


「寝てないが」


「……すんませんっした。そうっすよね。この街を仕切るだけでなく世界唯一の自治区長代理っすから、仕事もたくさんあるっすよね。今までイルミナさんに全部丸投げして自分は悠々と怠けてると思ってました」


「ほう?そんな風に思われていたとは心外だな。シャヘル、今日はこやつを街に連れていき案内するように」


「口は災いの元っす!!!」


 後で聞いたがマオは寝ないのではなく寝られないらしい。睡眠が不要な体になったからだとか。


 *


 可哀想な少女が一人睡眠時間を削られ、苦笑いを浮かべるアレンと街に出掛けて行くのを見送ったあと、残ったマオに促されるままについて行く。


「少々……強引過ぎたのでは」


「付け入る隙を見せたのが悪い。それに、お主には話しておかねばならない事があった。たまたま、今日はいい機会だったというわけだ」


 あんなやり方で時間を作ってでも話さなければならないこととは?


「別に今日でなくても良かったのだがな。伝えるなら早い方が良い。まあ火急の用って程でもないから今まで忘れておったのだが」


 食堂を出て、少し進んだ突き当たりから階段が降りている。その階段を降りると……食料庫か?ここは。


「見ての通り食料庫だ。使うことはないと思うが一応厨房の方からも入れる」


「それで、なんでこんな場所に?」


「いや、連れて来たかった場所はここではない。この奥だ。また少し降りるぞ」


 詰まれた木箱と一体化した隠し扉を滑らせ、現れた地下に続く階段を降りていく。

 沈黙。革靴と硬い床が擦れる音。金属と硬い床が打ち合う音。薄暗い通路に吸い込まれてゆく。


 一分程だろうか。扉が見えてきた。黒く塗られた、古い木の扉。


「ここは?」


「禁書庫だ。いつぞやに話しただろう?」


 ここが禁書庫なのか。確か何かしらの都合の悪い本が収蔵されているとか。


「なぜここに?」


「言わなかったか?伝えておかねばならないことがある」


「そうだったな」


 マオが首に下げられた鍵を胸元から取り出し、鍵穴へ入れる。カチャリ、と鍵の開く小さな音がくらい廊下に木霊した。


「センリ、入るぞ」


「あっ待って!……ふぎゅ」


 扉の奥から少女のような、あるいは声変わり前の少年のような、甲高い声とその持ち主が大きく動く音、そして何かが倒れる音と積まれていた本が崩れる音がした。

 扉を開けると、視界に入って来たのは一面に舞い散る埃。その発生源である空っぽの本棚の足元に出来上がった本の山から生える黒い兎の耳と人間の足。


「ゴホッ、ゲホ、カフ………センリ、掃除はしておけと言っただろう。とりあえず出てこい」


「嫌です……こんな間抜けなところ見せたあとに顔を合わせるなんてできません。それに……初めて会う人となんてもっと無理です!!!」


「そうか……ならそのままでいい。キリシマ様は?」


 キリシマ……という人物に用があるのか。

 しかし辺りを見回してもそれらしき人物の影は愚か、本の山に埋もれた足以外に人の気配すら感じられない。


「アイリちゃんだよ☆」


 っ…!?気付かなかった!いつの間に背後に!!?これが魔獣であったりしていたら死んでいた。やはり弛んでいるな。


「ああ、そこにおられましたかキリシマ様」


「アイリちゃんだよ☆」


「……アイリちゃん様」


「…まあいいかな☆そして何の用かな後輩ちゃん☆」


 そうして目の前に現れた女性は……透けていた。

 幽霊、というものであろうか。その昔酒場で風の噂程度でしか聞いた事がなかったが、実在したのか。いや、あれは酔っ払いの戯言のようなものだったはず。

 ……よく見れば彼女の体は足元に広がる本から出てきている。あの本が本体か。魔法か何かで鏡のように体を宙に映し出しているのだろうか……。


「……なんだこれは」


「これ、ってひっどーい☆」


「いや本当になんだこれ」


「………キリシマ様だ。……十二魔導書『第五巻』…その人でもある」


「アイリちゃんだよ☆」


 十二魔導書『第五巻』その人…?まるで十二魔導書が人間であるかのように語る。いや、これを見せられたら理解はできる。できるが受け入れることは……


「信じられんか?我もだ。最初数百年は信じられなかった。正直今でも信じられん。あのキリシマ級の由来がこんな……」


「後輩ちゃん、お話があります☆」


「後でセンリにでもしていてください。……話を戻そうか。なぜキリシマ様を紹介したかというと…」


「アイリちゃんだよ☆」


「………アイリちゃん様を紹介したかというと、お主に十二魔導書の回収を手伝ってもらいたい。お主の協力がなければ回収できぬ所があってな」


「私でなければ…?なぜ?」


「いや、必ずしもお主である必要はない。ないが……ただ条件に合う者は全員借りを作りたくない相手でな。……一応そこのセンリも満たしてはいるのだがこの大図書館の外には出せぬし……消去法的にお主にしか頼めないことだ」


 私が条件を満たしている…?この血か、あるいは魔法を無効化する体質か……


「まあ、今は忘れてもいい。今すぐどうこう、という訳でもない。まあ遅くとも一年後、早ければ一月後にでも出番が来るが。……そして一つ確認なんだが十二魔導書と思わしき現象を知っているか?」


 思わしき現象……幽霊にまつわる話か?


「いや、知らない」


 あのとき酒場で話されていたのは結局浮浪者が廃墟に住み着いていただけの話に尾ひれがついただけだった。


「知らないならいい。では話は以上だ。帰るぞ」


「後輩ちゃん、後輩ちゃん。大事なお話があります。残るように」


「…後でセンリに……」


「後輩ちゃん、本当に大事な話。残りなさい。そこの鎧の君、悪いけど出てってくれる?」


「……わかった」


 弾むような、煌めくような語尾ではなくなった。それだけ真剣で重要な話なのだろう。なら、残っていてはいけないな。


「では先に戻っている」


 *


 元の道を引き返し、階段を登る。扉に手をかけ……扉が滑り開く。


「きゃっ!」


「うわ、っととと」


 尻餅をつく音。広い食料庫と狭い廊下に響き渡る。


「あ、ああ、あんたか。驚いた」


 目の前に現れた人影はこの食料庫に出入りしても問題はなく、そして役割的に禁書庫の隠し扉を知っていてもおかしくない人物……


「館長は?」


「奥にいる。もう少し時間はかかると思うが」


 そう告げると、目の前の人物は頷き、禁書庫への階段へ続く道を進んで行った。

 時間は…もう昼前か。シャーレももう起きているだろう。一度部屋に戻るか。

「アレンの毒についてはマオがアレンの恋人から聞いた情報と当時の噂から推測したものだよ。だから広く知られていない」

「マオでも気付けることを何で他の人も気付けないのよ」

「魔素の本来の色が黄色だって知ってる人ほとんどいないから」

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