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偽典-英雄邪道-  作者: あしゅけーね
毒の勇者
20/54

獣は食らふ

今回はガッツリ地雷踏み抜いた人の話

 ──イルミナ


「遅くなりました。思いの他仕事が長引いてしまいまして」


 深夜0時を回ろうかという時間。約束を遅らせるには大分遅く、後日に回すべきであったかもしれない。

 しかし、今日でなければならない理由がある。いや、少し過ぎてしまいました。昨日のうちに済ませておきたかったのに。


「お疲れ様。なんか食べるか?」


 案の定、彼はまだ起きていた。食材の在庫の確認や、少し傷んでしまった食材の選別、各員に合わせた食事のための下拵え等で眠るのが遅くなっているのでしょう。

 この分では先々週の約束など覚えていなさそうですね。


「ええ、まあ食べると言えば食べます。自分で作りますが」


「そうか。では俺は食糧庫の方へ………」


 ほらやっぱり。


「待ちなさい。作り方を教えますから」


「作り方って何の……」


「忘れたのですか?免許皆伝の……」


 彼はもう欠片も覚えていないのか一呼吸、二呼吸空けてからようやく思い出したのか顔を上げた。


「ああ!!」


 思い出してくれたようでなによりです。

 まあ一週間空けてしまったのは申し訳なく思っていますが。


「とはいえ、まだ夏真っ盛りのこの時期。もう少し涼しくなってからでなければ南瓜(かぼちゃ)は出回りませんね」


 失念していました。魔人になってからというもの季節感が薄れていますね。まあ、あの人に出会ってから充実している、ということもあるでしょう。多忙とも言いますが。


「では、紙に書いて渡しておきましょうか。秋になって、南瓜が手に入ったら作ってみてください」


「ああ、是非」


 それともう一つ。こちらが本命。大事な事が残っている。


「何か、欲しいものはありますか?」


「へ?」


 不意を突かれたかのような顔をしてこちらを見つめ返してくる。聞こえなかったのだろうか。


「何か、欲しいものはありますか?」


「いや、聞こえてたから。しかしなんで急に?」


 こちらも覚えていませんか。まあこの百年一度も祝っていないのだからそうでしょう。


「あなたがここへ来て今日で……もう昨日ですね。昨日でちょうど百年です。何か記念に贈り物でも」


「ああ、そういや……そんな気も…?正直五十年前くらいまでしか覚えてねえ」


 魔人の生活というものは変化に乏しいですからね。気付いたら十年くらい経ってたりします。


「それで、何か用意しようかと思ったのですが良い案が思い浮かばず…」


「あー、うん、なんでもいいや。包丁とかも一新したばかりで正直欲しいものないし」


 そう……ですか。それは少し……残念です。


「ああ、悪かったって。そんな悲しい顔しないでくれよ。わかった、じゃあイルミナさんの事が知りたい」


「私の事……ですか」


「ああ、イルミナさんは館長がこのミーンの街を作る前から一緒にいたんだろ?どんな出会いだったのかとか、昔の館長はどんなだったとか」


 昔の事……昔の館長、ですか。


「いいですよ。ただしあの人については後で本人から聞いてください」


 *


 ───生まれは、ここから遥か北西にある小さな寒村でした。

 年中雪に閉ざされ、夏であっても凍えるような寒さの土地。当然、野菜は育ちません。

 凍った海で釣った魚や、近くを泳ぐ動物を狩って食べていました。

 子供は年に一度も生まれません。

 しかし幸せではありました。何せ私達は家族で鍋を囲むこと以上の幸福を知らなかったのですから。

 そうして過ごしていたある日、一人の男が村へやって来ました。名前は覚えていません。当時私は幼かったので。

 その男は白い……なんと言うのでしょうか。独特な造形の白い服を纏っていました。

 村に訪ねてくるや、男は告げました。


 “一年後、世界全てに魔法が伝わる。ここの暮らしはより楽になる”


 そう言うと、男は魔法の使い方が印された本を村長へ渡して、去って行きました。

 男が語る魔法に感動したのか、初めて見た旅人に興味を持ったのか。皆が胡散臭いとその言葉を無視する中私は村長に頼んで文字を教えてもらい、その本を読みました。


 そして一年半後。男の予言は嘘だったと誰もが思い、忘れた頃。私は小さな火を起こすことに成功したのです。


 その半年後。今から丁度三千年ほど前でしょうか。村の誰もが簡単な魔法を使えるようになった頃を見計らうように大戦が始まりました。

 まさしく大きな戦でした。遥か東の帝都付近で起こったにもかかわらず私達の村のような辺境にも徴兵令がかかったのですから。

 そうして村の男手が全て出払った後。村には女子供と老人しか残ってはいませんでした。

 当然、狩りに行く者はいなくなり、食糧が手に入りません。未熟な魔法でどうにか倒した一頭の獣を村の皆で分けて一日を食い繋いでいました。


 そうして一人、また一人と倒れていき、残っていた人口が半分に減った頃でした。一体の魔獣が村を襲ったのは。


 まず最初に殺された(呪った)のは母でした。

 村で一番幼く、一番強かった私を庇って。


「皆を守って」


 ええ、まさしく呪いの言葉です。私の頭から逃げるという選択肢が消えたのですから。

 次は隣の家のおばさん。向かいの家のお姉さん。私に近い人から消えて行きました。私に希望を託して(呪いを残して)

 最後に逃げろと言って(救って)くれたのは村長でした。

 もっとも、手遅れでしたが。

 私はその遺体を守るように魔法をうち続けました。


 しかし、この小さな身体に蓄えられる魔素量はそう多くありません。すぐに体内の魔素が底を尽き、組伏せられてしまいました。

 胸元を前足で押さえられ、真っ直ぐこちらを睨み付ける視線(殺意)。すぐそこから顔にかかる吐息(恐怖)。忘れることはないでしょう。


 奴はどうやら相当性格が悪かったらしく、すぐには私を殺しませんでした。足を砕いて逃げられなくし、目の前で一人一人見せつけるように喰らって行くのです。

 心臓(ご馳走)だけを抜かれ、棄てられた死体(残飯)。それが積み重なって行くのを、ただ見ている。気を失おうにも、足の痛みがそれを赦しません。

 そうして奴の食事は二日続きました。

 二日間、食っては眠り、食っては眠り、たまに私をいたぶって。


 まる二日間。致命傷ではないが、大きな怪我を負った少女が飲まず食わずで生きていけるはずがありません。

 では何を食べていたと……いえ、正確には何を食べさせられていたと思いますか?

 云わずもがな……山のように重なった肉です。動けない私は無理矢理引き摺られて、冷たくなっていく肉に顔を押し付けられ、ただ獣の様に貪り食らうことを強要されました。もし戻そうものならその吐瀉物でさえも私の餌でした。

 そうしているうちに食べたらたった三時間程度の安寧を手に入れられることに気付いて、何も考えずにただ咀嚼して嚥下するのを繰り返しました。


 そうしてついに私の番がやって来ました。それまでで心の折れた私は抵抗なんて考えもしません。ただそれ()が迫るのをじっと見つめて……そして奴は嗤ったのです。


 その嗤いがきっかけだったのでしょうか。それとも死に瀕して本能が目覚めたのでしょうか。あるいは復讐心なんてものが残っていたのでしょうか。

 気付けば私は近付いてきた奴の胸元に噛みついたのです。

 どれだけ振り払われようと、爪で引き裂かれようと、顎が砕けようと決して離れず、そして奴の心臓……魔石を噛み砕きました。奴が、そうしたように。

 その瞬間、青い光に包まれていました。最初にやられたのは目ですね。それから傷口。それらが魔素によって汚染された後、耳と尾が生えていました。

 世界初の魔人の誕生です。

 そうして自分だけが生き残り、死んでしまう気力さえ残っていなかった私はただ宛もなく東へと歩いて行きました。


 訪ねた街々での魔人の扱いは今とそう変わりません。

 石を投げつけられるなんてまだ良い方で、殺そうと刃物で切りつけてくる者、見世物とするために拐おうとする者。

 理由は様々でしたが、皆一様に私を同じ人間のようには扱いませんでした。まあ当然ですよね。人には本来ない耳があり、下半身は獣のそれですから。


 そんな中出会ったのがあの人でした。


 ここから先はあの人から直接聞いてください。

 一つ言うとしたら……そうですね、当時のあの人は今と何も変わらず、しかし今と真逆でした。


 *


「………」


「………」


 真夜中の誰もいない食堂に二人の沈黙と時計の振り子の音がのし掛かる。


「…………あー、魔人の過去なんて軽率に聞くもんじゃねえな」


「いえ、話始めたのは私です」


 元はといえば私が話を振った訳ですし。


「……そろそろ寝るわ」


 時刻は二時を回っていますからね。


「ええ、お休みなさい。私も何か食べたら眠ることにします」


 手を振り、無言で答える彼。その背中に呼び掛ける。


「誕生日、おめでとうございます」


「……今それ言うかよ」


 廊下の方から小さく呟かれたその言葉は、静かな夜には大きすぎた。


 ───今だから言うのですよ。

「おっかしいなぁ?初期段階だと魔獣に殺されるの母親だけなんだけどなぁ?」

「それだと村人から迫害されることになって、さすがにかわいそうだから変えたらしいわ」

「どっちもどっちだと思うなぁ。あ、そうそう。微グロ注意かな?一応」

「ぐろ…?の意味はわからないけど今言うことではないと思う」

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