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偽典-英雄邪道-  作者: あしゅけーね
毒の勇者
18/54

其の四

 朝日が昇る。夜に空を戴いていた月は当の昔に沈み、日の輝ける一条にてその姿を忘れさせる。


「んぅ………ん、あさ…?」


 シャーレと見張りを代わり眠りについていたマオも目覚めた。これから朝食を作り、魔王城に向けて出発する。


「こんなにゆっくりしていていいのか?」


「んぁ……問題ない…。当初の予定では既に向かっているはずだったが……帰りもシャーレに乗って行けばいいのでな。焦る必要はなくなった」


 まだ完全に眠気が抜けきっていないのか何時もよりゆったりと喋るマオ。朝弱いのか。想像出来なかったな。

 目を擦りながら顔を洗うためか昨日から出したままの木桶に向かうマオ。そのまま木桶に右手を翳す。


愚曚なる(偉大なる)自己陶酔の末(その名を称え)消えた小物が(身を捧ぐ我に)我に施しなどと(恵みの水をお与)片腹痛いわ(えください)水の始(エル・マ)”」


 詠唱を終えるとその右手から桶いっぱいの水が溢れ出す。

 しかし今の詠唱どこか違和感が……まるでマオの呟きを誰かが後ろで拾い上げて大声で復唱しているような……そんな違和感。さらに言えば、その呟きと全く異なる内容の声が重なっていた。


「今のは?」


「無詠唱の応用だ。遠目から口の動きだけで何の魔法を使うか見分けるようなやつも居たからな。だから口の動きと異なる魔法を使えるようにした。忘れないようにこうして時折練習している」


 そんな芸当が出来る超人はそうそういないと思うが……まあ備えておくに越したことはないのか。


「他にも色々出来るぞ。多少の制約はかかるがな」


 他にも色々……まあ、隣に立つ者が強いのはいいことなのだろう。その分、敵に回すと恐ろしいが今は目的が一致している。


「さて、目も覚めたことだし朝食の準備をするとしよう」


 朝食は手早く済ませるとするか。猶予はあるとは言え早く終わらせたい。


「ところでどちらが作るのだ?」


 *


 あのあと公平な勝負の末負けたマオが簡単な粥を作り腹拵えを済ませた。悔しいが私が普通に作るものよりも美味いとだけ言っておこうか。

 日もそれなりに昇り始め完全に朝の空気になった頃、魔王城の瓦礫の中にひっそりと(たたず)む小部屋の扉の前に到着した。

 この魔王城が私が行った音の魔王城と同じ作りをしているのならばこの小部屋は玉座の間の奥…魔王のいた部屋のはずだ。


「離れておれ」


 言われるままに距離を取る。マオが扉に手を付くと白く、細かい無数の雷が小部屋全体に蜘蛛の巣のように駆け巡り、扉に燃えるような赤い亀裂が入り込む。


「天気予報は晴れ着時々豪雷!たまに強い風が吹き荒れるでしょう!!」


 天を別つように伸ばされた指の先から白い稲妻が咲いた。一瞬の亀裂とひび割れ砕け散るような音と共に空が裂ける。

 扉は赤く焼け、そしてその色を青く染める。


「よし、開いたぞ」


 静まり返る空に響くように軋んだ音をたてて扉が開く……


「あ、あれ?」


「どうした、なぜ開けない?」


「開かないのだ。どうやら蹴破られたか何かで枠が歪んでいてな」


 歪んで…確かに扉には蹴られたような凹みがある。蝶番(ちょうつがい)がずれているな。これでは開けるのは難しいか。


「ふむ…お主、確か小刀を持っていただろう。少し貸してくれ」


「良いが……鉄や壁を切れるものではないぞ?」


「いやちょうどいい刃渡りなのでな」


 よくわからないが……まあ必要だと言うのならば。鞄から取り出し、マオに手渡す。これでどうにか出来るのだろうか。


「折るなよ?」


「わかっておる。まあ見ておれ」


 そう呟くと刃を指でなぞり満足げに頷くマオ。その刃は一見変わりないように見えるがよく見ると微かに、素早く震えているのが見てとれる。


「なんだか気分が………」


「頭いたーい」


「まあこんな至近距離であればそうか。一応逆位相の音を出して中和してはいるのだが…しばし耐えよ」


 耐えよと言われても………。

 同じく言い表しようのない頭痛と吐き気に襲われているだろうに、マオは真っ直ぐに扉の前に立ち歪んでしまった蝶番に刃を立てる。金属で出来ているはずのその蝶番が紙を裂くように切り裂かれた。続けて二つの蝶番を切り裂き、最後は扉の鍵。

 壁との隙間に刃を入れ、滑らかに振り下ろされ……ガキリ、と嫌な音を立ててその刃が止まる。


「あっ」


「どうした?」


「いや、その……折れてはいないのだが……少し欠けてしまった」


 その手に握られた小刀は折れてこそないものの、刀身の先が欠けていた。


「すまない!いや、ごめんなさい!!」


「………気にするな。これくらいであればまだ直せる。後でラロウ氏に研いでもらうか」


 この程度なら研げば直るだろう。刀身は短くなってしまうが……もともと調理用としては長かった。これからも普段使いする分には十分だろう。


「倒れるぞ。離れろ」


 ぎしり、と大きな音をたてて扉が倒れ込んでくる。硬質なもの同士が勢いよくぶつかる甲高い音と、鉄扉に押され大理石の床が傷つく嫌な音が響き渡る。


「うるさ!!もっと静かに開けてくれよ」


 中から現れたのは頭に布を巻いた軽装の青年。腰には得物と思わしき短剣が二本、ぶら下がっている。


「ふむ、その件は謝罪しよう。では改めて、初めましてだ。毒の勇者アレンよ」


「これはこれは礼儀正しいこった。それで?あんた誰?」


「マオだ。ミーン村の村長といえばわかるか」


「ミーン村……ああ、たまに畑に来てた…」


「ああ、そうだ。といっても訪れていたのは我ではなく司書の誰かだがな」


 ミーン村……ミーンの街の前身となったという村か。周囲の村に知識を与える代わりに食糧を得て、共に発展していったと言っていたな。


「そうかい。ところで村長さん、なんで……ここにいる」


 雰囲気が変わった。その身からはゆらり、と黄色の(もや)が立ち込め、周囲が凍れるような、あるいは縮んでいくような威圧感が放たれる。


「なぜ、とは?」


「だってそうだろ?ここは魔王城……それも魔王がいた部屋の前だ。ただの村長が来るような場所じゃねえ。それに俺が魔王を倒した時、この扉は白の勇者同様開かなくなったはずだ。なのにあんたは開けた。これを怪しいと言わずしてなんと言うってんだ」


 まあ、当然か。魔王城というのは何人もの強者(つわもの)が挑み、帰って来なかった場所だ。そんな所に高々村一つの長が、それも誰も開けられなかった扉をかけたとなれば誰でも魔王との繋がりを感じられようというもの。さらに言えば、マオのまだ子供に見えなくもない外見も尚更疑いを深めるのだろう。


「図星だな。どうする?言い訳のしようもないほど事実だが」


「いやこれから仲間に引き込もうという時に言い訳などしてどうするのだ。真実を話すしかなかろう」


「聞こえてっぞ。それで、あんたはなんでここにいんだ」


 小声で喋っていたつもりなのだが聞こえていたか……。まあどうせ彼が言ったことを肯定しただけだ。疑念を確信に変えてしまっただけのこと。

 隣でマオが息を吸う音が聞こえる。一呼吸置き、ゆっくりと喋り始めた。


「では改めて。我はミーン村……今はミーン街の元村長

 ───音の魔王マオだ」


「魔王っ…!まだ生き残ってやがったのか!!」


「いいや、違う。魔王は五体とも倒された。無論、我含めてな。今はお主の時代から二四三五年の未来だ」


「はぁ?じゃあなんだ、死人が出歩いてるってのか」


「………まあそう言えなくもないか。我はもう死んだも同然だしな」


 沈むように吐き出されたその言葉に沈黙が降りかかる。かつての英雄としての仲間を喪い、三千年間ただ一人残された彼女の見る景色はどのようなものだろうか。

 その雰囲気を感じ取ったのか圧を納める青年。話を聞くぐらいはしてくれるようだ。


「ここではなんだ。ついて来るがよい」


 その言葉に待ったをかけたのは圧を納めたはずの青年だった。


「約束なんだ。この部屋を燃やして行きたい」


 *


 燃え盛る魔王城あとを前に、一人呑気に瓦礫の破片を積み上げていたシャーレを回収し、魔王城残骸から開けた場所に出る。


「では、シャーレ。二人をしっかり届けるんだ」


「ご主人は?」


「お前はまだ二人しか乗せられないだろう。それに、私はまだやっておくことがある」


 納得がいかないのかこちらを見つめ続けるシャーレ。ああいや、疑われているのか。前科を作ってしまったしな。


「必ず戻る。約束だ」


「前もそう言って戻って来なかった」


 いや言っていないが……


「ではこうしよう。一時間の間私はここで待っている。お前なら、それだけあれば行って帰ってくるぐらいなら出来るだろ?」


「…………わかった」


 不満げに頷くシャーレ。しかし二人しか乗れない以上マオとこの青年が乗るのが一番良いのだ。仕方ない、としか言いようがない。


「あー、話がよくわかんねえんだがとりあえずその嬢ちゃんが俺たちを運ぶっていうのか?」


「そうだ」


「どうやって?」


「こうやってー」


 そう言うや否や周囲に煙が溢れシャーレが竜の姿へと変わる。


「は?え?竜?」


『そう』


「そうだ」


「え?じゃああんたまさか……白の勇者シアト?」


「そう呼ばれたことはないがな」


 大抵は鎧のやつとか、そんな呼ばれ方だった。

 準備が整ったのかシャーレの背中から合図を送るマオ。それを受け目の前の青年を押し上げてやる。

 青年は少し冷めたような目でこちらを振り向き……


「……俺が言う資格はねえと思うけど…あんたを想ってくれる人を置き去りにしない方が良い。もう二度と会えなくなる前に、な」


 そう告げるとシャーレと共に飛び立って行った。

 ………どうだろうな。

「あの雷は実は封印とはなんの関係もない」

「じゃあなんで」

「正確には全く関係ないって訳じゃなくて、小部屋の中にある魔素をそのまま放出すると不味いから魔法として上空に打ち上げてるの。まあ花火でも良かったんだけど雷のが格好いいから僕がそっち教えといた」

「また余計なこと教え込んでる。そんなんだから作者が“だいたいこいつのせい”とか言って甘えるのよ」

「………じゃあ余計なことついでにもうひとつ。キョウカちゃんはキーパーソンとかではない」

「は?え?嘘でしょ?ここで意味ありげに語りあってるのに?」

「このメタ空間に呼べるちょうどいいキャラが僕とキョウカちゃんしかいなかったんだってさ」

「そんな………」

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