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偽典-英雄邪道-  作者: あしゅけーね
毒の勇者
17/54

其の三

 一人悩んでいると森の奥から足音が聞こえてくる。マオやシャーレのものと比べるとかなり大きい。


「今度は熊か。色々いるんだな」


 のっそりと立ち上がったその熊は私の倍では足りない程の背丈だった。明らかに野生動物の大きさではない。額に角を生やし爪は刀のようにそれている。やはり魔獣だろう。

 魔獣の熊と一人対峙する。あちらが動けばこちらは一堪りもなく吹き飛ばされてしまう。慎重に距離を取って行こう。


 ……こちらに欠片も興味を示していないな。狙いは……狼の死体か。

 戦いたいのだがそうすれば少なくとも野営場所は駄目になるだろう。それは避けたい。

 まずは首を折って殺した狼の死体を蹴って寄越す。

 熊は狼の死体を拾いあげ、もう一体も寄越せと腕を上げた。

 槍を揺らし傷口を広げ槍が抜けやすくし、そのまま槍を大きく振り上げ穂先に刺さっていた狼の死体を放り投げる。魔獣は右腕で受け止め、満足そうに森へ戻っていった。


「───いつか必ず殺す。魔獣は、必ず」


 *


 血のついた槍を持って来ていた布で拭き取り、血痕の残った土と一緒に埋める。こうすれば獣は寄って来ないはずだ。まあそもそも寄り付くような獣は先の咆哮であらかた逃げただろうが。

 日も暮れてきた。そろそろ火を起こすか。

 火打石を取り出す。枝を小刀で削り彼岸花のような形を作り火種を移したら焚き火の完成。風上に荷物を置き、マオたちの帰りを待つ。


 パチリパチリと火の音だけが響く。もうそろ陽が完全に沈んでしまう。

 小さな足音が二つ。今度こそは二人のものだ。


「ずいぶんと長かったな」


「まあそう言うな。丁寧に身を清めたい時もあるのだ」


 さすがに2時間近くも水浴びするのはどうかと思うが。

 そんな反論をしてやろうか悩んでいる時にシャーレが口を開く。


「道に迷ったのー」


「なっ!そ、そんなことはない。少し遠回りしてきただけで…」


 少し遠回り…か。なるほど。


「せっかく水浴びしてきたのにまた汗をかくつもりだったのか?」


「うぐっ!…いや、だってここにくるのは百年単位で久し振りで……」


「それで水浴びをするだ等と言っていたのか。当初の予定では日も落ちきって確実に夜中の森をさ迷うことになっていたぞ」


「それは……すまぬ。次からは事前に調査することにしておこう」


 反省していないか。

 まあいい。いやよくはないが今はそれより腹がへった。早く作るとしよう。キノッソス氏程美味くは出来ないだろうが。


「詫び……という訳ではないが実はこんなものを持って来ていてな」


 そう言ってマオが鞄の中から箱のようなものを取り出す。中には氷でも入っているのか冷気が漏れだしている。


「アンベル村で育てられた牛の肉だ。食用に育てているのでおそらく柔らかいぞ。まだ実験段階だが上手く行けば安く買えるようになる」


「でもカチカチだよ?」


「傷まないように凍らせているのでな。解凍すれば元の柔らかさになるはずだ」


 食用に育てられた牛か。そんなもの貴族の食べ物だ。それが安く買えるとなると何処かしらの貴族が難癖をつけてくるだろう。

 しかし………


「どこで焼くんだ?」


「それはお主の鍋で……あ」


 同じ事に気がついたのだろう。持って来た鍋には水が張られている。仮にこの肉を鍋に入れても味付けをすることができない。調味料の類いは塩と胡椒しか持っていない。


「………どうしたものか」


「鍋の水を捨ててしまうしかないだろうな」


「そうするか…」


 いや、待てよ。荷物をそのまま持って来たのだからあれが入っているはず……水はそちらに移せばいいか。せっかく汲んで来てくれたのだし。


「これは……木桶?」


 体を拭う時に水を張るための木桶。旅の途中で寄った街の宿屋などで使うものだが、取り除くのが面倒で入れっぱなしだった。


「ああ。この水はこっちに移して後で体を拭う時に使う事にする。幸い、シャーレのお陰で飲み水はあまり減っていないから料理に使用しても大丈夫だろう」


 少し溢れてしまったな。まあ桶の方が小さいから当然なのだが。

 空いた鍋を鉤にかけて焚き火で熱する。


「それでは焼くとするか」


 パチリパチリと焚き火が燃え上がる音と肉を焼く音だけが夜に沈んだ森の中に響く。

 鍋が丸まっているからかマオは時おり肉の上下を入れ換えたり、ひっくり返したりしている。焼けるまでの間に木皿を取り出し配っておくか。確か鞄に四枚ほど入れてあったはずだ。


「焼けたぞ。火加減が難しくて少々焦げてしまったが食えるだろう」


 みれば確かに少し黒くなってしまっているがまるで鉄板で焼いたかのような見事な焼き色のついた肉が出来上がっていた。


「一応確認、と」


 鞄から包丁を取り出し切り込みを入れるマオ。中にもしっかり火が通っているのが見てとれる。


「では実食としようか」


「いただきまーす!!」


「戴きます」


 号令が掛かるや否や箸を握りしめ肉食に突き刺してかぶり付く竜が一人。まだ箸の扱いに慣れていないとはいえ行儀の悪い。

 被り物を脱がない私もどうかと思うが野外ゆえ仕方ない。


「ふむ、焼きすぎ…とは違うな。肉自体が思ったよりも固い。少し運動させ過ぎたか」


「そうか?ずいぶんと柔らかいと思うが」


 肉、として出されるような使い潰された家畜や野生の獣とは比較にならないほどの柔らかさだ。その昔城にいた時に食べたものと勝るとも劣らない。無論、当時の技術より現在の技術の方が発展しているはずだからあまり参考にはならないだろうが。


「いや、もっと柔らかくしたい。老人でも…とまではいかないが顎が弱くても噛めるくらいにな。これは少し硬すぎる」


「なぜそんなに?」


「そういう依頼だからだ。もう百年近く試行錯誤していてようやく形になる。……餌も変えてみるか」


「依頼?誰からだ」


「賢者キヌス様」


 賢者キヌス……あの賢者キヌスか!!この世界に魔法を与えたという賢者。帝都の名前の由来にもなっている。


「実在するのか?」


「我が居てお主がいるのだ。あのお方がおられてもおかしくあるまい」


「それも…そうか」


 子供を寝かしつけるための御伽噺(おとぎばなし)だと思っていた五人の英雄が実在したのだ。もう一つの伝説である賢者キヌスが実在していても確かにおかしくはない。いやむしろ居る気さえしてくる。


「賢者キヌスと言えばあの杖に関する逸話は本当にあったのか?」


「杖というと……ああ、あれかぁ」


 どこか気恥ずかしげな俯くマオ。キヌスの杖に何か因縁でもあったのだろうか。キヌスの杖に関する逸話は私のいた時代から二百年ほど前のことなのだからマオが当事者である可能性は十分に高い。だとしたら実際に関わった者から話を聞けないのは残念だ。

 杖のことが聞けないのなら仕方ない。もう一つ、気になっていたことがある。


「杖が無理ならキヌスの魔導書について教えてくれ。それも実在するのだろう?」


「………あ、ああ。十二魔導書……世界を語る記憶…か。なら第五、八巻は大図書館に保管されている。もっとも、勇者とておいそれ読めるものではないがな」


 そうか……気になったのだがな。


「概要だけでも教えてはくれないか」


「………五巻はこの世界の成り立ちについて、八巻は三千年前の始まりについて書いてあった。以上だ。シャーレはもう寝てしまったからな。見張りに着かなければ」


 静かだと思ったら既に食事を終え寝息をたてていた。まだ聞きたいことはあるが仕方ない。

 天幕の森側につき見張りを始める。

「作者がバレンタイン逃したせいでチョコの話題に乗れなかったよ。節分なんてすっかり忘れてたし」

「チョコ?」

「そっかチョコないのか。まあカカオ自体残ってないんだっけ」

「カカオ…聞いたことないわね」

「あってもチョコ作れないと思うよ。僕も詳しくは知らないからね」

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