其の二
食堂から出て部屋に戻る。この間の荷物をまとめ、何か不備や不足した物がないか点検をしておこう。
鍋はきれいに拭かれ、錆びや凹みは見受けられない。水筒は罅がないか、水が漏れるような穴がないか入念に確認する。小刀…少し鈍っているな、研いでおこう。鍋を掛ける三脚の足は歪んでおらず、鉤も問題ない。
うん、特に何もなさそうだ。食糧はマオが用意すると言っていたし、追加で用意するのは体を拭う清潔な布くらいだな。
「シャーレは何か必要なものはないか?」
「なーい」
そうか。ならもう出発していいだろう。一時間経ったことだし。
食堂まで戻り、マオを待つ。時間が掛かっているのだろう。十分経っても現れない。代わりに、別の足音が響く。
「や?かんちょーのお客人じゃないっすか。これからどこかお出掛けで?」
入って来たのは十四、十五程の栗毛の少女。イルミナ女史やカーテ女史が来ていたような制服を着崩しているので大図書館の司書なのだろう。なら魔人であるはずだから外見の年齢と実年齢は一致しないか。
「だーれ?」
「ああ、まだ名乗ってなかったっすね。あたしはシャヘルっす!ここで司書やってます!お客人は?」
ここで勇者……というのはまずいのだろうな。ここは無難に行くか。
「マオの客人の冒険者シアトだ。よろしく頼む」
「シャーレ!!」
シャーレ、その自己紹介は短すぎるだろう。
「シアトさんとシャーレちゃんっすね。覚えたっす!シアトさんは何のようでかんちょーに会いに来たんっすか?」
「……いや、会いに来たのではなく呼ばれたのだ。詳細は秘密だな」
「人に言えないことっすか!いいっすね!!誰しも隠し事の一つや二つあった方が魅力的っす!」
そういうものなのか…?私は隠し立てしない誠実な人間の方が好ましいと思うが……いかんせん世俗に疎いためそういったことは分からないな。
「おいこらシャヘル!お客人に迷惑かけるんじゃねえ!ハンバーグなら今焼いてるからじっとしてろ!」
「はーいっす」
いや迷惑だと思っていないが……うるさかったのだろう、キノッソス氏がシャヘル女史を注意する。他に人はいないが、確かに食堂では静かにするべきだったか。
しかしハンバーグなんて料理は聞いたことがないな。
「ハンバーグ!?どんなお料理なの?」
シャーレも気になったようでシャヘル女史に質問する。
「ん~?そう聞かれると困るなぁ。えっと肉を細かく刻んで丸めた料理?」
細かく刻んで丸める?そのまま焼くのと何が違うのだろうか。……刻んでいるのだから柔らかくなるか?
「違う。挽いた肉を具材と混ぜて捏ねるんだ。そっから丸く成型して叩く。そして焼く。そうすることで普通に焼くよりも肉汁が閉じ込められるんだ。硬い肉でも食べられるようになるしな。ほらよ、出来上がりだ」
「やったー!!!」
「具材と混ぜるっつったが今回は全て牛肉だ。一応確認したが火が通ってない様なら言ってくれ。付け合わせの野菜もしっかり食えよ」
シャヘル女史の目の前に置かれたのは白い皿に盛り付けられた三つのハンバーグ。赤いたれがかかったその肉は、今にも内側から肉汁を溢れ出さんと言わんばかりに丸く大きく膨らんでいる。辺りには肉が焼けるいい匂いと、あの赤いたれに使われているのだろう葡萄酒の香りが広がっていた。
そんな光景をシャーレが耐えられるわけがない。先程食べたばかりだと言うのに物欲しそうにシャヘル女史の手元を見つめていた。
「あ~、一個いるっすか?」
「いや、いい。シャーレ、さっき昼食を取ったばかりだろう」
「えー」
「いいっすよ。いっつも食べてるんで。ほら、あーん」
「あーん」
拳程の大きさのあるハンバーグを一口で頬張るシャーレ。美味しかったのだろう。幸せそうな表情を浮かべている。
「……遅くなったのは悪かったが……一体どういう状況なのだ」
ようやくマオがやって来た。かれこれ三十分は経っているので何かあったのだろうか。
「遅かったな」
「いや、すまぬな。少々着替えを準備するのに手間取ってしまった」
「着替え?一日しか出ないのだろう?必要なくないか」
「え?」
「?」
信じられないものを見るような目でこちらを見つめて来るマオ。野営中に着替えている暇等ないだろうに。
「い、いや、全ての魔王城の近くには泉があってな。そこで水浴びしようと思っていたのだが…」
水辺にも魔獣は出るだろう。いや、マオの場合は大抵の魔獣相手なら返り討ちに出来るからこその余裕の表れなのだろうか。
「ま、まあいい。時間も押してるし出発するぞ」
「間に合うのか?」
「四、五時には間に合うだろう。そこから日が暮れるまでに野営の準備をして、夜を明かす。少し急ぐぞ」
*
よく考えれば律儀に四時間も歩く必要はなかったのだ。シャーレの背に乗ればゆっくり飛行していても三十分と掛からなかったのだから。
「まだ簡単なものだがずいぶん様になって来たのではないか?」
「そうだな」
私達が見つめる先……シャーレのその背中には鞍がついていた。竜化する際にさらに作り出されたものだ。
まだまだ甘い造りで戦闘では使えないだろうが普通に乗る分には十分だ。
二人分の鞍を作るのに竜体を形成するための魔素を使ったのか一回り程小さくなったシャーレが顔をすり寄らせてくる。小さくなったと言っても人を容易く飲み込める大きさの顋は撫で回すには大きすぎる。
顎の下の方を撫でて人型に戻るように促すと目の前の竜は煙となって消えていく。現れたシャーレの身には質素な貫頭衣が纏われていた。
「ほら見てご主人!できたよ!!せんせー!できた!!!」
「よくやった。偉いぞ」
ぴょんぴょんと目の前を跳び跳ね、その成長を見せつけてくるシャーレ。その体を抱き寄せ、今度こそその頭を撫でてやる。
「簡単なものだが魔素から服を作るという目標はひとまず達成したと言っていい。鞍の生成もすぐに覚えたしやはり天賦の才があるのだろう。これからは少しずつお洒落を覚えていくといい」
そうだな。そのうち礼服なんかも纏えるようになるといい。
「あっ」
そうこうしているうちに気が抜けてしまったのか服が煙となって消えていった。
シャーレが出立の前に来ていた服を荷物から取り出し、それを着せる。
「まあ、じきに慣れていくだろう。それまで練習あるのみだ」
「うん」
消沈するシャーレをマオが慰めている。私は魔法が使えないのでこんな時なんと声をかけたら良いのかわからない。
「……早く野営の準備をするぞ。予定より大幅に時間を短縮できたとはいえ日が暮れる前には済ませたい」
「そうだな。これだけ時間があることだしゆっくり水浴びもできるか」
まだ言っているのか。しっかり着替えと思わしき荷物も持ってきているし。
「お主も行くだろう?」
「行くー!」
シャーレ、お前もか。
「ならば野営の準備を済ませてしまうか」
「早く手伝え」
背後の森から薪に使えそうな枝を拾い焚き火の準備をする。まだ火は起こさないが焚き火を組みその上に三脚を組み立て……
「ああ、水浴びをするのなら綺麗な水を鍋に酌んできてくれ。今日の夕飯になる」
シャーレのお陰で街がすぐそこにあるとはいえ飲み水を消費するのはできるだけ避けたい。
焚き火の準備ができたら眠るための天幕を張る。小さなものだが風を防ぐ分には十分だ。
組み立て紐を木の枝に結び、もう片方を支柱で支える。山なりに張れば一人分の寝床は完成。残りの二人で周囲を警戒する。
「うむ、準備は終わったな。では行ってくる」
「いってくるー」
そういって森の中に消えて行く二人。獣道らしき細道が生い茂る草木を分けて続いている。この先にあるという泉には動物も水浴びに行くのだろうか。
しばらくして木々を大きく揺らす衝撃と竜の咆哮が聞こえてきた。鳥は怯えて羽ばたき、森はざわめき、大地は震え、空が軋む。
「手荒にも程があるだろう」
恐らく泉にいた動物たちを咆哮で追い払ったのだろう。
しばらくすれば天変を悟ったのか地異に怯えたのか森の奥から唸る五匹の狼がゆっくりとその姿を現した。竜の現れた森を出るためにこの邪魔者を排除し食糧にすると言わんばかりの目付きだ。
「焦ったな」
言葉が分かるのか雰囲気を感じ取ったのか一匹の狼が低く唸る。
狼というのは知能が高い。だから木々の合間に身を潜め奇襲するのが常だ。だが今の奴らはそんな考えが浮かばない程に動揺している。シャーレの咆哮がそれだけ恐ろしかったのか。
冷静さを取り戻したのだろう、群れの長らしき狼の掛け声と共に他の狼が散開する。
「なるほど、お前か」
他の狼は無視だ。まずは司令塔であるあいつを殺す。
まずは一歩。間合いを測る。
二歩歩む。呼吸を止める。槍を振るい、飛びかかって来た狼を撃ち落とす。
三歩踏み込む。獲物が逃げる。
「逃がさない」
四歩。光も音も消え行く世界で一閃、煌めく。
五歩。極限の無意識で放たれた一槍は、寸分の狂いなくその心臓を穿つ。
六歩。勢いに乗せて長の隣から一歩も動かなかった狼の首を折る。番だったのだろうか。
「続ける?」
残った三匹は威嚇を続けていたがやがて散り散りになって逃げ去っていった。
この死体はどうするか。放置するわけにはいかないが食べるにしても血抜きして内蔵を取り出して…。捨てる場所がないな。野営地の近くに捨てるわけにはいかない。それにそもそも肉が硬い。
槍の穂先にぶら下がる狼の死体を見つめる。槍は綺麗に刺さっており今のところ血が滴る程度で収まっているが引き抜けば撒き散らされてしまうだろう。かといってこのままでは戦闘に支障が出る。どうしたものか。
黄色薬草
(植物界被子植物単子葉類キジカクシ目ヒヒグサ科ヒヒグサ属ヒヒグサ)
名称:黄色薬草、緋々草、黄金草、甘苦草、等
概要:標高50~3000mの魔素の濃い地帯に生える黄色い多年草。
最も早く魔素に適合した植物であり、原始的な魔染化植物。そのため魔染化植物の中では最も単純な構造をしており、葉には魔素本来の色である黄色が強く出ている。
魔素を栄養として成長する魔染化植物なので魔素の薄い地域では育たない。逆に言えば魔素が豊富ならば森林限界付近までなら育生させることが可能。まあ魔素は空気より重いから標高の高いところは魔素が薄いが。
昼は空気中から魔素を取り込み、光合成によってできた果糖と共に葉に溜め込む。
ヒヒグサ科の魔染化植物を食べた場合、溜め込まれていた魔素は血流に乗って全身に行き渡り運動等で体内から排出された魔素を補う。そのため、黄色薬草には疲労を回復する効果がある。また、魔素は運動等によって体内の魔素が欠乏した状態であれば甘味を感じる。一方で魔素は基本有害なので一切魔素を持たない存在が黄色薬草を食べると苦味あるいは酸味を感じるだろうと思われる。
全ての魔染化植物の祖なので亜種として様々な種が存在している。
「なにこれ」
「僕がまとめた黄色薬草についての図鑑(という設定の垂れ流し)。なんか唐突に思い付いたから入れたらしい」
「そんな理由で私達の出番潰れたの?」
「特に言うことなかったからいいじゃん。あ、ちなみに作者は設定厨じゃないからこの設定は後付けだよ。その場のノリで適当な単語出して後から肉付けするからガバガバ。実際この図鑑もネタバレっていう程じゃないけどマズいこと書いて半分くらい消去してるから」




