其の十
「ではまず、先の戦いの反省といこうか」
「ああ」
「では最後のあれからだ。お主から何かあるか?」
最後の……敗因となったところか。
そうだな……
「槍を振り払うのではなく振り下ろすべきだった」
「ほう、それはどうしてだ?動作が大きく無駄が出来てしまうだろう?」
「魔人としてのイルミナ女史の体格だ。あの時はおそらく振り払った槍を掴まれ、そこを支点の回転し頭に蹴りを入れたのだろう。だがその背の低さから槍を振り下ろしていれば蹴りの位置はもう少し下……背中のあたりにあたっていただろう」
「………まあ、そうだな。他には?」
他……といえばまああそこだろうか。
「足元……見えていなかったな。躓いた」
その返答を求めていたのかマオは得意げに大きく頷いた。
「うむ。あれはお主が足を踏み出す少し前にイルミナが魔法でお主の足元の地面を少し盛り上げたのだ。お主はそれに気付かず躓いたというわけだな」
なるほど。少し前までは平らな地面だったのだからそのまま進んでいた。魔法で細工がされていたとは思わなかったな。
………む?
「私の周りでは魔法は消えるはずだがそれは?」
「そこだな。お主の課題は。お主は魔法が効かないという体質上無意識のうちに傲りが出ている。魔法の対処、警戒をあまりしないから可能性が思い浮かばない。イルミナがしたのはただお主の足元に魔法で土を盛って固めただけ。お主が足を踏み出す前に魔法の役目は終わり、ただの盛り上がった土しか残っておらんかったからな。それに、おそらく魔素を………」
なるほど、すでに完成された魔法自体は消せないのか。火矢なんかは相手にあたるまで魔法としては完成しないから消えると。
「そしてそれがまたあやつの上手いところでな。お主の無効化領域ぎりぎりのところで魔法を完成させおった。無効化領域の範囲は後で聞いておけ。知っておくべきだ。それから、…………」
納得している間もマオの話は続いていた。確かに、どのくらいの距離で魔法を無効化出来るのかは正確に知っておくべきだ。後で聞きに行くとしよう。
語り終えたのか一つ咳払いをし、注意を引くマオ。人差し指を立て、不敵に笑う。
「では、魔法の厄介さは間接的に学べただろう?次は直接的な厄介さについて学んで貰う。お主は魔法が効かぬが、他の勇者はそうではない。その認識にずれがあってはたまらないからな」
魔法の脅威……確かに味わったことはなかった。いかなる手法を用いるのかは不明だが体験しておくべきだろう。
「では、次の相手は我だ」
*
広場の中央、二人が対峙する。
伝統的な貴族の決闘を模しているのだろうが魔法使いがこんなに近い距離でいいのだろうか。
シャーレは木陰で眠っているので審判は不在。それによりマオが始まりの合図を出す。
「始めるか。我は本来詠唱など要らないが魔法使い戦を想定しているので詠唱の真似事をする。それをやらずに魔法を使ったら失格で構わぬ」
「ああ」
「では。尋常に」
マオが大きく腕を掲げる。それにあわせてこちらも腕を掲げた。
「「勝負!」」
その掛け声と共に両者の腕が勢いよく下ろされる。そのまま駆け出し槍を突く………いない?
「こっちだ」
中央からさらに奥、森と広場の境界にマオはいた。
「速いな」
「まあ魔法使いは戦いの前に自身を魔法で強化するからな。これは宣言前に使った魔法なので問題はあるまい。実際によくあることだしな」
よくあるのか。ならば強くは責められない。知らなかったわけだし。
しかし不味いな。距離を取られた。
魔法使いにとって距離というのは絶対の優位だ。今回は魔法が通じる以上今までに警戒しなければならない。
「では行くぞ。逆巻く風よ、鉄を打て!我が前を凪払うといい!!!“火土の始”!!」
短い詠唱と共に爆音が鳴り響く。木々が、大地が、風が揺れ、空が鳴動する。
気付けば体は大きく弧を描いて吹き飛んでいた。
広場の中央から高く飛ばされ外周の森へと落ちる。
幸い、木々が緩衝材として柔らかく受け止め、鎧によって枝は阻まれたので打撲程度ですんだ。
シャーレとの戦いで負った怪我も癒えきったわけではないのにまたか。
「はぁ、ふぅ…すまぬ、少しやり過ぎた。“火土の始”は本来釘を打ったりするための魔法でもっと小さなものなのだが」
大慌てで駆けつけて来たのだろう、少し息が上がっている。また魔法を使ったのだろうか。驚異的な速さだ。
「いや、魔法というのは魔素量によって威力が変わるのだろう?ならあれくらいの風が使える魔法使いがいるかも知れん」
「安心するがよい。おおよそ千年を生きた魔人でもあれだけの魔法を使うには骨が折れる。……イルミナやセンリくらいの魔素保有量でなければこの規模の魔法を使ったあとにまともに動けないだろうよ」
魔人というのは魔獣に呪われたという性質から保有している魔素量が多いというのはどこかで聞いたことがある。そんな魔人であっても動けなくなるような魔法を無詠唱で行使できると言うのか。
「そのセンリというのは?会ったことはないが」
「ん?会ってみたいのか?少々厳しいな」
会うのが厳しい……何らかの任務で遠く出掛けたりしているのだろうか。もしくは厄災の監視だったり、カーテ女史が向かったという場所にいるのかも知れない。
「奴は少し……人見知りをするのでな。イルミナと禁書庫の住人…それとキノッソスくらいにしか気を許しておらん。我にもだ」
人見知りをする……確かにそれは厳しいな。打ち解けなければならないというのに話し合いの場に立ってくれないのだから。
「禁書庫というのは?」
「大図書館地下にある鍵の掛かった部屋だ。文字通り、禁書とされた……歴史上都合の悪い事実の書かれた本や危険思想の著者の本、意図的に魔人を作り出すような本から描写が真に迫り過ぎて発禁をくらった官能小説の類まである」
「なぜそんなものが残っている?全て焚書してしまえばいいだろう」
歴史書などはわかるが危険な思想の本や魔人を作り出す本など残しておく意味はないだろう。そんなものを残しておいても厄介事の種にしかならないはずだ。
「歴史書はまあわかるな?グローリア皇家に都合のよい歴史だけでなく正しい歴史も残してはおかねばならぬ」
「ああ、そうだろうな」
「危険思想の本は敵の考え方を知ることに使える。魔人を作り出す本は転じて魔人を人に戻すことにな」
なるほど、ただ危険だからといって燃やしてしまうよりは有効に使おうというわけか。
「それで…その、最後の奴はな……あー、言っていいのかなぁ、これ」
「無理に言う必要はない。何かに使うのだろう?」
他の本にも保存しておく理由があった。ということはこれも何かしらの保存しておく理由があるのだろう。
そんな意味を込めた言葉を聞いて険しい顔をしていたマオが顔を赤らめる。
「い、いや誤解だ、あの本は物好きな貴族連中が借りていくのだ!」
誤解…?まあ、いいか。
「話がそれた。戻って続きをしよう」
「いや、その前に昼食にしようか。そろそろイルミナかキノッソスあたりが弁当を持って来てくれるだろう」
確かに、少し腹が減ったな。
広場に戻ると小包みを抱えた赤毛の男がいた。いや、鎧を着ている私と同じくらいの背格好なので相当にがたいが良い。だから相対的に小さく見えるだけで包みは大きなものだな。
昼食なのだろうか。
「お、いたいた。館長、頼まれた昼食持って来たぜ。もちろん、お客さんの分も用意してある」
「ご苦労。わざわざすまぬな。これから毎日頼むことになるが出来そうか?」
「むしろ朝の仕込みが終わったあとはいつも暇なんでね、こうして仕事が貰えてありがてえもんで。学舎の方は半分イルミナさんに取られちまったし」
この男が先程言っていたキノッソスなのだろうか。
「む、紹介が遅れたな。こやつはキノッソス。大図書館の食堂の料理人だ。昨日の夕飯もこやつが作ったものだ」
そうだったのか。てっきりイルミナ女史が作ったものだとばかり思っていたが他にも料理人がいたのか。
いや、当然か。司書が何人いるかはわからないがイルミナ女史は他にも仕事があるのだから常に食堂に居続けるというのは無理だろう。
「んー、ごはん?」
少し五月蝿かったのか昼食という単語につられたのか、シャーレが目を覚ます。……後者だな。この程度の声で目を覚ますなら先程マオが使った魔法による爆音で目覚めていたはずだ。
「お、あんたは昨日よく食ってた嬢ちゃんか!安心しろ、いっぱい持って来たからな」
そういって抱えていた荷物をおろすキノッソス氏。包みを広げると中は八段の大きな重箱になっており、それぞれに握った飯や卵焼き、肉巻きや和え物、他にも色とりどりの料理が入っていた。
作ってすぐ持って来たのだろうか。重箱の一番上に乗っている肉巻きはまだほんのりと湯気を立たせている。重箱も特殊な作りのようで卵焼き等にも形崩れ一つもない。
「じゃあ帰って食堂の準備するんで。容器は後で持って帰って来てくれ」
「うむ、もちろん。だがまだ昼前といっても今から帰って間に合うのか?」
「まだ十一時くらいだし仕込みは粗方終わってるから余裕で間に合うさ」
そう言って下山していくキノッソス氏。
その間、すでにシャーレの手は箸を掴み忙しなく動いていた。
*
「では、腹ごしらえも済んだことだし午後の鍛練に移ろう」
積み重ねた重箱の上に腰かけたマオが指を差す。
「午後の鍛練はずばり、対空訓練だ。本来ならどこかから魔獣を従えて来てそれと戦わせるようと思っていたが丁度よく空を飛べる者が現れた」
指を差されたシャーレは何のことだかよくわかっていないようで首をかしげていた。
「つまり、竜となったシャーレと戦うということか」
「うむ。厄災は基本的に巨大なものばかりだし空を飛ぶものもいる。地上でも空でも最強の生物である竜であり、こちらと意志の疎通が容易いシャーレはその相手としてうってつけという訳だな」
まあ、世界を滅ぼす厄災がそこいらの魔獣と同じ訳がないか。
「確かに。だがどちらかが怪我をしそうになった時はどうすればいい?竜と人だ。片や触れただけで人を潰し、片や竜と相対するなら全力を出さざるを得ない状況。万が一ということもあり得る」
「そうなった場合は我が間に入ろう。人を一人守る程度なら簡単とは言えないが十分可能だし、シャーレは竜体が崩れ核である人間体が露出する前に我が魔素で竜体を補強する。それでいいか?」
「………まあ、問題ない。ではシャーレ、説明は聞いていたな?」
「うん!」
服を脱ぎ竜の姿になるシャーレ。早くマオに魔素による服の纏い方を教えるように言わなければ。
「だいたいマオ>イルミナ>シアト≧魔王マオくらいの強さ。魔王マオは…というか魔王は全員とある理由から実力の半分も出てないよ。いや、魔王マオは無詠唱が使えるくらいには力を与えられてるから魔王の中では最強かな。まあ全員が全力であってもマオくらいしか無詠唱は使えないんだけどさ」
「何で魔王マオだけ?」
「それは当然マオが魔王を作ったからさ。自分のことはよくわかっても他人の頭の中はわからないからね」
「いやそっちじゃなくて無詠唱の方」
「ああ、それはもう素質としか言い様がないかな。キョウカちゃんなら死ぬ気で頑張れば簡単な詠唱くらいなら無詠唱でもいけるんじゃない?」
「私なら…?ああ、そういうこと」
「納得してくれたようだね。ちなみに無詠唱込みでもマオは五人の英雄最弱だよ」




