最後の使命
カシュパルの無残な最期を目のあたりにし、ブリッジに漂う焦げた肉の甘酸っぱい匂いがロブの喉元を焼いた。冷や汗が背中を伝い落ちる。しかし、彼の瞳は揺るがず、そこには諦めではなく、毅然とした決意が宿っていた。レオと琴音を守る——その使命を、たとえ命に代えても全うするつもりだった。
「あとは貴様だけだ」
ゼプラー少尉はフォトンソードをしまい、その動作にすら優雅さがにじんでいた。ロブの後ろでは兵士たちが、機械的な正確さでコンソールを操作し始めた。
「〈本船は残り一分で自爆モードに遷移します。速やかに退避してください〉」
コンピューターの冷たい声が、ブリッジ内に響き渡る。
「この状況でどうするつもりです?」
ロブは声に力を込めた。
「私からキューブを奪い取ったところでこの船からは逃げられない。それに……」
「それにどうした?」
ゼプラーの声からは、わずかな興味が感じられた。
「我々の勝ちだ」
ロブは、微かな勝利の微笑みを浮かべた。
「強がりはよせ、副委員長。貴様には絶望を味わわせてから殺す」
「なにをいまさら――」
今頃はもう、三人は脱出ポッドに乗り込んでいるはずだ。ポッドに乗ってさえいれば、自爆前にポッドは射出される。
――せめて、あの子たちだけでも……。
しかし――、
「ゼプラー少尉」
コンソールを操作していた兵士が、無機質な声で報告した。
四つの金色の眼を持つ男、ゼプラー少尉は冷然と兵士を一瞥した。
「モード解除しました」
「なっ! そのようなことが――」
ロブの声が震えた。不可能なはずだった。彼の最後の切り札が、この異常な技術力の前には無力だったのか。
カウントダウンの表示が突如止まり、赤く点滅していた警告灯も消えた。
「〈本船の自爆モードは解除されました〉」
機械的な女性の声が、ロブの敗北を告げる。2Dホログラムのウィンドウが霧のように消え去り、希望もともに失われた。
ロブの顔から血の気が引き、みるみるうちに青ざめていった。心臓がまるで鉛のように重く感じられた。
男はずいとロブに近寄ると、
「このような旧式のシステムなど造作もないことだ。貴様らは千五百年もの間、いったい何をしていた? ひたすら地球を目指していた結果がこれだ」
「なぜ……移民船の人間を全員、殺そうとするのです?」
「貴様らは忘れたのか。いいだろう、死ぬ前にひとつ教えてやる――」
そのとき、兵士が割り込んできた。
「少尉、こちらを――」
再びウィンドウが宙に現れた。
「男と女がふたり、脱出ポッドルームに閉じこもっています」
スクリーンに映っていたのは、ウィルソンとシンディだった。レオと琴音の姿は見当たらない。
そこで映像は終わった。ロブの前にゼプラーが立ちはだかったからだ。
「副委員長、あの女は何者だ?」
「……民間人を先に逃がすのは当然でしょう」
「民間人だと? 民間人をこの船に乗せていたのか。どうやら貴様は用済みのようだ。ペンダントは奴らが持っている可能性が高い」
「なぜ、そう言い切れるのです?」
「皇帝陛下がそうおっしゃったからだ」
「皇帝陛下?」
「陛下はペンダントに封じられた力を求めておられる。貴様らは悪であり、貴様らの運命は初めから決まっていたのだ」
ゼプラーは再びフォトンソードを取り出した。金色の光刃が静かに空気を切り裂き、放出される瞬間、ブリッジ全体が不吉な光に照らされた。
死の気配を悟ったロブは、最後の瞬間まで毅然とした態度を崩さなかった。彼は子供たちとシンディを逃がすという使命を果たしたことに、わずかな安堵を覚えていた。
「神よ——彼らを守りたまえ」
ロブはキューブを強く握りしめ、静かに瞳を閉じた。金色の光刃に映る自分の歪んだ顔に、かつて信じていた神の存在を見出そうとした。思いがけず、脳裏に幼いレオと琴音の笑顔が鮮やかに浮かび上がる。彼らの未来のために——そう思った瞬間だった。
ゼプラーの腕が風を切る音もなく一閃し、ロブの首が宙を舞った。熱く焼かれた断面からは血が一滴も流れず、首のない胴体がゆっくりと崩れ落ちた。
一時の静寂がブリッジを支配した。
床に転がり落ちたキューブを兵士が恭しく拾い上げ、両手でゼプラーに差し出した。ゼプラーはキューブを無造作に受け取ると、フォトンソードの光刃を消した。
「キューブはついでだ――」
冷酷な声が死の静寂を破った。
「私は脱出ポッドに向かう。ペンダントの存在を確かめるのだ」