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プトレマイオスの天球儀船  作者: 星見 航
18/25

最後の使命

 カシュパルの無残な最期を目のあたりにし、ブリッジに漂う焦げた肉の甘酸っぱい匂いがロブの喉元を焼いた。冷や汗が背中を伝い落ちる。しかし、彼の瞳は揺るがず、そこには諦めではなく、毅然とした決意が宿っていた。レオと琴音を守る——その使命を、たとえ命に代えても全うするつもりだった。


「あとは貴様だけだ」


 ゼプラー少尉はフォトンソードをしまい、その動作にすら優雅さがにじんでいた。ロブの後ろでは兵士たちが、機械的な正確さでコンソールを操作し始めた。


「〈本船は残り一分で自爆モードに遷移します。速やかに退避してください〉」


 コンピューターの冷たい声が、ブリッジ内に響き渡る。


「この状況でどうするつもりです?」


 ロブは声に力を込めた。


「私からキューブを奪い取ったところでこの船からは逃げられない。それに……」


「それにどうした?」


 ゼプラーの声からは、わずかな興味が感じられた。


「我々の勝ちだ」


 ロブは、微かな勝利の微笑みを浮かべた。


「強がりはよせ、副委員長。貴様には絶望を味わわせてから殺す」


「なにをいまさら――」


 今頃はもう、三人は脱出ポッドに乗り込んでいるはずだ。ポッドに乗ってさえいれば、自爆前にポッドは射出される。


 ――せめて、あの子たちだけでも……。


 しかし――、


「ゼプラー少尉」


 コンソールを操作していた兵士が、無機質な声で報告した。


 四つの金色の眼を持つ男、ゼプラー少尉は冷然と兵士を一瞥した。


「モード解除しました」


「なっ! そのようなことが――」


 ロブの声が震えた。不可能なはずだった。彼の最後の切り札が、この異常な技術力の前には無力だったのか。


 カウントダウンの表示が突如止まり、赤く点滅していた警告灯も消えた。


「〈本船の自爆モードは解除されました〉」


 機械的な女性の声が、ロブの敗北を告げる。2Dホログラムのウィンドウが霧のように消え去り、希望もともに失われた。


 ロブの顔から血の気が引き、みるみるうちに青ざめていった。心臓がまるで鉛のように重く感じられた。


 男はずいとロブに近寄ると、


「このような旧式のシステムなど造作もないことだ。貴様らは千五百年もの間、いったい何をしていた? ひたすら地球を目指していた結果がこれだ」


「なぜ……移民船の人間を全員、殺そうとするのです?」


「貴様らは忘れたのか。いいだろう、死ぬ前にひとつ教えてやる――」


 そのとき、兵士が割り込んできた。


「少尉、こちらを――」


 再びウィンドウが宙に現れた。


「男と女がふたり、脱出ポッドルームに閉じこもっています」


 スクリーンに映っていたのは、ウィルソンとシンディだった。レオと琴音の姿は見当たらない。


 そこで映像は終わった。ロブの前にゼプラーが立ちはだかったからだ。


「副委員長、あの女は何者だ?」


「……民間人を先に逃がすのは当然でしょう」


「民間人だと? 民間人をこの船に乗せていたのか。どうやら貴様は用済みのようだ。ペンダントは奴らが持っている可能性が高い」


「なぜ、そう言い切れるのです?」


「皇帝陛下がそうおっしゃったからだ」


「皇帝陛下?」


「陛下はペンダントに封じられた力を求めておられる。貴様らは悪であり、貴様らの運命は初めから決まっていたのだ」


 ゼプラーは再びフォトンソードを取り出した。金色の光刃が静かに空気を切り裂き、放出される瞬間、ブリッジ全体が不吉な光に照らされた。


 死の気配を悟ったロブは、最後の瞬間まで毅然とした態度を崩さなかった。彼は子供たちとシンディを逃がすという使命を果たしたことに、わずかな安堵を覚えていた。


「神よ——彼らを守りたまえ」


 ロブはキューブを強く握りしめ、静かに瞳を閉じた。金色の光刃に映る自分の歪んだ顔に、かつて信じていた神の存在を見出そうとした。思いがけず、脳裏に幼いレオと琴音の笑顔が鮮やかに浮かび上がる。彼らの未来のために——そう思った瞬間だった。


 ゼプラーの腕が風を切る音もなく一閃し、ロブの首が宙を舞った。熱く焼かれた断面からは血が一滴も流れず、首のない胴体がゆっくりと崩れ落ちた。


 一時の静寂がブリッジを支配した。


 床に転がり落ちたキューブを兵士が恭しく拾い上げ、両手でゼプラーに差し出した。ゼプラーはキューブを無造作に受け取ると、フォトンソードの光刃を消した。


「キューブはついでだ――」


 冷酷な声が死の静寂を破った。


「私は脱出ポッドに向かう。ペンダントの存在を確かめるのだ」

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