表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プトレマイオスの天球儀船  作者: 星見 航
17/25

黒き来訪者

 午後二時二分


 小型戦闘艇『フランセス・オーロラ』、操舵室ブリッジ


 金属の軋む音が船内に響くなか、ロブとカシュパルは固唾を呑んでモニターを見つめていた。ウィルソンが子供たちとシンディを脱出ポッドへと急がせている間、黒色の近接強襲艦がフランセス・オーロラの側面に音もなく接舷を完了していた。


 強襲艦の先端部のハッチが無機質に開き、闇からの使者のように黒装束の集団が現れた。工兵と思われる二体の人型ドローンが前に出ると、その腕から青白い火花を散らしながら、フランセス・オーロラの装甲を溶かすように大きな穴を開け始めた。侵入は時間の問題だった。


「侵入してくる」


 カシュパルが低い声で言った。


「隔壁でヤツらをブリッジ以外に通さないようにしろ。少しでも時間を稼ぐんだ」


 スクリーンには、廊下を整然と進む全身黒ずくめの集団が映し出されていた。戦闘訓練を積んだ者にしか出せない統制された動きだ。一人を除いて全員がフルマスクを被り、顔の代わりに無機質な黒い鏡面が光っていた。


 警報が鳴り響くなか、ドアが滑るように開き、三人の兵士がブリッジに侵入してきた。そのうち二人はフォトンライフルを構え、一瞬の躊躇もなく全員に狙いを定めた。ドアは開いたままで、外にはさらに数名の兵士が待機している。冷たい殺気を感じ取り、ロブたちは静かに両手を挙げた。


 集団の先頭を歩くフード付きマントを羽織った黒衣の兵士が一歩前に出た。船内の人工重力下でも、その動きには不自然な軽さがあった。


「抵抗しなかったのは賢明な判断だ」


 その兵士は身長一九〇センチメートルを優に超え、ほかの者とは異なる、触覚のない昆虫の頭部を思わせるデザインのマスクを被っていた。声は機械的に処理されたようで、どこか人間離れした響きを持っていた。


「ここを取り仕切っているのは誰だ?」


 マスクの中から金色に輝く四つの細長い目が浮かび上がり、捕食者のようにロブたちを睨めつけた。その視線だけで、ブリッジの気温が数度下がったかのように感じられた。


 同じ言語を話していることから、この集団も移民船の住民と同じく天球儀船をルーツに持つ人間であることは間違いないようだ。


「移民船団ノア、オーロラ・センチネル移民船団統轄委員会の副委員長を務めているロブ・スカヤだ。お前たちは何者です? なぜ、我々を襲った?」


「貴様に質問する権利はない。委員長はどこにいる?」


「委員長は……消滅した」


「消滅? どういう意味だ」


「委員長は船団システムを統括するAIエージェントだった。システムはお前たちがすべて破壊し、もう存在しない」


「そうか。では訊くが、ペンダントはどこだ?」


 ロブは一瞬、カシュパルと目を合わせたが、彼は眉をひそめ、わからないと訴えた。


「なんのことです? ここにそんなものはありませんよ」


「とぼけるな。オーロラ・センチネルを封じたペンダントがここにあるはずだ。早く言え。誰が持っている?」


 ロブは記憶を辿るように、考えを巡らせた。


(ペンダント……初めて聞く話だ。キューブのほかにも神を封印した古代遺物アーティファクトが移民船団にはあったということか。もしかして、天城船長が……だとすれば二人の子のうち、どちらかが持っている可能性がある。……まずい……逃がす時間を作らなければ――)


「そのペンダントとは、どういったものか? そもそもなぜ、そのペンダントがここにあるとわかるのです?」


 四ッ目の男は無言で、隣の兵士にうなずいてみせた。すると、兵士は躊躇なくオペレータの一人を撃った。オペレータはまたたく間に液状化し、ゼリー状の塊となって燃焼、最後には灰だけが床に残った。


「なんてことを!」


 ロブだけでなく、その場にいた全員が目を見開いた。


「質問するなと言ったはずだ。もしかして時間稼ぎのつもりか。ほかにも仲間がいるな?」


 男の言葉に、ロブは額から脂汗が流れ落ちるのを感じた。脊髄あたりも妙に冷たい。この男は容赦しないし、機転も利く。関係ないことを言えば、また一人確実に殺される。


 ロブは下腹に力を込め、勇気を振り絞った。


「ペンダントのことは本当に知らない。だが、神を封じたキューブの在処なら知っている」


 兵士は銃口をパイロットに向けたが、四ツ目の男が片手をあげると、兵士は照準器スコープから目を離した。


「副委員長、次からは言葉に気をつけろ。もったいぶらずに言え」


「キューブは……すぐ後ろの、私の席にある」


 兵士がシートのほうへ一歩踏み出そうとしたのを見逃さず、ロブは続けた。


「生体認証とパスワードでロックされている。私しか取り出せない」


 そう言ってロブは、両手を挙げたままシートのほうへ後ずさりし、シート前のコンソールに手を触れた。


 相手に止める気がないことを確認すると、ロブは慎重に操作を開始した。


 四ツ目の男は微動だにせず、ロブに怪しい動きがないか見守っている。


 刹那――。


 船内にアラートが響き渡り、『WARNING』という文字とともに、赤色のウィンドウが現れた。


「貴様、何をした?」


 黒いマスクから、怒りの声が漏れ出た。


「〈本船は三分後に自爆モードに遷移します。速やかに退避してください〉」


 ウィンドウスクリーンでカウントダウンが始まった。


 ロブは手のひらで浮遊する小さな立方体を見せ、


「我々の身の安全を保障するなら、このキューブを渡そう。さもなくば船をこのまま自爆させる」


「なんたる愚策。どうやら貴様は、我々の力を理解していないようだ」


 男は手で合図した。


 ドアの外で待機していた兵士が二人加わり、残るオペレータとパイロットに向けてフォトンライフルの光弾を浴びせ、灰に変えてしまった。それを見かねたカシュパルが雄叫びをあげ、隠し持っていたピストルの銃口を男に向けた。


「命をなんだと思っている! お前たちに慈悲はないのか!」


 カシュパルの瞳に決意の光が宿った。老船長の指が引き金に掛かり、一瞬の躊躇もなく絞り切った。


 パン、と乾いた音が閉鎖されたブリッジ内に響き渡り、実弾が男へと飛んでいった。希望の一撃——だが。


 四ツ目の男は微動だにせず、傷ひとつ負うことなくその場に立っていた。不吉な静寂が流れた後、カシュパルの顔から血の気が引いていく。


 老船長は胸に広がる熱さに目を落とした。白いユニフォームが中央から赤黒く染まっていく。喉の奥から血の味が込み上げてくる。


 前方に目を向けると、男は金色に輝く光剣フォトンソードを手にしていた。どこからともなく現れたそれは、空間そのものを切り裂くような輝きを放っていた。男は目にも留まらぬ速さでフォトンソードを抜き、弾丸をはじき返したのだ。


「カハッ!」


 カシュパルは吐血し、なおもだらだらと口から血を垂れ流した。視界が霞み始めなか、老船長の瞳に最後の怒りが灯った。


 男は老体がそのまま倒れるのを許さず、容赦ない動きで光剣を振り上げると、一直線にカシュパルの頭上へと振り下ろした。


 ザシュッ——不快な音とともに、カシュパルの身体はふたつに分断された。長年宇宙を渡ってきた老船長の人生が、一瞬で終わりを告げた。


 分断された肉体が床に倒れる音が、死の静寂を破った。不思議なことに大量の出血はなく、代わりに焼け焦げた血と肉の甘酸っぱい匂いがロブのところまで漂ってきた。フォトンソードの高熱が傷口を焼き固めたのだ。


 ロブは呼吸さえ忘れたように立ち尽くした。友の死を目のあたりにした恐怖と怒りが、彼の身体を震わせる。しかし、悲しんでいる場合ではない。レオたちを逃がすために、彼がここで踏みとどまる必要があった。ゼプラー少尉の金色に光る四つの目が、次なる獲物を求めてロブへと向けられた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ