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プトレマイオスの天球儀船  作者: 星見 航
16/25

静寂の終わり

 ロブの言葉には確信はなかった。それでも、彼は生き残った仲間たちに希望を与えようとしていた。


 ただ、シンディがそう言ってきたのは不安を抑えきれないからだ。


 不安はいつでも恐怖に化ける。


 都合のいい話に聞こえるかもしれないが、可能性という希望の種を与えるだけでも状況は変わりうる。ロブはこれまでもそうやって人々を導いてきたのだ。


「あんた方はしばらくの間、休むといい。ここからはわしらの仕事だからな」


 カシュパルは、疲れの見える二人の子どもに優しい眼差しを向けながら、無意識に白髭をさすった。


 彼の心の中で、最後に孫に会った日の記憶が蘇る。それはもう三ヶ月も前のことだった。娘夫婦が別の移民船で暮らしていたこともあり、家族と会う機会は稀だった。


 その移民船はもう、レーダーに映っていない。


「わかりました。そうします」


 シンディが静かに応じたその時――。


 船体が激しく揺れ動き、レオと琴音は均衡を失い、反射的に床に手をついた。


 金属の軋む音が船内に響き渡った。


「何が起きた!」


 カシュパルが厳しい声で叫んだ。


 パイロットが顔面を青ざめさせながら報告する。


「強力な外力で引っ張られているようです!」


「外の状況を映せ」


 カシュパルはひと呼吸置き、冷静さを取り戻した声で命じた。


 瞬時に、複数のホログラフィック・スクリーンが空中に展開された。漆黒の宇宙を背景に、遠方に浮かぶ巨大な天球儀船の一部が映し出されていた。


「あの緑色の光線はなに?」


 レオは不安に満ちた瞳で、スクリーンに映る不気味な緑色の光線を指さした。その手は微かに震えていた。


「あれは……まさか」


 オペレータの声が恐怖で震え、顔面が蒼白になった。


「右舷に〈トラクタービーム〉捕捉! 回避不能!」


 その言葉が終わらないうちに、フランセス・オーロラ全体が異様な振動に包まれた。船は外部からの強大な力に抗えず、まるで見えない巨人の手に掴まれたかのように制御を完全に失った。宇宙空間で巨大な振り子のように不自然な弧を描きながら、船は徐々に速度を落としていった。


 警告アラームが甲高く鳴り響き、赤い警告灯が船内を不吉に照らす。乗組員全員が恐怖と絶望に息を呑んだ。


 レオは琴音の冷たくなった手を、自分でも気づかぬうちに強く握りしめていた。


「ドライブ全開! 離脱しろ、急げ!」


 カシュパルが叫ぶよりも先に、虚空からオレンジ色の光弾が飛来し、フランセス・オーロラの後部スラスターに直撃した。激しい衝撃が船体を揺るがし、オペレータが絶望的な声で推力の大半を喪失したことを告げる。


 刹那、虚空が歪み、トラクタービームの源が漆黒の闇から姿を現した。宇宙そのものを圧倒するような存在感を放つ巨大戦艦だった。その漆黒の船体には異質な幾何学模様が浮かび上がり、フランセス・オーロラを何百機と収容できるような圧倒的なサイズで彼らを見下ろしていた。


「……副委員長、こいつはァ、やばいぞ」


 カシュパルの声は掠れ、青ざめた顔で制御パネルの縁を強く握りしめた。老練な船乗りの目に恐怖の色が浮かんでいる——その事実だけでも、状況の深刻さを物語っていた。


「あの船だ……」


 ロブは血の気が引いた顔で絞り出すように言った。


「オーロラ・センチネル=サン号を沈めた怪物……我々はずっと追跡されていたのか」


 その言葉は重い鉛のように落ち、ブリッジ全体の空気が凍りついた。レオは背筋に電流が走るような寒気を感じ、無意識に身を縮めた。


「あの船が……私たちの故郷を……」


 シンディの声は震え、途切れ途切れになった。彼女は呆然と巨大なスクリーンに映る戦艦を見つめたまま、膝から力が抜け、壁に寄りかからなければ崩れ落ちそうになった。


 全員の胸に鉛のような絶望が広がった。逃げ道はもはや完全に閉ざされていた。


 戦艦から一隻の黒い宇宙船が砲弾のように発進し、彼らに迫ってきた。フランセス・オーロラの倍以上ある無骨な長方形の船体は、敵地侵攻用の頑強な設計を思わせ、その接近だけで圧迫感を与えた。


「あれはたぶん兵員輸送船だ。ヤツら乗り込んでくる気だ。どうする?」


 カシュパルは椅子から勢いよく立ち上がり、ロブに切迫した視線で判断を求めた。


 ロブは瞬時に決断を下した。


「シンディさん、あなたは子どもたちを連れて脱出しなさい。我々はここに残って時間を稼ぎます。これを使ってね」


 彼はシートの小物入れから、光を帯びた立方体を取り出した。


「それは……キューブ……」


 シンディの瞳孔が開き、目が大きく見開かれた。


「そうです。移民船団にひとつしかないキューブ〈ノア〉。これで交渉の糸口を作ります。脱出ポッドの場所はわかりますね?」


「ええ、船室の近くにありました」


 シンディは震える声を抑えながら答えた。


 脱出ポッドは全部で四機。すべて一人乗りだ。


「ポッドの設定のため、クルーをつけよう。ウィルソン!」


 カシュパルの声が軍隊の号令のように鋭く響いた。


「イエッサー!」


 オペレータ席の若い青年が即座に立ち上がった。

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